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やっぱり、大きな声では言えない手段

 階段を上がって来る気配はなさそうだ。その場に身をひそめ、階下の会話に耳を傾ける。


「今夜は新しい賢者の石を使うそうだ」

「どうやって石を入手しているのだろうな?」


 どうも聞き覚えのある声のような気がする。エリザベスが用心深くさらに身を乗り出してみると下の様子を見ることができた。


(案外開けっぴろげなのね……)


 思わずそんな言葉が漏れる。こういう秘密結社的なところでは、顔を隠すものだと思っていたのに、皆顔を隠すどころかごく自然にふるまっている。

 服装から判断すれば、比較的裕福な者が多いようだ。一行が通り過ぎたのを見計らい、エリザベスは用心深く階段を下りた。


 下の階は狭い廊下にずらりと扉が並んでいた。

 一番奥の扉は他のものにくらべて少し立派だった。そこへ近づいて耳に扉を開けると、中で何人もの人々が談笑している気配がした。

 さすがに、この部屋に踏み込むつもりはなく、その隣の扉に手をかけてみる。想定内というべきか、鍵がかかっていた。


「……やっぱり、鍵がかかっているわね」


 苦笑してエリザベスは、その場を離れる。一つ一つ扉を確認してみるが、全て扉に鍵がかかっていた。


「この中に何があるのか見てみたい気もするけれど」


 とはいえ、いつまでもこんなところにいるわけにはいかない。エリザベスはそっとその場所を離れた。


 さらに階段を下りて下の階へ移動する。こちらの階の扉もすべて鍵がかかっている。

 さらに下りて一階へ。使用人の気配などを警戒したのだが、上の階に集まっている人達以外、この家には誰もいないようだった。


 この階は生活空間になっているらしい。のぞいた先は台所だ。エリザベスは台所に入り込んで食料品の保管庫を見てみた。


 食料保管庫はほぼ空だった。例外は、棚に載せられた紅茶の缶だけ。コーヒーはない。


 隣の部屋は物置として使われているようだった。その部屋に入り込み、窓を確認してみれば目立たない位置にある。ここが物置ならば、めったに使われることもないだろう。エリザベスはそっとその窓の鍵をあけた。


 がやがやと階段をおりてくる人たちの声がした。エリザベスは、部屋の扉を細く開いて、彼らの会話に耳を傾ける。


「――賢者の石がこれほど素晴らしいものとは思わなかった」

「これなら会費を納めるのも惜しくはないな」

「ほら、そのあたりにしておくんだ。この建物を出たら、この件に関しては口を閉じろ」


 エリザベスの目の前を何人もの男たちが通っていく。先ほどは後姿を確認することしかできなかったけれど、こうして顔を見てみれば皆、どこか見覚えがあった。


 あちこちのパーティ会場で見かけた顔。貴族たちがいる。それも経済的には苦しいとされる人たちが。見栄のためか、さほど見苦しい恰好というわけではなかったけれど。


 また、マクマリー商会の取引先の主もいた。キマイラ研究会はエリザベスが思っていたより深く根を張っているようだ。


 エリザベスは、細く開いた扉の陰で身じろぎもせず出て行く人たちの顔を見つめていた。


 賢者の石とやらが本物ならば――エリザベスには何ができるだろう。いや、それより盗まれた懐中時計はこの建物の中にあるのだろうか。鍵のかかった部屋が気になる。


 階段を下りてきた人たちは玄関から出て行った。


 一人、その場に残ったリチャードが誰かと話しているのに気づき、エリザベスは目を見張った。リチャードの話している人物のみ、頭からすっぽりと頭巾のようなものをかぶっていて年齢も体型も顔立ちもわからない。


「では、今夜もう一度来てください。あなただけですよ」

「ありがとうございます」


 深々とリチャードは頭をさげる。今夜。エリザベスは顔をしかめた。リチャードは今夜何をするつもりなのだろう。


「魔力がもっとも高くなるのは、日付が変わる前後です。二十三時にもう一度来てください」


 エリザベスは二十三時、と心に刻む。今夜もう一度ここに来なければならなそうだ。


 ――あの窓から入れればいいけれど、と鍵を開けた窓の方へ視線を向ける。人の気配が消え失せたのを確認し、その窓から外へと滑り出た。


 頭痛がするから、早めに寝る。夕食も必要ない。

 そう宣言したエリザベスは、その夜早々と寝室に引き取った。そして昼間着ていた地味な服をもう一度引っ張り出す。


「さて、出かけましょうか」


 時間は二十一時。今から出れば二十二時には着くはず。こっそりと裏口から出てエリザベスは地下鉄の駅へと急いだ。


 地下鉄は終電だったが、帰りのことは気にしない。どうにかなるだろうと思っている。


 昼間脱出するのに使った窓の鍵は開けられたままだったから、そこから中に入り込む。


 リチャードが通されるのは、昼間男たちが入っていった屋根裏の直ぐ下の階にある部屋だろうとエリザベスは見当をつけていた。


 人の気配のない階段を急いで上り、該当の部屋の前に到着した。


 細く扉を開くと、その向こう側には、広い部屋が広がっていた。

 部屋の中は薄暗く、どこに何があるのかもわからない。

 思いきって部屋の中へと滑り込む。そのままエリザベスは部屋の奥へと進んだ。


 一番奥には謎の機械があった。機械の端には燃えさしの石炭が入っている。そこから蒸気をひっぱるためのパイプがのびていて、ビーカーのようなガラスの器の中を通っていく。

 そのガラスの器の中には、白い石のようなものが入っていた。



「まさか聖骨……?」


 エリザベスの懐中時計の中にあったものと同一の品かはわからない。財布の中から、庭で拾った小石を取り出したのは、ちょっとした腹いせのようなものだった。


 その石のようなものを取り出し、かわりに財布から取り出した石を入れておく。

 

 それから、金属を溶かすための鍋もその機械には備え付けられていた。


 エリザベスは鍋に目をよせる。そこには鉛か何か――すくなくとも金ではない金属が準備されていた。


 視線を巡らせれば、奥にもう一つ扉がある。そちらへの扉は鍵がかかっていなかった。


 その中に滑り込む――そこは、一階とはまた別の種類の物置だった。さまざまな美術品が並べられている。


 エリザベスの家から盗まれた彫像が二体、並べられている。その横はガラス製の棚だった。


「私の時計!」


 エリザベスは懐中時計を手に取った。それをポケットに滑り込ませる。これさえ手に入れば、もうここに用はない。


「思っていたより早いお着きですね」


 エリザベスが扉から出ようとした時、反対側の扉から複数の人間が入ってくる物音がした。


 舌打ちしてエリザベスは扉の陰に身を潜める。


「待ちきれなかったから。頼みを聞いてくれてありがとう。これで堂々とあの人に求婚できるよ――やはり、大学で教える給料だけでは不安だから」


 リチャードの言葉がエリザベスの胸に突き刺さった。そんなこと、気にしなくてもいいと言ったのに。


「そうですね、やはり財産の差は大きいでしょう」

「彼女は素敵な人だから――彼女にふさわしい相手でありたいと思うよ」


 入ってきたのは、リチャードと頭巾のようなものをかぶった男だった。


「あなただからですよ。特別です」


 頭巾の男が、頭巾の中で笑ったような気配がする。エリザベスには、あまりいい笑いのようには感じられなかった。どこかリチャードを嘲っているような。


 扉の陰で、エリザベスは拳を握りしめた。



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