再始動
その日以来、エリザベスは変わった。
エリザベスの様子が変わったことは、すぐにパーカーに気づかれたけれど――。
今日も、仕事部屋にはタイプライターをせわしなく叩く音が響き渡っていた。
「……ダスティのところ? 行かないわ。忙しいんだもの――そうね、お見舞いは送ってもらおうかしら。パーカー、あなた届けてくれる?」
「よろしいのですか?」
エリザベスにそう言われて、むしろパーカーの方がどまどったようだった。彼としては、エリザベスがよけいなことに口をつっこまないのはありがたいのだろう。
「……ええ。彼に会っているような時間はないの」
パーカーの方には見向きもせずに、エリザベスは書類に目を通していた。やらなければならないことは、いくらでもあるのだ。
「それから、今日の午後は予定を変更するわ。シルヴィアにお茶に呼ばれているの」
こうした女性同士の集まりにエリザベスが顔を出すことは多くなかった。今までとはまるで違う。
「それからアンドレアスと面会の予定を取ってちょうだい。できれば、明日。無理なら三日以内に」
命じられてパーカーはアンドレアスに電話をかける。受話器を置いて、返事を主に告げた。
「明日、昼食をご一緒にいかがですか――だそうですよ。近所の店から事務所に配達させるそうです」
「では、そのように手配してちょうだい」
アンドレアスとの面会の予定を取り付けたパーカーに、エリザベスは続けて言った。
「それとダイヤモンドのルースが入っていたわよね?」
「ございますよ。明日、業者に引き渡す予定ですが――」
ラティーマ大陸では、上質のダイヤモンドが算出する。
エリザベスの持っている土地にも鉱山があったから、大陸にいる間に、採掘からルースへの加工まで自分のところで手がけられるようにエリザベスは手を打っていた。
こちらでは、それを宝石を商う業者に売り渡している。
「三つ、わたしの個人的な用途に使いたいの。帳簿につけて三つ買い取りしてちょうだい。それと加工してくれる業者を見つくろって。サファイヤを一緒にあしらいたいから、宝石も扱っているところがいいわ」
パーカーは、立ち上がって壁際の本棚へと向かう。そこにずらりと並んだファイルから一冊を選んで抜き出すと、中をあちこち比較検討し始めた。
その様子を眺めながら、エリザベスは息をつく。猛然と仕事をしていたのは、アンドレアスに会いに行く口実を作るためだった。
今のところ、おとなしくしているからパーカーがいぶかしんでいる気配はなかった。
◇◇◇
翌日、昼食の時間を狙ってエリザベスはアンドレアス商会の事務所を訪れた。
「これはこれは、お嬢様」
前回さんざん脅されたアンドレアスは腰が低かった。上役に話がいったということもあるのだろう。まさか、エリザベスがああいう手段に出るとは彼も思っていなかったはずだ。
彼は、エリザベスを事務所の奥へと案内する。会議室であろうその部屋には、丸いテーブルが一つと、資料と思われる本がずらりと並んでいた。
「なかなか繁盛しているみたいじゃないの?」
「いえ、とんでもございませんよ」
アンドレアスの額を汗がつたう。
彼の女性秘書が、近くの店から配達させたというサラダ、肉料理、パンにチーズ、という昼食をテーブルの上に並べていった
あいかわらず化粧が濃いのだが、その点については追求しないでおく。
「さあさあ、お席にどうぞ。お嬢様のお好きなものを、ご用意いたしましたから」
「子羊のローストね。好きよ」
きっと、昨日のうちにパーカーにでもたずねたのだろう。おいしいものを食べるのは、好きだ。
席に着いたエリザベスは、遠慮なく、テーブルに着くとナイフとフォークを手に取った。
「それで、お嬢様。今日のご用件は……?」
「家の者達に、テレンス・ヴェイリーと接触することを禁じられたの。本当はあなたとも関わってほしくないみたいだけど」
「ご冗談でしょう」
アンドレアスは目を丸くしてみせる。そうすると妙に愛嬌がある表情に変わるから不思議なものだ。
結局、彼の事務所を使い続けているのは、この愛嬌が憎めないからなのかもしれなかった。
「冗談じゃないわ。あなたとの取引をやめさせようってとこまではまだいってないけど。……ところで、ここについて何か知ってる?」
エリザベスはオルランド公爵の財布から盗み出した住所、『レクタフォード十五番地』と書いた紙をアンドレアスの前に滑らせた。
「お嬢様のような方が行かれる場所とは思えませんな」
どちらかといえば、いかがわしい通りであることは、先日前を通っただけで伝わってきた。
「あなたは?」
「時々――いや、そうではなくて」
思わず口を滑らせかけたアンドレアスは、慌てて紙片に視線を戻した。
「新しく建て直した建物――もしくはその近辺ではありませんか?」
「正解よ。新しく建て直した建物なの。何故、その建物だけ建て直したのかしら? 他は正直とても古い建物だったわ」
「それを調べろと?」
「もう一つ」
エリザベスは指を立てて見せた。
「オルランド公爵――私は世間一般に流れている情報しか知らないの。彼の裏を探ってちょうだい。お願いできる?」
「嫌と申し上げることはできませんな。お嬢様のおかげで、薄皮一枚でつながっている首ですからな」
大仰なしぐさでアンドレアスはエリザベスの頼みを受け入れた。
「さて、では取引成立といたしましょう。お嬢様、こちらのチーズはいかがですか? 取引のある別の商会の取り扱い品でして――お嬢様が日頃召し上がっているお品ほどではないと思いますが、なかなかの品だと思いますよ」
そこからあとは和やかに食事は進んだ。パーカーには、絹布の仕入れについて相談をしていたということで話をしたと口裏を合わせることも決めておく。
食後にイチゴのタルトとコーヒーまで出してもらい、エリザベスは大満足でアンドレアス商会を後にしたのだった。




