レディ・メアリの懸念
「まあ、心配していたのよ――リチャードと一緒だから大丈夫だと思っていたのに」
「ごめんなさい、おばさま」
たいした怪我をしているわけではなく、ぴんぴんとしているエリザベスの様子に、レディ・メアリはほっとしたようだった。
「さあさあ、とにかくお茶を飲みましょう。今日は少し風が冷たいから、居間に火をいれたのよ」
「ありがとう、叔母さま」
ラティーマ大陸の方が温かいから、エリザベスは寒さにはあまり強くない。そんな彼女のために、レディ・メアリは暖炉の前の席を用意してくれた。
パーカーはこの屋敷の執事とお茶を飲むようにと、控室へと下がらされる。きっと、エリザベスの行いについて、彼もまたお説教されるのだろう。
この屋敷の執事は、パーカーの父親と同世代であり、昔からの地人なのだ。
給仕のために呼ばれたレディ・メアリのメイドが、ティーカップに紅茶を注いでくれる。
薫り高い紅茶のカップを手に取り、エリザベスはほっと息をついた。カップに手も付けず、レディ・メアリはじろりとエリザベスをにらみつける。
「ダスティ・グレンの車に乗っていたのですって? 身をつつしんでもらわないと」
「……ごめんなさい。叔母さま。でも……ダスティはいい人よ。女の子にだって人気あるし。王女殿下もお好きでしょ?」
「それとこれとは別問題ですよ。違う階級の人間と深く関わらない方がいいと言っているんです」
一応殊勝にふるまったエリザベスだったけれど、レディ・メアリは騙されたりしなかった。
そう言う彼女の口調は強いもので、今日こそはエリザベスに言いたいことを言うのだという彼女の意志が伝わってくるようだ。
「……ただでさえ、あなたははみ出していると噂になっているのだから」
それを言われてしまうと弱い。
エリザベスはため息をついて、紅茶のカップに目を落とす。
上品な風味のこのお茶も、マクマリー商会の扱っている商品なのだけれど――レディ・メアリはそれに気づいてさえいないだろう。
はみ出している――そう、たしかにはみ出している。他の令嬢達と同じようにはふるまえない。商売を畳むつもりもない。
だが、これ以上叔母に逆らうのは間違っているということもエリザベスはわかっていた。過ちを犯したのはエリザベスだ。
「それで、リチャードとお話を進めていいのかしら?」
「進めてくださっていいのだけれど……リチャードが、はいと言ってくれるかどうか」
レディ・メアリはエリザベスをにらみつけた。つついてはいけないところをついてしまったかとエリザベスは小さくなった。
「まさかあなた何か余計なことをしたのではないでしょうね?」
「いえ、違うの。その……噂でしか聞いていないのだけれど。リチャードのお家のその――彼は男らしい人でしょう? 妻の財産に頼るのを嫌がるような気がして」
あれから直接彼と話をしたわけではない。だが、以前少しだけ聞いた話。そして、ダスティから聞いた話。
そして周囲の噂。彼が何を考えているのか、エリザベスにはわかるような気がした。
「何か聞いているの、エリザベス?」
「噂でだけ」
エリザベスは、婚約者未満の彼に思いをはせる。
彼のことは嫌いじゃない。
鉱物のことを話す目はきらきらしていて、好感を感じずにはいられなかった。
彼が気にしなければ、エリザベスは話を進めてもいいような気がしている――いずれ、誰かと結婚しなければならないのなら、彼はいい相手だ。
リチャードとなら穏やかに過ごしていけるだろう。彼ならエリザベスの商売によけいな口を挟んだりしないはずだ。
彼の方が、エリザベスでは嫌だと言わなければの話ではあるが。
「そう。では慎重にならなければね――先方にご迷惑をおかけしたくないでしょう?」
「ええ、叔母様。わかっているわ」
「もうダスティ・グレンとは個人的には合わないように。いいわね? わたしは、あなたのためを思って言っているの」
「……ええ、わかっているわ」
レディ・メアリが言いたいことはよくわかる。ダスティと必要以上に関わり合って、妙な噂がたつのはよくない。
それから後は、ひたすらレディ・メアリのお小言をおとなしく聞いていたエリザベスは、帰りの車の中でこぼした。
「ダスティと会うなだなんてあんまりだわ。彼は悪くないのに」
「レディ・メアリのおっしゃるとおりですよ、お嬢様」
パーカーはやんわりとエリザベスとたしなめた。
「事故の件を新聞に載せないようにするだけで大変だったのですから」
「……わかってるけど」
エリザベスは唇を噛みしめる。
パーカーが、事故をもみけすのにどれだけ苦労したことか、エリザベスだってわかっている。パーカーが胃のあたりに手をやるのを横目で眺め、もう一度エリザベスはため息をついた。
「とにかく、です。お嬢様」
パーカーは厳しい口調で言い渡した。
「レディ・メアリのお言葉に従っていただきます。ダスティ・グレンとの個人的なお付き合いはお控えください」
無言でむくれたエリザベスは、車の窓に頭をもたせかけた。パーカーは意地悪だ。ダスティは悪くないのに。エリザベスのわがままに巻き込んでしまっただけだ、などと言っても彼は納得してはくれないだろう。
「……もう、いいわ」
自分が悪いことはわかっている。これ以上
ダスティと会うなと言うのなら――ここから先は自分で考えて動くしかない。
テレンス・ヴェイリーへの接触も、パーカーは嫌がるだろう。後ろ暗い噂のある人物だし、何よりダスティとエリザベスが知り合うきっかけを作った男でもある。
けれど、その配下のアンドレアスに会いに行くことまでは、パーカーにもとめることはできない。何しろ、アンドレサスはマクマリー商会の仕事を請け負っている貿易業者なのだから。




