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本当に危険な人は

 さて、無事に作戦が終了した以上、エリザベスがここに残っている理由もない。怪しまれずに、パーティー会場を抜け出す算段をしなければ。

「公爵、ありがとうございました。おかげで、パーティー会場で醜態をさらさずにすみましたわ」

「お役に立ててよかった」

 エリザベスがにこりとすると、公爵は胸に手を当てて優雅に一礼して見せた。

 

「アルマ――、あなたもお礼を」

 さすがの貫禄だと感心しながら、エリザベスはロイを促す。しっかり躾けられたロイは、少女らしい仕草を忘れずに、少しだけ身体を起こした。

「……ありがとう……ございました」

 毛布で顔を隠しながらの彼の言葉に、公爵は再び一礼してみせる。それから、彼は、パーティー会場になっている広間へと戻っていった。

 

「ダスティ、どうかした? あなたもパーティーに戻ればいいのに」

 この部屋に残っている必要はないというのに、ダスティはまだ部屋にいる。エリザベスの言葉に、彼は肩をすくめた。

「人手がいるんじゃないかと思って」

「ありがとう。でも、もう帰るから大丈夫よ――この子、具合が悪そうだもの」

「じゃあ、車で送ってあげるよ。君、ここまで自分の車で来たわけじゃないだろ。俺、自分で運転して来ているからすぐに出してあげられるし」

 たしかにこの屋敷までは、リチャードの車に乗せてもらってきた。帰る時も、彼の車を借りるつもりでいたけれど、探しに行くよりは、ダスティの車に乗せてもらったほうがたしかにはやい。

 

 それに、憧れの俳優と一緒にいることができるいい口実でもあった。彼の車に乗るなんて、機会を逃す手はない。

「でも、悪いわ……あなたもパーティー楽しんでいるでしょう?」

「思ってたほど楽しくなかったから、かまわないよ。車玄関に回すから」

 一応、遠慮はしてみせたものの、結局は彼の車に同乗させてもらえることになった。彼はすばやく身を翻して、車を取りに行ってくれる。


「ロイ……もう少しだけ、女の子のふりを頑張ってね――財布は?」

「女装は疲れるけど、しかたないさ、お嬢さん。財布はもちろん戻しておいたよ」

「そろそろ行きましょうか。誰かにリチャードへの伝言を頼めばいいわ」

 立ち上がったものの、ロイはあいかわらずよろよろとしている。途中で使用人を捕まえて伝言を頼み、玄関に出ると、ちょうどダスティの車が来たところだった。

 

 すぐに目の前に停車したのは、ダスティ一人で乗るには少し大きすぎるのではないかと思われる車だった。

 ロイに手を貸してエリザベスは車の後部座席に乗り込む。無言のままダスティは車を発進させた。

 

「ありがとう。助かったわ」

「――で? 何が目当てだったわけ?」

 彼が口を開いたのは、リチャードの屋敷を出てしばらくしてからのことだった。

 何が目当て、と問われたところで心臓が跳ね上がったけれど、平静を装って、エリザベスは顎を上げた。


「何の話よ?」

「わざわざ女装までさせてさ。オルランド公爵の弱みでもつかもうとしてた?」

 後部座席の二人は顔を見合わせた。ロイの女装はかなりいいところまで行っていたはずだ。広間は薄暗かったし、ばれるとは思っていなかった。

「何で――」

 ロイが焦った声を出した。あわてたエリザベスが肘でつつくが、少女のものとは違う声が車内に響く。

 

「すぐわかるって。俺、普段から女装の男をよく見るから――舞台でね」

「……他の人も気づいたと思う?」

 今度はエリザベスがたずねた。くすくすとダスティは笑って、ハンドルを右に切る。

「たぶん、気がついたのは俺だけだよ。オルランド公爵も気づいてはいないと思う」

「……それならよかったわ」

 エリザベスは安堵の息をついた。


「もう一度聞くよ。どうして?」

「……別にいいでしょ」

 悪いことをしている自覚はあるから、つんと顔を横にそむける。そんなエリザベスの様子に一つため息をついて、ダスティは車を道ばたに停車させた。


「あの人は危険だ」

 車を停めたのに、エリザベスたちの方をふり返ろうとはせず、彼は言う。

 彼の言葉が何を意味しているのか、エリザベスにはまったく理解できなかった。

 

「……どうして? ただの貴族よ。危険というなら――あなたもよく知っているテレンス・ヴェイリーのほうではないの?」

「違うね」

 そこではじめてダスティはエリザベスへと視線を向ける。運転席から体を半分ひねるようにして。

 

「それは違うよ、リズ。オルランド公爵は危険だ。これ以上近づいてはいけない。テレンス・ヴェイリーでさえ、あの人に比べたら小物すぎる」

 エリザベスは言葉を失った。正直なところ、オルランド公爵の方がそれほど危険人物だとは思っていなかったのだ。

 

「そう、とても危険なんだ。だから、君が何のために彼に近づいたのか教えてほしい。そちらの彼もね」

「それは……」

 エリザベスは口ごもった。ダスティに何を伝えたらいいのかわからないのだ。

「――リズお嬢さん」

 本性を出して、だらしない格好で後部座席に座りなおしたロイが、意を決したように切り出した。


「俺、失敗したかもしんない」

「失敗って――」

「財布を戻した時、気づかれたような気がするんだ」

 気づいたのなら、なぜ公爵は何も言わなかったのだろう。エリザベスの背中を冷たいものが伝う。

「気づかれたのなら、危険だ」

 ダスティは顔をしかめた。

 

「あの人は――まあいい。続きはリズ、君の家に行ってからにしよう。きちんと、話をしてくれるだろう?」

「……そう……そう、ね」

 エリザベスの返事に満足した様子で、彼は、再び車を発進させる。エリザベスはため息をついて、背もたれに背中を預けた。


 深いことなんて考えていなかった。懐中時計を取り戻したかっただけで、誉められたことではないのをわかっていて乗り込んだ。

 危険であることはうすうすわかっていたけれど、こんな忠告をされるほどのこととは思ってもいなかった。エリザベスの判断が甘いと言われたら、受け入れるしかない。

 

 エリザベスの行動が、公爵を刺激してしまった? 公爵が危険人物だなんて思ってみたこともなかった。

 エリザベスがぐるぐる回る頭を抱えている間に、車はマクマリー家の屋敷まであともう少しというところまでたどりついていた。

 だが、そこで不意に、ハプニングが起きる。

 

「ハンドルがきかない――何でだ!?」

「うそぉ!」

 ダスティの叫びに、エリザベスの悲鳴が重なり、ロイが大声をあげた。車は道の左右をふさいでいるガードレールを突き破り、転げ落ちていく。

「――きゃあああああ!」

 自分が派手にもう一度悲鳴をあげるのを自覚し――そして次の瞬間、エリザベスの視界は真っ暗になった。


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