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朝のゴシップ

「おやおや、まあまあ」

 彼女がページをめくるたび、部屋で綺麗に結ってきた蜂蜜色の髪が揺れる。

 気の強そうな緑色の目をぱちぱちとさせてエリザベスは、パーカーが顔をしかめているのにはかまわず新聞紙をめくった。

 爽やかなペパーミントグリーンのワンピースを着て座っているところだけを見れば、愛らしい令嬢なのだけれど。執事としては、そろそろ淑女に成長してほしいところだ。


「レイヤード通りで殺人……恐ろしいわね。死体がばらばらなのですって。最近増えたと思わない? 殺人事件」

 エリザベスは夢中になって、紙面に鼻をつっこんでいた。

『デイリー・ゴシップ』には、殺人や暴行事件など、令嬢だろうが淑女だろうが読むにはふさわしくない記事ばかりが並んでいる。

「ああ、また聖骨が盗まれたのね。聖者とはいっても、死んだ人の骨なんか集めてどうしようというのかしら」

『聖骨』とは、聖女ミゼリアが神の啓示を受けてローズリース教を開いた時、彼女を守護していた十人の守護騎士たちの遺骨のことだ。奇跡を起こす不思議な力があるとされ、信者たちの間では信仰の対象ともなっている。

 教会や聖域に安置されているのが大半だが、癒やしの力を求めて家に置きたがる富裕層も多いため、闇のルートでは高値で取り引きされている。したがって偽物も多い。


「そうね……でも、ダスティ・グレンの骨ならいいかも。毎日ダスティの側にいられるの。うっとりしちゃう」

 容赦なく聖骨を切り捨てたその口で、エリザベスは、今夢中になっている俳優の名前をあげる。

「ダスティ・グレンはまだ存命ですよ」

 パーカーは紅茶をカップに注ぎながら、骨を欲しがる主をやんわりと制した。

「わかっているわよ。別にいいでしょ? 殺してダスティの骨を盗もうなんて思っているわけじゃないんだから」

 骨欲しさに殺人事件を起こされても困る。この場合、どこまで本気かわからないのがエリザベスの恐ろしいところだとパーカーは認識しているのだが、それはあながち間違いでもないだろう。


 朝食のテーブルに並ぶのは、ベーコンエッグ、かりかりに焼いて蜂蜜を塗ったトースト、野菜たっぷりのサラダにボイルドしたウィンナー。オレンジジュースにミルクを添えた紅茶。

 かなりの量が並んでいるが、エリザベスはぺろりとこれを片付けてしまうのだ。

「あらやだっ、ダスティ熱愛ですって! 女優のミニー・フライ……イヤになっちゃうわねっ」

「ミニー・フライはダスティ・グレンの倍近い年齢かと思いますが」

「愛に年齢は関係ないでしょっ……ああ、でもあんなおばさんにダスティが奪われるのかと思うと腹がたつわっ」

 きーきー言いながら、エリザベスは注がれた紅茶にたっぷりとミルクと砂糖を追加した。


「他にはどのような記事が?」

 これ以上主をヒートアップさせないように、さりげなくパーカーは話題を変える。できることなら、新聞も別のものに変えて欲しいのであるが、間違いなくそれは無理だ。

「後はあまり面白くないわよ。楽園騎士団がバーで働く女性の家に石を投げつけたとか、そのくらいよ」

「楽園騎士団……最近、多いですね。熱心に信仰するのはけっこうなことだと思いますが、目にあまる行動が増えたように思われます」


 教会に属する信徒たちの中でも特に過激な一派が、楽園騎士団という団体を組織したのは一年ほど前のことだ。

 エルネシア王国が建国された頃の信仰心を取り戻せ、そうすれば死後楽園に迎えられると熱心に説いている。彼らは楽園を守護する騎士というわけだ。

 信徒として教会で洗礼を受けていながら通わない信者をあぶり出しては、対象者を取り囲み、教会に通うように強要したり暴行をくわえたりしている。狂信的な彼らのやり方は、一般の信者からは眉をひそめられているけれど――歓迎する者も多い。


 眉をひそめて、執事はエリザベスの突き出したカップに三杯目のお茶を注いだ。

「女性の家に石投げつけて救われるのなら、警察も神様もいらないわよ」

 エリザベスの言葉は辛辣だ。

「救われたくて女性の家に石を投げつけているのではないでしょう。いさめているのではないですか? 日曜日に礼拝に行かなかったかもしれませんし」

「バーに勤めている女性だからって、日曜日に教会に通わないって決めつけるのはあまりにも短絡的すぎるわね、パーカー! 男爵家の当主だって、日曜日の礼拝をさぼる人はさぼるんですからね!」

 パーカーの回答には鼻を鳴らしておいて、エリザベスはベーコンエッグに勢いよくナイフを突き立てた。半熟の黄身がとろりと流れ出てくる。


 それはともかくとして、今のエリザベスの発言には一つ聞き捨てならないところがある。パーカーは眉を吊り上げた。

「……お嬢様。つまり、先週の礼拝は欠席なさった……と」

「あう」

 エリザベスは奇妙な声をあげた。

「さぼった……、というか、ちょっと気が進まなかったのよね……」

「気が進まなかった……ですませないでください」

 露骨に視線をそらして天井を見上げるエリザベスに、パーカーは、大きくため息をついた。マクマリー家の当主が、日曜日の礼拝をさぼるだなんて大問題だ。


「それにしても……」

 エリザベスは、パーカーの気持ちも知らず爆弾を追加した。

「聖骨なら、うちにもあるのに。うちにも来るのかしら、聖骨泥棒」

「聖骨が、ですか……初耳ですね」

「ラティーマ大陸から持って帰ってきたのよ。お父様が蚤の市で買ったの。ごちそうさまでした。今日もおいしかったわ。じゃあ、わたしは仕事部屋に先に行っているわね」

 エリザベスは朝から旺盛な食欲でテーブルの上に並べられた料理をすべて片付けると、しなやかな動作で立ち上がった。

 彼女の動きにつれて、くるぶしまであるワンピースの裾が軽やかに揺れる。新聞を片手に出ていく主を見送って、パーカーは頭をさげた。

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