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いざ、出陣!

 数日後、ロイは意気揚々とエリザベスの仕事部屋に入ってきた。パーカーはエリザベスの命令で出かけていて、マギーがタイプライターを叩いている。あれやこれやらねばならぬことは多く、遊んでいる時間はないのだ。

「リズお嬢さん――できると思う。でも、普通にはできないと思うんだ」

「普通には、できないって?」

 身を乗り出すエリザベスには渋い顔を見せて、ロイは首を振る。その様子を見れば、自信はないであろうことはエリザベスにも理解できた。


「昔より腕が落ちてる。だから――怪しまれずに相手に接近する手段を考えなくちゃ。リズお嬢さんの友達だろ? 俺が接近するには何か考えないと」

 ロイの言葉にエリザベスは考え込んだ。

 オルランド公爵に近づくとなれば、確かにそれなりの準備がいる。ロイは下働きだし、公爵とは身分違いだ。普通なら至近距離に近づくことなどできない。


「大丈夫――何とかするから」

 そう言いながらエリザベスの視線は、ロイの体を上から下まで往復し、それから顔で止まった。

「お――お嬢さんっ! リズお嬢さん何をっ」

「――いけるんじゃない?」

 悲鳴にもかまわず両手でロイの頬を引っ張ったエリザベスは、にやりとした。そのまま彼女の手は傍若無人にロイの身体をぺたぺたと撫でまわす。

 

 タイプライターを叩いていた手を止めたマギーは、ぽかんと口をあけてその光景を見守っていた。

「あなた、女装しなさい」

「――はい――!?」

 ロイが大声を上げてしまったとしても責められるべきではないだろう。エリザベスの発言は、あまりにも常識外れだった。


「ロイに女の子の格好させたら、女の子に見えないかしら?」

「……見えなくもないですねぇ!」

 マギーが手をわきわきとさせた。ものすごーく楽しそうに見える。嫌な予感を憶えたらしく、ロイが一歩後退して視線を巡らせた。

「パーカーさぁぁぁん!」

「あら、彼なら今出かけてるわよ?」

 にやりとしたエリザベスの言葉が終わるより早く、ロイの悲鳴が響き渡った。


 しばらくの間悲鳴と叱りつけるエリザベスの声と完全に面白がっているマギーの声が交錯し――やがて、部屋の中は静かになった。

「まあ、ずいぶん可愛くなったこと――前が可愛くなかったと言っているわけじゃないのよ?」

 ソファでぐったりとしているロイを見つめ、エリザベスは満足そうに腰に手をあてる。

 どこから持ち出してきたのやら、ロイには鬘がつけられて黒い髪が顔をおおっている。髪の一部だけを編んで、シルクのリボンが飾ってあった。顔には軽く化粧が施されて、睫はくるんとカールさせられている。

 選んだ口紅は、よりにもよってピンク色だ。


「ほらほら、このワンピース、似合うでしょ?」

「……似合うとか似合わないとか問題はそこではなく!」

 ロイは不満そうに唇を尖らせるが、それが逆に小悪魔めいた愛らしさに見えるとエリザベスは自信満々だ。

「お嬢さーん、口紅こっちの方がよくないですか?」

「マギー、お前何楽しそうにしてるんだよ!」

 マギーが抱えているのはエリザベスの化粧箱だ。そこには口紅だけで数十本、その他に白粉だの頬紅だのといった化粧道具が収められている。


「いいわね、あなたはわたしの友達、アルマ・シャーレー、十六歳よ――わたしのところに来たのは、結婚相手を探すため」

「……なんですか、その設定」

 ロイが半眼でエリザベスを睨みつけた。アルマ・シャーレーとはエリザベスの友人の名前だ。近々こちらに来ることになっていたのだが、家庭の事情で予定は中止になっていた。


「お嬢さん、でもこの手、どう見ても労働階級ですよ」

 ロイの手を見たマギーが口を挟む。

「かまわないわ。アルマ・シャーレーも労働している子だもの。手が荒れているのは不自然じゃないわ」

「だとしたら手袋が必要ですね。貴族階級の男性がいるところにこの年頃の女の子が出かけるのなら――なるべく手は隠そうとするでしょうね。わたしならそうしますよ」

「そうねえ。マギーの言うとおりかも」


「……お嬢さん、無茶言うにもほどがありますって」

 ソファに胡坐をかいたロイはばさばさと頭を振った。その拍子に鬘がずり落ちる。


「マギー。今日からロイの礼儀作法をどうにかしてやって――そうね、ロイ。あなたはしばらくトムの仕事は手伝わなくていいから、最低限女の子に見えるようにしてちょうだい」

 手を伸ばして鬘の位置を直したエリザベスはロイに手を合わせた。

「それと、レースの手袋に慣れてちょうだいね」

 しかたないなとロイはため息をつき、仕事に戻っていったのだった。むろん、このことはパーカーには内緒なのである。


◇ ◇ ◇


 そして、パーティーの当日。何とかロイの礼儀作法はぎりぎりラインにまで到達した。少なくとも何か不手際があったとしても、貴族階級ではないから申し訳ない、でごまかすことができそうな程度には。


「リズお嬢さん、こんな感じ?」

 ドレスに着替え、マギーに化粧してもらったロイは大変可愛らしくしあがっていた。「いいわ、上出来」

 薄いピンクのフリルを多用したドレスを身につけているのは、どうしても少女の身体とは違う彼の身体の線をごまかすため。襟は高くなっていて、彼の喉はほとんど覆われていた。


 まだエリザベスが袖を通していないドレスにちょうどいいものがあってよかった。泊まりに来ている友人に、エリザベスのドレスを貸してやったという体裁だ。

 エリザベスは白いドレスを身につけていた。ロイとは対照的に胸元が広く開いている。エリザベスの喉には白い真珠が巻きついていた。


 ロイの方は、小さな耳飾り以外、装身具は身につけていない。レースの手袋の手が落ち着かないというようにスカートを握りしめていた。

「大丈夫。可愛く仕上がっているから」

「一発でばれるとは思ってないですけど。俺だってなかなかいけてますよ。これで会場中の男どもをめろめろにしてやりますよ」

 ロイはにやりとする。女装に案外気合いが入り始めているのかもしれない。


「お嬢様。迎えの車が来ました」

 パーカーが告げる。不安だというように、その目はエリザベスとロイを往復していた。後から聞かされたパーカーはこの作戦には大反対だったのだが、エリザベスが強引に押し切ったのである。彼が胃のあたりに手を置いているのに気がついたけれど、エリザベスは何も見なかった風に装った。


「いいわ、行きましょ」

 エリザベスはドレスの裾を翻して立ち上がる。何が待っているのかはわからない。けれど、何でもいいから情報を仕入れるつもりだった。


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