若い人は秘密が好き
エリザベスの情報収集の仕方はともかくとして、今問題にしなければならないのは聖骨の方だ。エリザベスは話を戻した。
「聖骨が教会や骨董品店から盗まれたのならわかるのよ。ここに聖骨ありますって宣伝しているようなものでしょう? でも、一般に広めていない場所からも盗まれていたのが気になって」
エリザベス自身がそうだった。懐中時計を持ち帰ってはきたけれど、そこに聖骨がはめこまれているなんて宣伝したことは一度もない。時計の存在は、パーカーやマギーといったエリザベスのごくごく身近にいる人間だって知らなかったはず
エリザベスはそっとため息をついた――本当は大切に持っておくべきだったのかもしれない。
自分の手元に置いておけば、封じなければならない気持ちを封じることができないと――そう思ってしまいそうで。
でも捨て去ることもできず、結局屋根裏部屋にしまい込むことしかできなかった。幸せだった少女時代の思い出と、あの頃の初恋と。
自分の手元に置いておけば盗まれることにはならなかったかもしれない。
「私の懐中時計もそう。部屋に置いておく理由もなかったから、屋根裏部屋にほうりこんでおいたの。彫刻と一緒にね」
そう、ヴェイリーにはそう説明しておく。本当の理由を明かす気にはなれなかったから。
彼はしかめっ面になった。
「彫刻を保存しておくには不適切な環境ですな」
「一般的にはそうでしょうね。屋根裏といってもわが家では商品を保管しておく場所として利用できるように改築してあるのよ。本当は使用人を寝起きさせる場所らしいんだけど、家の使用人達には全員個室を与えてあるから、使ってなかったし」
「なるほど」
「それはともかく――よ。そんな品があることなんて私は口外したことないの。なのに、何で押し入った賊は時計を持って行ったのかしら? 聖骨が入ってなければ、安物の時計でしかないのに。安物なんか持って行っても困るでしょう?」
それを聞いたヴェイリーは、愉快そうな表情になった。
「それで、リズ。あなたはどうお考えなのかな?」
「さあ。楽園騎士団が聖骨を集めて回ってるっていう記事は見たけど――あの人達なら聖骨をほしがる理由もわかるわ。信仰の対象ですものね。でも、聖骨の在処を知っている理由にはならない」
本当のところはわからないから、エリザベスも正直に返す。肩をすくめて、仕草でもそれを表して見せた。
「……聖骨をほしがるのは楽園騎士団だけではないはずですがね」
エリザベスの仕草に感銘を受けたわけでもないのだろうが、ヴェイリーは新たなヒントを出してくれる。エリザベスはそれに飛びついた。
「教会、好事家、好事家に売りつけたい骨董点の店主?」
エリザベスの言葉を否定したわけでもないのだろうが、ヴェイリーは指を一本立てて、もう一つ追加する。
「錬金術に傾倒している者」
「錬金術? それって、大嘘なんじゃないの?」
「一般の人はそう思うでしょうな」
錬金術だなんて耳慣れない言葉に、エリザベスは首を傾げた。
鉛のような価値のない金属を金に変化させるという学問らしいということしか知らないし、常識から言えば、錬金術などまやかしでしかない。
ヴェイリーは椅子の上で姿勢を正した。エリザベスを見つめる目には、面白がっている表情がある。
「真面目に研究してる人たちがいる――、その程度に考えておけばいいのですよ」
「……バカバカしいとは思うけれど、真面目に信じている人もいるってことね」
金銭が欲しいのなら、真面目に働けばいいのにと思うけれど、仕事がなかなか見つからなくて困っている人がいることもエリザベスは知っている。
だから、真面目に研究している人がいると聞いても彼らに悪感情を抱く気にはなれなかった。
「貴族の若い人の間に最近増えているようですよ――何と言ったかな。そう、たしかキマイラ研究会……とか?」
「キマイラ研究会……複数の生物を掛け合わせた伝説上の生き物ね。こちらも実在するとは思えないわ」
「若い方の道楽と言えば道楽ですな。ああそうそう――ジャーヴィス伯爵の息子さんとかオルランド公爵なんかも名を連ねているそうですぞ」
「ジャーヴィス伯爵の息子……」
ジャーヴィス伯爵の息子と言えば、先日お見合いをしたリチャードのことだ。まさか、彼がこんなことに首を突っ込んでいるとは思わなかった。
「若い人は秘密が好きだ。秘密結社の雰囲気を楽しんでいるだけかもしれないな」
「あなたはどちらだと思う? 楽園騎士団と、キマイラ研究会と」
「さて、ね」
ヴェイリーはその顔に浮かべる笑みを人の悪そうなものへと変化させる。
「私は彼らには興味がないのでね――さて、闇の組織の親玉としては、出せる情報はこの程度かな」
「ん、もう。意地悪ね」
エリザベスはむくれた表情になった。キマイラ研究会なんて存在は知らなかったから、ヴェイリーのところに来たのは無駄ではなかったのだろうけれど。
もうちょっと情報を出してくれてもいいのではないかとも思う。
扉をノックする音がして、ミニー・フライが入ってくる。話が終わった瞬間入って来るとは、どこかで聞き耳を立てていたのではないかと疑ってしまいたくなるほどだ。
「お話は終わったかしら? お嬢さんはそろそろお帰りになった方がいいわ。もうすぐ夜があけてしまうもの」
「ああ――ハンナ。すまないが、お嬢さんを玄関まで送ってさしあげてくれ。そちらの執事君もね」
「お邪魔したわ。いろいろありがとう。少なくとも考える材料は手に入ったみたい」
「よかったら、また遊びに来てください。あなたのようなお嬢さんならいつでも歓迎だ」
「ありがとう。ぜひ、そうさせてもらうわ」
エリザベスはヴェイリーの書斎を後にする。書斎に入ってから、ほとんど無言を貫いていたパーカーも、ヴェイリーに一礼してから、主に続いて書斎を出た。
ミニーと並んで歩きながら、エリザベスは無邪気な顔で問いかけた。
「ハンナって本名?」
「そうですよ。女優がハンナじゃ収まりが悪いでしょう? つけてくれたのも主人なんですの」
「まあ、そうなの。ああそうだ――近いうちに、あなたの舞台またお邪魔するわ。ヴェイリーさんがボックスを貸してくださるって」
「では、こちらが主人の秘書につながる電話番号――それから、こちらが私のマネージャーにつながる電話番号。どちらも朝九時から夕方……そうね十九時頃までは誰か事務所にいるはずですから」
ミニーは、また特徴的な笑い声をあげた。
「また遊びにいらしてくださいね。たいてい舞台が終わった後はこうして屋敷を開放しているの」
トムの運転する自家用車が、玄関の前に横づけにされる。ミニーに見送られて、二人は車に乗り込んだ。
「……ふぅ」
パーカーは深々とため息をついて、硝子の瓶を取り出した。屋敷に行く前に飲んだのだが、胃の痛みがおさまらないのだ。
「何なのよ、その薬」
あまり何度も取り出したからか、ついにはエリザベスもその瓶に目をとめる。
「……いえ、何でもございませんよ」
ヴェイリーの屋敷は、パーカーにとって緊張を強いられる場所だった。エリザベスの武器も預けてしまっていた。帰る直前に手元には戻ってきたけれど。
「それにしても、テレンス・ヴェイリーって面白い小父様ね。また遊びに行こうっと」
のんきな声をあげるエリザベスに、パーカーは、
「やめてくださいよ」
と、悲痛な声で返すことしかできないのだった。




