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エリザベス、出る

 翌日、エリザベスは完全な戦闘態勢で玄関ホールへと降り立った。

 白のブラウス、紺のジャケット、黒のタイトで膝下まであるスカート。黒のパンプスに続く足を絹のストッキングが優雅に覆っている。


 運転席に座っているのがいつもの運転手ではなく、少年なのに気がついたエリザベスはたずねた。

「あら、ロイが運転なの? トムはどうしたのかしら?」

 運転席に座っている少年は、庭師兼運転手の助手として働いているロイだ。姓は不明。エリザベスが行き倒れているのを拾ってきたのが、そのまま屋敷にいついて現在に至っている。


「親方は例の――腰が痛いとかで」

「あらあら困ったわね」

「俺、大丈夫ですよ! 運転ずいぶん練習したし」

 練習したのはエリザベスも知っている。練習用に使わせていた古い車が、あちこちぼこぼこになっていたから。


「ぶつけないで走らせられるようになった?」

「もちろんですとも!」

「ならいいわ、ここ。アンドレアス商会まで」

 心外な、という声を上げた少年に、エリザベスは住所を書いた紙を差し出した。運転席に置いてある地図をちらりと確認したロイは、すぐに場所がわかった様子で地図を閉じる。


「本当にお出かけになるのですか?」

 後部座席に乗り込んだエリザベスの隣に、不安そうな顔をしたパーカーが続いて乗り込んだ。

「当たり前でしょ。あなたが来なければ、話にならないんだから」

 エリザベスは、思いきりむくれた様子でパーカーに手をふり、それきり口をつぐんでしまう。何を考えているのか、隣で胃に手をあてている執事に悟らせるようなことはしなかった。


 ◆ ◆ ◆


 アンドレアス商会の事務所は、車で十五分ほどの場所にあった。事務所が入っている建物は、やや古めかしいのだが、場所を考えるとそこそこ賃料をとられるであろう。

 紺のジャケットによく似合うつば広の帽子を斜めにかぶったエリザベスは、車から降り立ってロイにこのまま待つようにと告げた。


「お約束、いただいていますでしょうか?」

 事務所の入り口を入ると、やたらに化粧の濃い女性秘書がエリザベスを止めようとする。

「約束はしていないわ。わたしはエリザベス・マクマリー。今すぐアンドレアスに会わせなさい。彼が会わないというのなら、今後の取引は全て……そうね、隣の事務所に任せようかしら」

 マクマリー商会は、一番の上客ではないかもしれないが、アンドレアス商会にとっては逃したくない重要な顧客のはず。


 エリザベスの計算は大当たりだったようで、慌てた秘書が奥へと駆け込んで五分とたたないうちに、アンドレアス本人が出てきた。背は高いが、猫背なためか一瞬小柄に見える。

「これはこれは、お嬢様。わざわざ追いでいただかなくても呼びつけていただければよかったのに――おい、お茶をお持ちして」


 一番いい茶葉だぞ、と秘書に叫んでおいてアンドレアスは二人を自分の仕事部屋へと通した。

 すすめられないうちにエリザベスはアンドレアスのデスクに向かい合っている椅子にすとんと腰を落とし、高々と足を組んだ。脱いだ帽子は、パーカーの方へと放り投げる。


「さて、アポも取らずにわたしが押しかけてきた理由はわかるわよね?」

 アンドレアスはわけがわからないといった表情で首を横にふった。

「わからないのなら、しかたないわね」

 深々とため息をついたエリザベスは爆弾を投下した。容赦なく、一気に。

「あなた、ラティーマ大陸から送られてきた品をちょろまかしているわよね?」

 その言葉に、アンドレアスの目が泳ぐ。


「おかしいとは思ったのよ。仕入れ値も変わってない。変わる要素もない。売値もそれほど落ちてはいない――でも、増えたものが一つだけあるの」

 アンドレアスの神経質そうに皺の寄っている額に汗がにじんだ。

「破損して売り物にならない品、傷んで売り物にならない品が少し多すぎるのよね。いくら何でもおかしいと思ったわ」


「そ――それは……」

 アンドレアスの顔が引きつった。

「というわけで、取引をやめようと思うの。若造と思ってなめていたのかしら?」

「ち――違う――」

「ふーん。じゃあ女と思ってなめていた?」

「違う、そうじゃない――上からの命令で」

 組んだ足をぷらぷらとさせていたエリザベスは、動きをとめた。椅子の上で姿勢を正して、テーブルの上に身を乗り出すようにしてたずねる。


「上。つまりアンドレアス商会は独立しているわけではないと」

「……」

 アンドレアスは言葉を失った。にやりとしたエリザベスはアンドレアスに言い放つ。

「一回ボスとお話したいわね。連絡をとってちょうだい」

「……できないと言ったら?」


「まあ、いいけど。こことの取引を停止するだけだもの。ボスにも伝えてちょうだい。一回きちんと話をさせてくれるのなら、今回のことには目をつぶるって――というわけで、用もすんだし帰るわ。ボスによろしく」

 エリザベスの迫力に気押された様子のアンドレアスは、見送ろうともしなかった。ちょうどお茶を運んできた女性秘書に、「いらない」と告げると、エリザベスは身を翻す。


「何が目的だったのですか、お嬢様?」

 帽子を手にしたパーカーが慌てて追いかけてくる。彼の手から投げ出した帽子を取り戻しながら、エリザベスは首をかしげた。

「うーん、藪をつついて蛇を出すつもりが、予想してないものが出てきちゃったって感じ?」


 建物から出てきた二人を見つけて、ロイが車を駐車した位置からクラクションを鳴らす。エリザベスが手招きすると、すっと車が近づいてきた。

「藪をつついて……」

「そう。まさか上からの命令、とか言うなんて思わなかったもの」

 けろりとした様子でエリザベスは続けた。


「取引停止をちらつかせて、今後、不正はしないって言ってもらえればそれでよかった。新しい代行業者がアンドレアスよりましとは限らないものね? 彼の仕事ぶり、なかなかだったのよ――取引を始めたばかりの頃は。その頃に戻ってもらえるなら、警察に言うこともないかなって思ってたの」

「ボスって誰でしょうか?」

 エリザベスは肩をすくめ、それから軽い調子で言い放つ。


「多分裏の社会に影響力を持つ人間でしょうね」

「……そんなやつに会いに行くのですかっ」

 パーカーは眉をつり上げた。


「大丈夫よ。アンドレアスを見てたらわかるでしょ? それほど危険ではないと思うわ――こちらが礼儀を守っている間は、ね」

「でも」

 続けようとする執事をエリザベスは手をふって止める。パーカーは、それ以上の言葉を失って、車に乗り込む主に続くしかなかった。


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