53話「炎の壁。ヴォルフリック命の危機」
「お前は我の失敗作だ。
駄作はこの世に残して置くべきではない。
二人の王子を捕らえ、生かして置いたのは、お前を誘き寄せる為だ。
こうしてのこのことやってきた所を見ると、義理の兄でも、それなりに情があったようだな」
魔王がワルフリート兄様とティオ兄様を生かしておくのが不思議だった。
そうか、彼らはヴォルフリック兄様を誘き寄せる為に囚われていたんだね。
「奴らをここに連れてきたら、お前の動きを封じられるかな?」
魔王はそう言って目を細めた。
「馬鹿らしい。
奴らを人質に取っても私には効果などないぞ。
なんならそいつらを私自ら斬り捨ててやる」
「なるほど、奴らではお前の枷にはならないようだな」
魔王は愉快そうに口の端を上げた。
「お前の足枷として利用できるのは……そこにいるエアネストだけのようだな」
魔王の黒檀色の瞳が僕を射抜いた。
彼は視線だけで、相手を気絶させるくらいの威圧的なオーラをもっていた。
僕はなんとかそれに耐え、キッと相手を見据えた。
「良い顔だ。
恐怖に震えそれでも気丈に我に歯向かおうとする。
ぞくぞくするな。
そういう輩から刃を奪い、尊厳を破壊し、屈服させるのが大好きだ」
魔王がそう言って自分の唇をペロリと舐めた。
彼はゾッとするほど醜悪な表情を浮かべた。
「エアネストと言ったか。
我の愛玩動物にならんか?
ヴォルフリックより可愛がってやるぞ?」
「お断りします!」
魔王の誘いになんかに僕は乗らない。
「そういう気の強いところも嫌いではない。
我はそういう輩を力尽くでものにすることに、愉悦を覚える質なのでな。
エアネスト、お前は曇りのない眼に一点の闇のない無垢な魂を持っている。
そういう者に黒い絵の具を垂らし真っ黒に染めていくのが、我は楽しくて仕方ないのだよ!」
魔王がクックックッと愉しげに笑った。
「我は決めたぞ。
ヴォルフリックを殺したあとエアネストを我の玩具にする。
だが息子の前で愛しい者を甚振って、表情が苦痛と絶望に歪む様を眺めるのも面白そうだ。
さて、どちらを選んだものか?
悩ましい問題だ」
魔王は僕と兄様を交互に見て愉快げに口角を上げた。
兄様がギリッと歯ぎしりする音が聞こえた。きっと今兄様はとても怖い顔をしている。
魔王はそんな兄様を見て不気味に笑った。
「やはり後者にしよう。
ヴォルフリックのすました顔が絶望に染まる様を見たい」
魔王にとって、人を傷つけることが何よりも甘美なご馳走のようだ。
「外道が!
エアネストには指一本触れさせん!!
貴様は母を傷つけ祖父を殺した!
貴様の首を切り落とし二度と減らず口を叩けないようにしてやる!!
今日が貴様の命日だ!!
覚悟しろ!!」
ヴォルフリック兄様が魔王を睨みつけ、彼に剣を向けた。
「僕もあなたの玩具になるつもりはありません!」
僕は彼を援護するために呪文の詠唱を始めた。
「冗談も通じぬとはつまらん奴らだ。
使えない道具はいらぬ。
失敗作のお前を我が自ら処分してくれる!!」
魔王が椅子から立ち上がった。
公式ファンブックによると、魔王の身長は百九十七センチある。
今彼は数段高い玉座にいるので、身長よりずっと大きく見える。
どこからともなく風が吹き、ろうそくを揺らし、魔王の黒衣のマントをなびかせた。
魔王が闇の中から剣を召喚した。
彼が使うのは呪いの剣。
ツーバンデット・ソードという種類の剣で、長さ百八十センチ、重さ四キログラムある両手剣だ。
魔王はそれを片手で軽々と振るった。
「覚えておけ!
使えぬ道具は持ち主に処分されるのだとな!」
彼が剣を振り下ろすと剣圧で床が裂け、衝撃波が襲う。
「黙れ! 私は貴様の道具になるために生まれて来たわけではない!」
兄様が衝撃波を相殺しようと、自らも剣を振るった。
「光の守護!」
僕は守備力と魔法防御力が同時に上がる呪文を唱えた。
あんな攻撃、まともに食らったら一溜まりもない。
二つの衝撃波がぶつかり合う。
魔王の放った衝撃波の方がやや強く、こちらに向かってやってきた。
だが、僕が事前にかけておいた守備力を上げる魔法のお陰で兄様は無傷で済んだ。
さあ、今度はこちらからの反撃だ!
「光の矢!」
僕が魔法を唱えると無数の光の矢が現れ、魔王に向かって飛んでいった。
「小癪な真似を」
魔王が光の矢をぎりぎりで躱す。
僕の魔法は魔王には当たらなかった。
だが彼は僅かに体勢を崩すことに成功した。
そのチャンスを見逃すヴォルフリック兄様ではない。
兄様がバスタードソードで魔王に斬りかかる。
魔王が呪いの剣で、兄様の攻撃を防ぐ。
キィィィンと剣と剣がぶつかり合う音が玉座の間に響いた。
「力!
速度を上げる!」
僕は補助魔法を唱え、兄様を援護した。
「小賢しい真似を!
影の炎!」
魔王が呪文を唱えると無数の黒い炎が現れ、その場で爆発した。
兄様を黒い炎が襲う。
彼は爆発する瞬間に、後ろに飛び魔法を躱した。
「上手く避けたようだな。
逃げ足だけは一人前のようだ。
だがこれはどうかな?
雷撃!
氷の刃!」
魔王が立て続けに高度な呪文を唱えた。
いくつもの稲妻と無数の氷の刃が兄様を襲う。
兄様は襲ってくる攻撃を全て紙一重で躱していた。
僕が兄様にかけた「速度を上げる」が効いていたみたい。
「これならどうだ!
火の嵐!」
魔王が呪文を唱えると、炎の壁が兄様が囲んだ。
あれでは逃げ場がない!
「光の守護!
光の守護!
光の守護!
光の守護!!」
僕は守備力を上げる魔法を兄様に重ね掛けした。
炎はじりじりと兄様に迫り、彼の全身を包み込んだ。
「兄様ーーーー!!」
炎に近づこうとする僕を魔王が阻む。
「諦めろエアネスト。
あの炎に包まれて生き残った者はいない」
魔王がにたりと笑い、僕に近づいてきた。
僕は魔王に向かい剣を構えた。
僕だってレベルを上げたんだ。
兄様ほど剣術は得意じゃないけど、黙ってやられたりはしない。
「そんな怖い顔をするな。
すぐに殺しはしない。
そなたは見目が麗しい。
お前が老いるまで我の傍に置いて可愛がってやる」
「お断りします!」
「気丈だな。
そういうところも我は気に入っている。
当初はヴォルフリックの眼前でそなたを弄び、奴に己の無力さを嫌と言うほど味わわせる予定だった。
だが奴は死んだ。
奴の黒焦げの死体を眺めながら、そなたと遊ぶのも一興だな」
魔王は僕を見てにたにたと笑った。
気持ちが悪い。
僕はこれまでの人生で、この瞬間ほど誰かに悪意を感じたことはない。
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