17話「バスタードソード。第二王妃レーアの思い」ヴォルフリック視点
※「バスタードソード」とは、中世ヨーロッパで使われていた片手でも両手でも使える剣のことです。
某ファンタジーゲームに出てくる「バスターソード」と混同して誤字報告してくる人がいるのですが、それとは別のものです。
なのでこの件に関しては誤字報告は不要です。
――ヴォルフリック視点――
十三年ぶりに牢から出てみれば、エアネストとアデリーノ以外ろくな奴がいない。
息子を髪と目の色でしか判断しない王。
自分の名誉にしか興味のない王妃。
エアネストが髪と目の色が変わった途端に、手のひらを返したワルフリートとティオ。
エアネストがシュタイン侯爵領行きを命じられなければ、私がエアネストを城から連れ出していたところだ。
人の皮を被った悪魔の住処に、エアネストをおいておけない。
国王は私に「三年の自由を与える」と言ったが、私はこの城に戻るつもりはない。
私は一生エアネストの傍にいる。
エアネストがいるところが、私の居場所だ。
エアネストも私を好きだと、傍にいてもいいと言ってくれた。
私は永久にエアネストの傍を離れない。
彼は自らの危険を顧みず私を救ってくれた。
彼は私の命そのものだ。
私はエアネストを命に代えても守る。
エアネストが傍にいることを許可してくれたとき、そう胸に誓った。
◇◇◇◇◇
エアネストの部屋で愛を語っていると、ドアが四回ノックされた。
王妃やワルフリートやティオなら、追い返そうと思ったが、尋ねてきたのは執事のアデリーノだった。
そう言えば彼も謁見の間にいたのだ。
彼の存在を忘れて帰ってきてしまった。
扉を開け、アデリーノを室内に入れる。
「アデリーノ、すまなかった。
謁見の間にそなたを置き去りにしてしまった」
「安心くださいませ。
問題はございません。
むしろ執事の身でありながら、あの場に同席出来たことを光栄に存じます」
よく出来た執事だと思う。
「私達が退席したあと、連中は何か言っていたか?」
「特筆すべきことは何もございません。
王妃殿下がプラチナブロンドの子を産んでみせるとか、
ワルフリート殿下が必ず魔王を倒して来るとか、
そのような話しをしておりました」
「そうか。
急で悪いのだがそなたに頼みがある。
明後日、城を出ることにした。
シュタイン侯爵領への先触れを頼む。
それからエアネストの荷造りを手伝ってやってほしい。
ついでに私の服一式も揃えてほしい」
「承知いたしました」
旅立ちまであまり時間がないが、アデリーノならなんとかしてくれるだろう。
彼は仕事ができる男だから。
「それと馬車と御者の手配を頼む」
「乗り心地の良い馬車と、腕の良い御者を手配いたしましょう」
「頼んだぞ。
それでそちらの要件は?」
「ヴォルフリック殿下にお渡ししたいものがございます」
「渡したいものとは?」
「こちらにはございません。
別室にご用意しております。
少々お付き合いいただけますでしょうか?」
「別にかまわん」
だが、エアネストを一人にするのが心配だ。
エアネストは疲れているから、あちこち連れ回したくもない。
「エアネスト、私が戻るまで鍵をかけて部屋に籠もっていろ。
絶対に誰が来ても開けてはいけないかなら。
そうだ合言葉を決めておこう……」
「もう、兄様ったら僕を子供扱いして……!
部屋で留守番くらい僕でも出来ます」
そう言って、エアネストがむくれる。
エアネストも十八歳だ。
彼の言う通り、一人で留守番くらいできるだろう。
「私以外が訪ねてきても絶対に扉を開けるな。
ノックの音が聞こえたら、扉を開ける前に相手の名前と声を確認するんだぞ」
「兄様は心配し過ぎです。
僕にだってそのぐらいできます」
これだけ言い聞かせたのだから大丈夫だろう。
私はエアネストを残し、部屋を出た。
「アデリーノ、あまり長い時間エアネストを一人にしたくない。手短に頼む」
「承知いたしました」
アデリーノの後についていくと、彼は地下の倉庫に入っていった。
室内は薄暗く、かすかにホコリの匂いがした。
アデリーノが壁のろうそくに火を灯す。
ろうそくに照らされ室内の様子がわかるようになった。
室内には整然と物が並べられていた。
壁に作られた木製の刀掛けには、刀身が剥き出しになった刀剣が何本か飾られていた。
見た感じ、どの剣もよく手入れされている。
彼はその中から一本の剣を取り出した。
その剣は子供の背丈ほどあった。
バスタードソードと呼ばれるものだ。
「こちらをヴォルフリック殿下にお渡ししたく、ここまでご足労いただきました」
アデリーノは私に剣を渡した。
派手な装飾はないが、切っ先が鋭くよく斬れそうな剣だった。
バスタードソードの重さはだいたい三キロ程だと言われている。
この剣もそのくらいの重さだろう。
だが私にはさほど重く感じない。
剣の柄を握れば私の手にしっかりとなじんだ。
「この剣は?」
「亡き第二王妃レーア様の遺品です」
「母上の……?」
「はい。
ヴォルフリック殿下が成長したら渡してほしいと、レーア様に頼まれておりました」
母は私を生んですぐに亡くなった。
その母上が私のためにこれを残したというのか?
「時々油を塗り刀身の手入れをしておりました。専用の鞘も用意してございます」
バスタードソードは片手でも両手でも扱えることから、別名「ハンド・アンド・ア・ハーフ(片手半)」と呼ばれている。
私は剣を片手で持ち軽く振ってみた。
この程度の重さなら片手で扱えると確信した。
「よくお似合いです。
まるで、成長したヴォルフリック殿下のお姿を予想して作られたかのようです」
剣を振るう私を見て、アデリーノは涙ぐんでいた。
「一つ聞いてもいいか?」
「わたくしに答えられることでしたら、何でもお答え致します」
「母上はなぜ魔王と通じた?」
母が国王を裏切り、なぜ魔王と通じたのかずっと気になっていた。
「あれは……レーア様が陛下に嫁いでしばらく経った頃でした。
魔王はレーア様の寝室に忍び込み彼女を拐ったのです」
アデリーノが悲痛そうな面持ちで話した。
彼の体は小刻みに震えていた。
そうだったのか……。
母上は魔王に拐かされ無理やり……。
「それは一夜だけのことで、レーア様は翌日城に帰されました。
レーア様はそのことを誰にも打ち明けることはありませんでした。
なので城の誰も、レーア様が魔王に拐われたなど夢にも思わず……」
魔王は一夜だけ母を拐い、母を辱め、すぐに城に帰した?
「わたくしが事実を知ったのは、レーア様の臨月が近くなったときでした。
レーア様の口から『生まれて来る子は黒い髪に黒い目かもしれない』と聞かされた時は、わたくしは心臓が止まる思いがしました」
「魔王はなぜ誰にも気づかれぬように母を拐い、すぐに城に帰したのだ?」
「さぁ、わたくしにもそこまでは」
これは私の推測だがおそらく魔王は、光属性の魔力を持つ王族の中で私を育て、私に光属性の魔力への耐性をつけたかったのだろう。
私が九歳のとき、私の髪を黒くしたのも、私の出自を国王に教えたのも、奴なりの目的があったはず。
魔王の目的は、人々に蔑まれ、邪険に扱われた私が、人間を憎むことだったのかもしれない。
奴の目的が何だったにせよ、母を傷つけ利用したことに変わりない。
魔王に対する憎しみが、ふつふつと湧いてきた。
「レーア様の出産が近づいたある日、あの方は人払いをしたのち、わたくしにこうおっしゃったのです。
『もし生まれてきた子の髪と目が黒かったら、赤子を死産として届け、この剣とともに……』」
「殺してくれと、母はそう言ったのか?」
魔族の血を引いてるのが一目でわかる黒髪の子など、実の母でも生かしておきたいとは思わないだろう。
「いいえ。
レーア様は『この剣と共に赤子を逃がしてほしい』と……、そうおっしゃいました」
母は私が黒髪に生まれても助けようとしていた?
「レーア様は赤子が銀髪に紫の目と知り、『よかった』と言って微笑まれて、息を引き取りました」
母は安堵して亡くなったのだな。
「レーア様から生まれてくる赤子が、黒い髪で黒い目かもしれないと聞かされた時、わたくしはレーア様の身に何が起きたのか察しました。
思えばある日を境にレーア様の顔色は悪くなり、食欲がなくなり、笑わなくなりました。
わたくしはそれらの変化を王室に嫁いできた不安や、妊娠のストレスだとばかり思っておりました」
魔王に拐われ陵辱されたのだ、食欲もなくなるだろう。
よく自害したり、子を流したりしなかったものだ。
「母上はそうまでしてなぜ私を生んだ?」
「いかなる理由があろうとも、魔王と通じ子をなすことは重罪。
それでもレーア様はお腹の子に生きてほしかったのです。
生まれて来る子に罪はない。
レーア様はそうおっしゃっておりました」
母は陛下を裏切った罪悪感に苛まれながらも、それでも私を殺せなかった。
魔王の子である私を、望む者などいないと思っていた。
だが母は魔王の子である私を、愛してくれていたのだな。
「レーア様が亡くなられたあと、わたくしはヴォルフリック殿下に仕え、殿下を見守って参りました。
殿下のご成長を、まるで我が子のように喜んでおりました。
ですが十三年前……。
魔王が現れた日、わたくしは何も出来ませんでした。
その結果、貴方様の髪と目は魔王に黒く染められてしまい……!」
「相手は魔王だ。
執事であるそなたに何ができる?
私はあの場にそなたがいて良かったと思っている。
激昂する国王を宥め、私の命を救ってくれたのはそなたではないか?」
「ですが……その結果、殿下は十三年間も地下牢で過ごすことに……!」
「そなたは牢屋に入れられた私に、菓子や服を差し入れてくれた」
「私にできることは、それぐらいしかございませんでしたので……」
「それでも、牢屋にいた私には十分な励みになった」
アデリーノは私の言葉に涙ぐんでいた。
「お前はなぜそこまでして母上の命に従った?
国王の命に背き私の命乞いをするなど、下手したら処刑されていても仕方なかったぞ」
アデリーノが母や私にそこまで尽くすのか、疑問だった。
「あれは、まだわたくしが駆け出しの執事だった頃。
あやまって陛下に熱いお茶をかけてしまい、軽いやけどをおわせてしまったことがございます。
陛下はたいそうお怒りになり、わたくしを殺そうとなさいました。
その時身を呈してかばってくださったのがレーア様だったのです」
アデリーノがポケットから白いハンカチを取りだし、目頭を抑えた。
「わたくしが今もこうして城に仕えていられるのは、レーア様のおかげです。
レーア様から受けた御恩は生涯忘れません」
なるほど、そういうことか。
「お前の他に私が黒髪黒目になり牢屋に入れられた事を、知っていた者はいるか?」
「その事実を知っているのは、ヴォルフリック殿下の他には陛下とわたくしだけのはず」
「そうか」
アデリーノがエアネストに告げたのではないとすると、エアネストは私が黒髪黒目になったことをどこで知ったのだろう?
昨日牢屋にやってきたエアネストは、黒髪黒目の私を見ても動じなかった。
彼は髪と目が黒くなった理由も、私が牢屋にいる理由も、全てを知っているように思えた。
エアネスト、そなたはいったい……。
いや、そんなことはささいな事だ。
エアネストは自分の身を犠牲にして私を助けてくれた。
私にはその事実だけで十分だ。
「バスタードソードはもらっておく」
私はアデリーノから手渡された鞘に、剣を収めた。
「どうぞお納めください。
その剣を振るうヴォルフリック殿下を見たら、天国におられるレーア様は、たいそうお喜びになると思います」
「それから」
「はい?」
「そなたが差し入れたチョコレートはうまかった。
礼を言う」
牢屋での退屈な生活で、菓子を食べるのは唯一の楽しみだった。
「ヴォルフリック殿下に喜んでいただけたのなら、光栄です」
アデリーノが嬉しそうに微笑んだ。
部屋に置いてきたエアネストが心配だ。
急いで帰らねば。
私は地下の倉庫をあとにした。
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