3.お嬢様はお嬢様に話し掛ける(1)
精霊魔術師の館の、広い居間の片隅に、彼らは集まっていた。
「エイレンっ!」
悲鳴のようなアリーファの声を聞きつつ、リクウはハンスさんを見る。
「神様なんだから何とかして下さいよ」
半年以上使われることのなかった簡素な寝台の上には、女の身体は横たわっている。心臓はかすかに動いているが、骸のようにしか見えない身体。
気付かせようと、その腹をポコポコ殴るアリーファをヨシヨシ、となだめつつハンスさんもまた、ちら、と横目でリクウを見遣った。
「何とかできるんならアンタに任せてない」
「ですよねぇ」
2度3度と試しても、エイレンだった魂は、小さな人形から元の身体に還らないのだ。
リクウの普段は飄々とした表情は、珍しくはっきりと曇っている。
「原因がわかれば……」
「まぁ大体わかる」
「なに!?」と詰め寄るアリーファの髪を適当にいじりつつ、ハンスさんは言った。
「つまりは、自身を捨てようと決めているんだ」
本当に完璧主義で突っ走る子なんだからもー、などとぼやくハンスさんだが、アリーファにはその意味がよくわからない。
「どゆこと?」
聞き返せば、彼はアリーファの髪から離した手で、頭をボリボリと掻いた。
「あー……」言いにくそうである。
「ウンなんだ、ここから先は大事な国家の機密事項だからして、治療にあたる先生の耳にしか入れられないなぁ……」
わざとらしく目をそらして嘯く彼をアリーファは疑わしげに見たが、結局、部屋から追い出されてしまった。
でも、気になる。
だって自分がしでかしたことで、大事な友人の生死に関わる事態となっているのだ。なのに外されるなんて、納得がいかない。
(私だって何とかしてあげたいと思ってるのに!)
自室に戻るフリをして外に出て、窓からそっと聞き耳を立てる。
「つまりは……」「それが力を受け渡すのには最適な方法で……」
「……ほかのやり方とか……」「イヤそれがなかなか……」
男2人がボソボソと話す内容を何とか聞き取ったアリーファは、唖然とした。
それから、頬を真っ赤に染めて口に手を当てる。
押さえられた口許から「イヤぁぁぁぁっ!」という悲鳴が漏れた―――
「イヤっ来ないで!」
アリーファは近寄ろうとするハンスさんに手当たり次第、木の皿を投げ付ける。
暴れて逃げ出そうとするのを、なんとか押さえて「もう遅くて外出は危ないから」と館内に連れ戻したものの。
聖王国の秘密を知ってしまったアリーファの機嫌は、容易には治まりそうもなかった。
「不潔っヘンタイっ浮気者!」
「まだしてない!」
「女王様の時は平気でしまくってたくせにっ!」
「平気じゃなかったぞ!」
「嘘つきっ!」
「違う!平気じゃなくて病気だっ」
「ますます悪いわーっ!」
わあっと泣き伏すアリーファである。
こんな大事なことを、自分だけが知らされていなかった。というか、明らかに誤魔化そうとされていた。
ハンスさんも、師匠も、エイレンも。
(みんな……みんな、大嫌いっ!)
アリーファはきっちりと正座する。
「師匠!」
「はい、なんでしょう」
「私、実家に帰らせていただきますッ」
「……とりあえず、明日にした方が」
穏やかにリクウが宥めると、アリーファは「もちろんですッ」と返し、渡り廊下をズカズカと離れの自室に帰っていく。
ハンスさんの方は、ちら、とも見ようとしない。
「いいんですか。あれ」
「うーん」頭をがじがじっと掻くハンスさん。
「どうすりゃいいんだ?」
「僕に聞かないで下さいよ」リクウは肩をすくめ、話を魂のない身体に戻した。
「つまり、このままでも死なないし側室入りしても何も問題はないと」
「そうだ……むしろ神力を受け渡す『器』としては最適の状態とも言えるな」
「ほう」リクウの灰青色の瞳が冷たく光る。
「ではもうそれで良いじゃないですか」
神様は信じられない、というように精霊魔術師を見た。
「エイレンが、どこにもいなくなるんだぞ!」
「ええわかりますよ」涼しく応えるリクウである。
魂の離れた身体はその人ではなく、身体から離れた魂もその人ではない。
「命あるものはいずれ、必ずそうなるでしょう?」
骸は自然に還り次の命の糧となる。
魂は精霊となってあらゆるものに宿り、そのものをそのものたらしめる。命あるものに宿れば、その命に最初の拍動を与える。
この世界には、なに1つ無駄がない。
「だからこそ、どこにもいなくなるなんていうことはないんですよ」
「ただ、在り方が変わるだけ……か」
ハンスさんは苦々しい顔をした。はるかな昔に愛した妻もそう言って彼の元から去り、2度と還ってはこなかった。
「アンタはそれで良いのか?」
「エイレンが選んだんでしょう。僕には引き止める資格はありませんよ」
「あーなんだっけ?アンタ確か、死んだ女に義理立てしていつまでもウジウジと」言い掛けて、胸を押さえるハンスさん。
「なんか今、人に向けた刀が自分に刺さった……!」
「ね、わかるでしょう」リクウが微笑む。
「在り方は変わっても、僕たちが覚えてさえいれば『どこにもいなくなる』なんていうことは、ないんですよ」
翌日。
「し、信じられない……」
精霊魔術師の館には、師匠の出した結論によろめく弟子の姿があった。
「見損なった!」
「いえもう1度説明しますが、これはエイレンの意思を尊重した結果であり」
「もう師匠って呼ばないからね!」
「……と言われても現状どうしようもないですし。本人が戻る気にならないことには」
アリーファはうなだれ、唇をきゅっと噛む。師匠の言うことはもっともだが―――何か違う。
「周りの皆の気持ちは?私やハンスさんや、師匠の気持ちは?」
ほかに、帝国で仲良くなった人たちだって、こんな結末は了承しないに違いない。
「ええ、まぁ……」リクウは言葉を濁した。
「しかし最優先は本人の意思であり」
「私はイヤですから!」
師匠の台詞に被せるように、アリーファはビシッと宣言する。
「たとえ国のためであっても!仕事と割り切っていても!相手に全く意識がなくても!」
そんなことは、どうしたって納得できないのだ。
「浮気ダメぇっ!絶対っっ!」
心底からのシャウトを終え、アリーファは深々と頭を下げた。
「というわけで、私、実家に帰らせていただきます」




