2.お嬢様は神殿に着く(2)
ゴートの街を出てしばらくは、海岸沿いに枯れたような色合いの草原が広がり、濃い緑の葉を持つ樹が点々と植えられている。
「ここは神殿領の一部で、管理はゴート神殿。聖王国では珍しいオリーブの畑ですわ。収穫期には神殿関係者が総出で実を摘み、徹夜で搾油します。手間のかかる作業ですが、神殿の重要な収入源ですわ」
先頭で馬をゆっくりと進めつつエイレンはガイドよろしく解説した。帝国からの使者として派遣されているのはエイレンであるが、神殿と取引するのが初めてである帝国側としては、視察目的の関係者を荷物持ちだの何だのと称して一団に加えているのである。一団といってもエイレン・ルーカス含め総勢で6名ほどの少人数であり、大方の荷物は後で届けてもらうようゴート神殿に託してあるのだが。
「まずは聖王国に入り込むのは少人数でなければなりません。視察団などもってのほか」
と珍しくマジメに諭したエイレンの忠告が容れられた結果が、これである。聖王国人は基本、他国人を警戒する。大人数の使節団など、それだけで「ハイお帰りはあちら」となりかねないのだ。そういう意味では、使者をエイレンにしたのは良い判断であった。
「ゴートのオリーブ油は大変に良質で料理に向いており、王宮や政治系貴族の間で使われます」
と後を引き取って説明したのは王都から迎えにきた神官である。
「神殿系貴族は?」
使者団の1人が当然といえば当然の疑問を呈し、エイレンは苛立ちがバレないように前を向く。
「神殿ではオリーブ油は供物や饗応に用いられますの」
ゴートのオリーブ油は腹へ入れるよりも売った方がはるかに儲かるのである。
神殿の収入は少ないワケではないが支出は更に多く、基本的に贅沢は敵だ。肥え太ることがステータスのような政治系貴族と一緒にしないでほしい、と立場を離れてもやはり思ってしまう。
「しかし神殿領とは想像以上に広大なのですね」
感嘆の声に、エイレンは前を向いたま皮肉っぽく口を歪めた。
「政治的にさほど重要でなく、耕作に適さない土地はほぼ全て賜っておりますから」
荒れて乾燥した土壌でも育つ作物を神殿で研究し、試行錯誤して栽培を繰り返した結果が現在の広大な薬草園や葡萄畑、ゴート限定のオリーブ畑なのである。
ちなみに国境の火山付近の高原もまた神殿領だ。この地はいかなる作物も育たぬといわれる火山灰の土壌であるため、演習場として使う以外はほぼ放置されている。
しかし火山は、この土地の地下深くに貴重な鉱床を錬成してもいたのだ……今回帝国との取引で主なポイントとなるミスリルである。ただし調査でそれが分かった後もずっと、無用の長物としか考えられてこなかったのだが。
「ここからはこちらの神官がご案内しますわ」
オリーブ畑が終わり、馬たちと共にに休憩をとっている間にエイレンはそう宣言した。
「お任せ下さいエイ、でなくて使者様。そして改めまして、どうぞ宜しく皆様」
神官がぺこりと頭を下げるが、ルーカスを除く使者団の面々にとっても、ダィガにとっても寝耳に水であった。
「使者様はどうなさるので?」
ダィガが尋ねると、エイレンは真摯な表情を作ってみせる。
「神官長に迎えの者と合流できた旨、いちはやく伝えねば心配されてしまうもの。だから、わたくしとルークさんで行くわ」
その声音もまた。え?普通は伝令をとばすんじゃ?ていうか合流できたんだから伝える必要なくない?……などとつっこんではいけないのだろうな、と周囲に思わせる真摯さであった。
「それに……皆様と同行した方が良いことは分かっているのだけれど、どうにも里心がついてしまって……少し先を急ぎたいの」
今度は打って変わって湿度高めな口ぶりで瞳をうるうるさせている。
ウソこけ、と見る者が見れば思うのだろうが、ダィガは違った。
「分かりました!そういうことであれば!私が言うのも筋違いではありますが、使者団の皆様も納得はされるはずです!ですよね?!」
えぇぇ、これ納得しといた方がいいの?うんまぁね、政変に巻き込まれて亡命してたお姫様だから祖国は懐かしいかもね?てかそんなお姫様を先に行かすとかなくない?いや本人が行くって言ってるんだから良いんじゃね?
……という微妙な空気が使者団の面々の間には流れていたが、エイレンは話は終わったとばかりに優雅に立ち上がった。ルーカスがぶすっとした表情のまま後に続く。
「では、また王都でお目にかかりましょう。道中お気を付けて下さいましな」
「はいっ使者様も!後のことは私共にお任せ下さい!」
単に便乗しているだけの商人がキビキビと返事をし、使者団の面々は仕方なさそうに頷いたのだった。
※※※※※
「ダィガさんなかなかグッジョブだったわね。何も言っていなかったのに」
使節団ご一行の姿が見えなくなるところまで馬を常歩で進め、いったん止めるとエイレンは後ろを振り返りつつニヤリと笑った。
「まったくあなたは。早く王都に行きたいだけなら……」
普段通りに毒を吐きかけて中途半端に止めるルーカス。脳内に蘇るのはひたすら恥ずかしい暴走劇である。あんなことした相手に毒吐くとかどうなんだろう。
しかし当の本人は平然としている。
「気持ち悪いわね。ほら最後まできちんとおっしゃい」
「……早く王都に行きたいだけなら、私は必要ないでしょうが。とっとと1人で行くがいい」
「もうひと声」
「あほか」
「……キレがイマイチね。元気出しなさいよ。人間誰しも過ちはあるものよ」
励まされた挙げ句に、馬から背伸びしてヨシヨシと頭を撫でられた。雨でも降るんだろうか……あっさりと『過ち』にカウントされるのもまた少々不本意ではあるのだが。
「いやだがしかし……」
「大丈夫よ」
気軽に請け合い、不本意さに追い討ちをかけるエイレン。
「キスなんてただの挨拶でしょう?」
同意すべきか否定すべきか……どっちにしてもドツボにハマる予感しかしない、とルーカスは軽く歯ぎしりをした。そんな彼を見てエイレンが「あら少しは元気出たわね」と嬉しそうに笑う。
「では、そろそろ始めても良いかしら?」
「……はい」
ぶすっとして頷くと、彼女の手がすっと上がり、前方を示した。
「では、向こうの町の乗換所まで、どっちが先に駆け着くか……第1レース、スタート!」
手が下ろされ、2頭の馬はやや歩を速めて進み出したのだった。




