精霊と古代人に関する話
その日の昼はユウにとって平穏だった。トリスタンはアテリウスと外に出かけ、コミニアヌスは自室で実地調査のまとめを書いているかユウの自伝を読んでいる。自伝の続きを書くには非常に好都合な穏やかさだ。
夕方、とりあえず一区切りついてペンを離したユウは立ち上がって大きく背伸びをした。凝り固まった体がほぐれる音がする。一仕事終えた充実感でいっぱいだ。
大きく息を吐き出したユウが立ったままぼんやりとしていると、トリスタンが部屋に入ってくる。
「あれ、どうしたんだ? ぼさっと突っ立って」
「書くのが一区切りしたから背伸びをしたんだよ。今帰ってきたんだ。少し早いね」
「きりのいいところで止めたんだ。アテリウスも勝ったしな」
「そうなんだ。ところで、アテリウスって博打が好きな感じなの?」
「それほどでもなさそうだな。誘われたからやっている感じに見えた」
「楽しそうじゃないということ?」
「勝っているときは楽しそうだったぞ。つまり、今は上機嫌というわけだ」
にやりと笑ったトリスタンが壁の向こうへと目を向けた。コミニアヌスとアテリウスの2人が泊まっている部屋だ。ユウなどは何かごちそうしてくれるのかなと少し期待する。
博打の結果から始まった雑談は六の刻の鐘が鳴るまで続いた。暇潰しとしては悪くない会話を切り上げると2人揃って廊下に出る。夕飯を4人で食べるためだ。その間にも室内の続きを再開してしゃべる。
やがてコミニアヌスとアテリウスの2人が部屋から出てきた。しかし、少し様子が思っていたものとは違う。コミニアヌスがアテリウスに引きずられるようにして部屋から出てきたのだ。
怪訝そうな表情を浮かべたトリスタンがアテリウスに声をかける。
「どうしたんだ、一体?」
「このバカ、ユウの自伝というやつを読み始めて止められなくなっていたみたいなんだ」
「なんだそれは?」
吐き捨てるように言ったアテリウスに対してトリスタンが首を傾げた。一方のコミニアヌスはユウを目にすると急に自分で動いて自伝を書いた当人に近づく。
「ユウ、あれはすごいぞ! 君は何てものを書いていたんだ! おかげで他に手が付かなかったじゃないか! モーテリア大陸の各地をあそこまで色々と巡ったことを記した書物は見たことがない! あれは大作だ! 聞きたいことが山のようにあるか、いで!?」
「うるさいぞ、お前。静かにしろ」
アテリウスの拳骨を受けたコミニアヌスが頭を抱えて呻いた。それをユウとトリスタンは呆然と眺める。
「ユウ、あれを読んでここまで興奮した奴って初めてじゃないか?」
「確かにそうだけれど、なんだか怖いなぁ」
「2人とも、とにかく酒場に行こう。こいつは俺が引きずって行く」
「大丈夫なの? そんなことをして」
「大丈夫だ。怪我をしても本人が悪いし、唾でも付けておけばすぐに治る」
いつものことと言わんばかりの冷静な態度のアテリウスにユウとトリスタンはうなずいた。扱い方を心得ているというのならば口出しはできない。
困惑しつつもユウは他の3人の先頭に立って歩き始めた。宿を出て路地を歩き、貧者の道に移って安酒場街へと入る。夕暮れ時なので労働者や冒険者が多数往来していた。
安酒場『泥酔亭』にたどり着いた4人は何とか空いていたテーブル席に座る。自分たちの注文を済ませるとそれぞれがテーブル越しに向き直った。今日はいつもとは違い、テーブル上にいささか緊張感が満ちている。
しばらく無言でいると料理と酒が運ばれてきた。それらがすべて揃うとアテリウスが口を開く。
「さて、コミニアヌス、お前は部屋にいたときから何かに興奮していたようだが、ユウの自伝には何が書いてあったんだ?」
「それがだね、アテリウス、あれはユウの半生が綴られたものなんだけれど、その中にいくつか驚くべき発見があったんだよ。いつもは僕1人で騒いで君は澄ました顔ばかりしていたけれど、今回はそうもいかないよ」
「もったいぶっていないで早く言え。端的にだ」
「ユウはその身に精霊を宿していて、更に古代遺跡で古代人を蘇らせているんだ」
「なん、だと」
本当に端的だった説明を聞いたアテリウスが目を見開いた。それきり黙り、ユウへと目を向ける。そして、すぐにコミニアヌスへと戻した。
その態度を不思議に思ったトリスタンがコミニアヌスに話しかける。
「俺もその話は聞いているしあの記録も読んだことはあるが、そんなに驚くことなのか? 確かにかなり珍しいことだとは理解しているつもりだが」
「失礼だけれど、ユウやトリスタンの反応が薄いのは、精霊や古代人に対する知識がほとんどないからだよ。聞く人が聞いたらユウは誘拐されてそのまま二度と表には出てこられないだろうね」
「そんなにか」
「小なりとはいえ、最近では精霊をその身に宿す人物は相当珍しいんだ。古代には異界から転生転移してきた者たちを中心にいくらかいたらしいけれど、現代では半ば伝説の存在なんだよ。転生者や転移者は今も存在するものの、精霊を宿している者は知られている中ではいない。あの自伝に書いてあった夜明けの森に精霊が現われる遺跡があることは僕たちも知っていたけれど、結局たどり着けなかったんだよね。ユウの自伝にもその場所ははっきりと書いてないけれど、ユウはそこがどこにあるのか知っているかい?」
「いや、わからないんだ。行きも帰りも道に迷ったままの状態だったから」
「そうかぁ。うーん、はっきりとわかっていたら世紀の大発見になったんだけれどなぁ」
「あそこって、そんなにすごいところなの?」
「すごいところなんだよ、ユウ」
大きなため息をついたコミニアヌスがテーブルの端に両手を付いてうなだれた。それをアテリウスが複雑な表情を浮かべながら見ている。たまにユウとトリスタンにちらりと目を向けていた。
その視線を感じながら若干言いにくそうにトリスタンが更に質問を重ねる。
「それで、古代人の方はどうなんだ?」
「古代人の方は精霊とは別の意味で奇跡的だよ。何が奇跡的かって、古代人が現代に復活していること自体が本当になんというか、もう奇跡的だとしか言えないんだ。僕たちにとっても古代文明は伝説的な存在で古代人はおとぎ話に出てくる人々なんだ。そんな人たちを現代に蘇らせたらどうなると思う?」
「どうなるかはわからないが、コミニアヌスが興奮してきているのはわかった。それくらいすごいことなんだな」
「そうなんだ! で、別の記録によると、古代人を復活させた事例はあるらしいんだけれども、いずれも古代人は最後には姿を消しているみたいなんだ。ユウの場合もこれとまったく同じようなんだけれど、あの自伝を読むとどうもどこか行く当てがあるのかもしれないね」
「行き先はわからないわけか」
「そうだね。ただ、おとぎ話に古代人の住む天空都市の話があるから、もしかしたらそこに行ったのかもしれない」
「おとぎ話ねぇ。つまり、本当にあるかどうかわからないわけか」
「誰も見たことがないのは確かだよ」
なぜコミニアヌスとアテリウスの2人が驚いていたのかユウとトリスタンはようやく理解した。かなり奇跡的なことをユウは経験していたのだ。
ここでエールを半分ほど飲んだコミニアヌスが大きく息を吐き出す。
「精霊と古代人かぁ。いいなぁ、僕も会いたいよ。あの自伝によると大陸南部の帰らずの森に遺跡があるんだよね。本当なら行きたいけれど、行っても古代人にはもう会えないんだよねぇ、ああ」
「コミニアヌスはあれってどこまで読んだの?」
「一応一通り読んだよ。トリスタンと旅を始めて街道を進んでいるところまでだね」
「あそこね。もう少し進んだら海に出るよ。まだ書いていないけれど」
「お昼にその話は聞いていなかったよ?」
「海賊と海の魔物と戦っていたけれど、そこまで珍しいことはなかったから」
「それで、ユウは何が言いたいんだい?」
「忘れるところだった。自伝にはまだ書いていないんだけれども、実は大陸の北側にある広大な遺跡でもう1人の古代人と出会ったことがあるんだ。こっち側はトリスタンとも一緒だったよ」
「嘘だろ」
話を聞いていたコミニアヌスとアテリウスの顔から表情が抜け落ちたのをユウは目にした。この2人が精霊と古代人で驚いたことについて理解はしていたが、実は心情的にまったく理解していなかったので簡単に衝撃的な事実を再び発言してしまう。
その後は荒れた。コミニアヌスはユウとトリスタンにそのときのことを詳しく追及する。アテリウスもこのときは止めなかった。
ようやくその尋問が落ち着いた頃、コミニアヌスがぽつりと漏らす。
「ユウは、何かに導かれているのではないか?」
ひっそりと告げられたユウは若干嫌そうな顔をしながらも反論しなかった。




