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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第33章 森で出会った学者

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自伝の存在

 魔物を引き寄せる体質の話を聞いたコミニアヌスの提案によって夜明けの森でその体質を披露したユウだったが、3日間色々と試した結果何もわからないということが改めてわかった。何も進展がなかったことに肩を落とす。


 それでもこれも調査の一環ということで報酬を得てトリスタン共々ユウは1日休暇を得た。心情的にはともかく、充分に稼げたわけだ。


 4人が揃ってからの休暇はこれで2回目になるが、早速各個人が何をするかはっきりとしてきた。ユウとコミニアヌスは宿の部屋に引きこもり、前者は自伝を書き、後者は実地調査のまとめを記している。一方、トリスタンはアテリウスと共に町の中の賭場へと向かった。


 こうなると自然と昼食はユウとコミニアヌスの2人で食べることになる。四の刻の鐘が鳴るとユウは席から立ち上がって背伸びをした。


 体が落ち着いてから部屋を出るとユウはベッキーに出くわす。


「あら、今からお昼なの?」


「そうだよ。今日は朝からずっと部屋にいたからね。息抜きも兼ねて」


「ユウは羊皮紙に自分のことを延々と書いてるのよね。何が面白いのよ?」


「いや別に面白いっていうわけじゃないんだけれど」


「おや、ユウもこれから食事かい。一緒に行こうじゃないか」


 ベッキーと話をしているユウに部屋から出てきたコミニアヌスが声をかけた。目配せしたベッキーがその場を静かに離れるとユウは雇い主へと向き直る。


「良いよ。行き先は『昼間の呑兵衛亭』で良いかな?」


「構わないよ。手づかみじゃない店があるならそっちにしてほしいけれど」


「さすがにそういうお店は見たことないなぁ」


 苦笑いしながらユウは廊下を歩き始めた。そのまま受付カウンターでジェナに鍵を返す。


「ジェナ、お昼ご飯を食べてくるよ。昼過ぎには戻ってくるから」


「あたしゃ昼寝をしてるだろうから、アマンダに伝えとくよ」


 珍しく事務連絡しか言わないジェナに内心驚きつつもユウはその場を離れた。コミニアヌスと一緒に宿を出て路地を歩く。


「アテリウスって賭け事が好きなのかな? 今日もトリスタンと一緒に行ったけれど」


「そんな話は聞いたことがないな。暇潰しに同行したんじゃないのかな?」


「その反応だと、調査の一環でアテリウスを行かせたわけじゃないんだ」


「賭場は調査対象だけれども、アテリウスには今のところ頼んでいないね。でも、せっかく行ったんだったら後で話を聞いてみるよ」


 路地を出た2人は貧者の道を東側に向かった。相変わらず臭いで顔をしかめるコミニアヌスだったが今日は何も言わない。


「ところで、実地調査のまとめってもう書けたの?」


「さすがに半日で全部とはいかないよ。昼からもまとめる予定なんだ。ユウは何をしていたんだい?」


「僕は自分のことを書いていたんだ。いろんなことを忘れないようにね」


「自伝みたいなものかな。君みたいな冒険者が珍しいね。というより、文字を書けたんだ」


「よく言われるよ。どうして冒険者がってね」


「だろうね。でも、どこで文字を習ったんだい?」


「お婆ちゃんに教えてもらったんだ。そういえば、何でも知っていたなぁ」


 久しぶりに祖母のことを思い出したユウは懐かしんだ。今生きるために必要なことや役立つことをたくさん教えてもらった。


 安酒場街に入った2人は路地を進む。食事時なので人通りが多い。主に労働者や貧民だ。それらの人々に交じって歩いて酒場『昼間の飲兵衛亭』へと入る。店内は盛況で席の大半は埋まっていた。


 連なって空席になっているカウンター席に座るとユウは給仕女を呼んで注文をする。隣のコミニアヌスも同じように頼んだ。


 ようやく落ち着くとコミニアヌスがユウに顔を向ける。


「さっき自伝を書いているって言っていたよね。それ、僕も読んでみたいんだけれど構わないかな?」


「別に良いよ。でも、母国語は僕たちと違うんだよね? こっちの文字は読めるの?」


「さすがに完璧とはまではいかないけれど、ある程度は」


「すごいね、それだけ勉強したんだ」


「こっちで実地調査をしようというのにまったく文字を読めないというのはさすがに話にならないからね」


「確かにそうだね。それだったら宿に戻った後に渡そうか?」


「頼むよ」


 2人が話をしていると給仕女が料理と酒を運んできた。自分の前に並べられた木製のジョッキと皿を前にどちらも話を一時中断する。


 注文の品を半分以上平らげた後、2人は会話を再開した。最初はとりとめのない話からそのうちユウの話になってゆく。


「そういえば、ユウとトリスタンはどうやって出会ったんだい? 2人を見ていると、何かちょっと雰囲気が違うような気がするから興味が湧くんだよね」


「トリスタンとの出会いかぁ。もう結構前になるなぁ。実はこの大陸の東側にある都市で出会ったんだよね」


「え、大陸の東側? ちょっと待って、ここからだととんでもなく遠くない?」


「遠いよ。歩いたら何ヵ月もかかるところだからね」


 そう前置きをしたユウはトリスタンとの出会いを語り始めた。下水場の話再びである。最初は眉をひそめていたコミニアヌスだったが、次第に話に引き込まれた様子で最後は目を輝かせていた。


 ユウが話し終えると興奮した面持ちでコミニアヌスが口を開く。


「また面白いところに行ったんだね! 古代の下水処理施設かぁ。上水施設共々そのまま残っているなんて珍しいね!」


「そうみたいだね。そのおかげで都市の中は清潔らしいけれど、下水場の中に入る僕たち冒険者には関係のない話だったかな」


「うーん、それは困ったものだね。でもそうか、ユウはそんな所にまで行ったことがあるんだ。他にも何か面白い話がありそうだね。聞かせてくれないかい?」


 興味津々という様子で顔を近づけてきたコミニアヌスに若干引きながらも、求められたユウは過去の話を始めた。トリスタンと出会う前後から、終わりなき魔窟(エンドレスダンジョン)、都市の下水場、大陸の東端、森の蛮族、魔塩の採掘などについて話す。


 その話を聞いたコミニアヌスは大喜びした。できるだけ細かく聞き出そうと何度も質問を繰り返す。休むためにやって来た酒場で疲れてきたことを悟ったユウは途中で話すことを止めた。


 木製のジョッキを呷ったユウが疲れた様子でコミニアヌスに伝える。


「ちょっと疲れたから今はここまでにしよう。詳しくは僕が書いたのを読んだらわかるよ」


「わかった! 帰ったら必ず読むよ!」


「あーでも、実地調査のまとめがまだ残っているんだったっけ?」


「大丈夫、それも並行して進めるから!」


「そんなことできるの? 器用だね。まぁいいや。とにかくそれを読んでみて」


 うなずくコミニアヌスの顔を見たユウはとりあえず質問攻めから解放されたことを喜んだ。話す端から質問をされて全然話を進められないというのはなかなかきつい。


 小さく息を吐いたユウは目の前の残った料理を片付け始めた。




 昼食を終えたユウとコミニアヌスは酒場を出た。往路とは逆に向かって貧民街を進む。常宿に戻ってくると再び自室に入った。


 木窓を開けたユウは備え付けの机の隣に置いてある背嚢(はいのう)から羊皮紙の束を取り出す。今まで書いた自伝のすべてだ。現時点ではようやく半分を過ぎたところまで書けている。今後も精力的に執筆を続ければいずれ現在に追いつくに違いない。


 その束を持って自室から出るとユウは隣の部屋の扉を叩く。住人の許可を得てから中に入った。こちらも木窓を開けてあるので室内は明るい。


 備え付けの机に羊皮紙の束をおいたユウが椅子に座るコミニアヌスへと声をかける。


「持ってきたよ。これで今の時点で書けているほとんどだから」


「これはまた、思った以上に多いね。何枚くらいあるんだろう?」


「気が向いたら数えてみて。最新のやつはまだきりが悪いから持ってきていないけれど、これも書けたら持ってくるね。興味があればだけれど」


「うん、頼むよ!」


「でもこれをいっぺんに読むとなると、実地調査のまとめは書けなくなるんじゃないの?」


「はは、どうしたものかなぁ。まぁ少しずつ読むよ」


「まとめを書くのが遅れた言い訳にはしないでね」


「あ、そうそう! 質問があったら聞きに行っても良いかな?」


 期待に満ちた表情を浮かべるコミニアヌスを見ながらユウは少し考えた。昼の酒場でのやり取りを思い出す。無限に質問が続きそうな気がした。


 自伝の執筆の邪魔になることが確実だとユウは判断する。


「夕飯のときにまとめて質問して。昼間のことを考えると、許可したらたぶん作業にならないくらい質問しに来るでしょ」


「うっ、それは確かにそうだね。わかった、夕飯のときにするよ」


 回答を聞いたコミニアヌスは肩を落とした。しかし、気を取り直してうなずく。


 その返事に満足したユウはうなずくとコミニアヌスのいる部屋から自室に戻った。

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