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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第32章 逃げる者と追う者

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ようやく帰ってきた貧民街

 大きな仕事を終えた直後のユウとトリスタンは町の中の大通りを歩いていた。時間は五の刻と六の刻の間で、まだ繁華街の人通りが増えるには早い時間帯だ。


 南門へと歩いているユウに対してトリスタンが話しかける。


「かなり稼げたな、今回の仕事」


「その分大変だったけれどね。特に最後なんか」


「まぁなぁ。ところで、これからどこに行くんだ?」


「町を出て宿屋『乙女の微睡み亭』に行くつもりだよ。荷物を置いてから酒場に行くんだ」


「なるほどな。だったら、俺はここで別れてもいいか? 賭場と娼館に行きたいんだ」


「ちょうど町の中だもんね。入場料を支払わなくても良いし」


「そうなんだよ。1週間くらい通うぜ」


「本気? この前痛い目に遭ったのに」


「1週間は冗談だが、3日か4日くらいは通おうと思う。3ヵ月以上ご無沙汰だからな」


 相棒の返答を聞いたユウは過去を振り返った。確かにそのくらいはずっと仕事をしていたことを思い出す。既に夏は去り、今は秋を迎えようとしているのだ。


 黙り込んだユウにトリスタンが挨拶の声をかける。


「ということだ。宿はいつものところだろう? 金は渡しておくから2人部屋を押さえておいてくれ」


「わかったよ。いってらっしゃい」


 喜び勇んで歓楽街の路地へと姿を消した相棒にユウは力なく笑った。受け取った銅貨を懐にしまう。


 1人になったユウは再び歩き始めた。大通りを南下し、南門を通り過ぎる。懐かしい光景が目に入った。西端の街道の先には冒険者ギルド城外支所と宿屋街、その手前に貧者の道がある。


 検問所の順番待ちの行列を見ながらユウは街道を南に向かって歩いた。城外支所の近辺は相変わらず冒険者が多い。


 宿屋街に入るとユウは少しずつ通行人が増えて来ている路地を進んだ。ここは冒険者に混じって行商人か商売人が目立つ。やがて宿屋『乙女の微睡み亭』が見えてきた。石造りの新しい宿屋だ。そのまま我が家のような場所に入る。


 中は閑散としていた。受付カウンターの奥にはジェナが座っている。


「ジェナ、ただいま」


「おやまぁ、帰ってきたのかい。お帰り。仕事は終わったのかい?」


「終わったよ。今回も大変だった。2人部屋をしばらく借りたいんだ」


「そりゃ嬉しいね。あんたの相棒はどうしたんだい?」


「町の中で何日か楽しむんだって言っていたよ」


「また行方知れずにならなきゃいいんだけどねぇ。おや、袖が破けてるじゃないか」


「ああ、これは仕事でこうなったんだ。後で取り繕うつもりだよ」


「そんな格好で出歩いてちゃ、体裁が良くないよ。早く片付けるんだね」


 肩をすくめたユウは宿泊料と交換で部屋の鍵を受け取った。そうして歩こうとすると反対側からアマンダに声をかけられる。


「ユウじゃないか。帰ってきたんだね」


「ただいま。つい今ね。この町自体には何日か前に戻って来ていたんだけれども」


「冒険者の仕事なんて夜明けの森で魔物狩りだとばかり思っていたけど、あんたは違うんだね。あっちこっちの町に行ってさ」


「そうだね。別の地方だと珍しくないこともあるんだけれどな」


「そんな遠い場所の話なんてあたしにゃわからないよ。ところで、この前町を出る前に2人組の冒険者の面倒を見ていたじゃないか。あの2人はどうしたんだい?」


「独り立ちしたよ。元々筋が良かったから修行も短くて済んだんだ」


「おやまぁそうなのかい。で、その2人はどこに?」


「別の町で別れた。行くところがあるんだって。場所は聞いていないよ」


「残念だねぇ。せっかくお客が増えると思ったのに」


「ここって大体いっぱいじゃなかったっけ?」


「それでも満杯じゃないだろう? それに、稼げそうな2人だったから贔屓にしてもらいたかったのさ」


「ごめん、もっとこの宿を宣伝しておくんだったよ」


 苦笑いしたアマンダにユウは残念そうな表情で返答した。今度こそ借りた部屋へと向かう。前とは違う部屋だが造りは同じなので悪くない。


 荷物を置いたユウは裁縫道具を取り出した。次いで服を脱いで椅子に座る。久しぶりの裁縫に最初は手間取ったがすぐに勘を取り戻した。これでジェナにうるさく言われることもない。


 裁縫道具を片付けたユウは再び服を着ると部屋を出た。そこで箒を持ったベッキーと出くわす。


「あれ、ユウってば帰ってきてたんだ」


「ただいま。さっき部屋を押さえたばかりだけれどね」


「今度はどこに行っていたのよ?」


「レラの町とトレジャーの町だよ。今までの仕事とあまり変わらないかな」


「へぇ、隊商護衛をしてる傭兵みたいにあちこち行ってるんだ。大変ね~」


「だからしばらく休もうかなって思っているんだよ」


「働きっぱなしだと疲れちゃうもんね。ところで、あのカッコイイ2人はもう部屋に入ったの?」


「あの2人は独り立ちして別の町に行ったよ」


「えー! そうなの? なぁんだ。残念。もういいわ」


 大げさに残念がったベッキーは急に肩を落とした。そうしてそのまま廊下を歩いて行った。あまりの出来事にユウは声すらかけられずに見送ってしまう。


 宿の中で久しぶりに色々とありつつも、ユウは鍵を返して外に出た。向かう場所はこちらも久しぶりの安酒場『泥酔亭』だ。傷んだところの多い木造の店舗へと入る。


 店内は閑散としていた。久しぶりにカウンターへと向かって歩いて行くとエラに見つかる。


「あら、久しぶりじゃない」


「ただいま。やっと町に戻ってくることができたよ」


「なぁに、また外に出かけていたの? 冒険者なのにせわしないわねぇ」


「なかなか言い返しにくいな。他の人にも言われたし」


「そりゃ言うわよ。で、どこに行ってたの?」


「今回はレラの町からトレジャーの町に行って、そこから戻って来たんだよ」


「前にも似たようなことをしてなかった?」


「やっていたと思う。細かいところは違うけれど」


「同じ所をくるくる回るお仕事ね。まるで喜んでる犬が回ってるみたい」


「えぇ」


「まぁいいわ。いつものでいいわよね」


「とりあえずエールを1杯。夕飯にはまだ早いから」


 注文を指定したユウはそのままカウンター席へと座った。そうして一息つく。そこへタビサがカウンターの奥から顔を出してきた。目の前に木製のジョッキを置いてくれる。


「エラから聞いたけど、本当に帰ってきてたんだね。久しぶりじゃないか。いつぶりだい」


「えっと確か、ああ、降臨祭のとき以来、かな」


「2ヵ月半くらいかね。今回は長かったじゃないか」


「本当は2ヵ月くらいの予定だったんですけれどね」


「それでも長いよ。ユウはこっちに帰ってきてから、町の外に出ることが多いじゃないか」


「今は夜明けの森で魔物狩りをほとんどしていませんからね」


「それじゃ代わりに何をしてるんだい?」


「荷馬車や人の護衛かな。後は冒険者ギルドの仕事くらい」


「冒険者ギルドはともかく、他は傭兵の仕事だとあたしは思ってたんだけど」


「その通りです。ただ、冒険者ギルドから回してもらった仕事もあるんですよ」


「へぇ、いろんなことをやってるんだねぇ。ま、稼げるんならそれでいいさね」


 雑談を切り上げたタビサが奥へ引っ込むのをユウは見送った。それから木製のジョッキに口を付ける。久しぶりの味だ。


 慣れたエールの味をユウが堪能していると誰かが近づいて来た。顔を横に向けるとサリーが声をかけてくる。


「あら本当に帰ってきてたのね」


「そうだよ。今エールを飲んでいるところなんだ」


「トリスタンはどうしたのよ?」


「さっき町の中で別れてきた。何日かずっといるらしいんだ」


「また変なことに巻き込まれないといいんだけどね」


「本当にそうだよ。そう何回も助けてられないから」


「そういえば、前に4人で来たことがあったわね。あのお友達はどうしたの?」


「独り立ちしたよ。今は別の町で活躍しているはず」


「残念ね。でも、仕方ないか」


「どういうこと?」


「あのお友達2人って、なんだかあたしたちとは雰囲気が全然違ったからね」


「そういうのわかるんだ」


「何となくよ」


「ちなみに僕は?」


「どこにでもいる冒険者ね。ちょっと優秀ってくらいの」


「おかしいな、僕だって町の中で住んでいたのに」


「何年かだけでしょ。その前は開拓村で住んでいたって言ってたじゃない。実質あたしたちと同じよ」


 指摘されてそれもそうかとユウは納得した。思い返してみると、町の中で生活していたのは2年でしかない。それまでの10年は寒村に住み、以後の10年以上は貧民かあるいは冒険者だ。むしろ町の中の生活が例外と思える人生である。


 話をしていたサリーが厨房から呼ばれて離れて行った。再び1人になったユウはちびちびと木製のジョッキを傾ける。もう半分ほどになった。


 色々とやって来たユウは今しばらくは何もしたいとは思わない。なので、当面は何も考えないでいようと心に決めた。

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