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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第32章 逃げる者と追う者

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高貴な冒険者の日々(前)

 アドヴェントの町の中から外の貧民街へと潜伏先を変えたヴィアンとルパートは、雇ったユウとトリスタンの勧めもあって冒険者として活動を始めた。充分な資金を得ている2人からすると働く必要はないのだが、貧民街で怪しまれることなく身を潜めるのならば働くべきだと説得されたからである。


 実際に潜伏を始めてみると当初の思惑通りにはいかない場面がいくつか出てきた。4人はそれをその都度修正していたのだが、中でも町の中にいるヴィアンたちの仲間との連絡方法を思い切って変更する。冒険者ギルド城外支所を経由した間接方式にしたのだ。これにより、より何者かから見つかりにくくなるはずと全員が自信を持つ。


 こうして2日目以降はこの修正した行動方針に従うことになった。


 4人の1日の生活は、三の刻の鐘と共に宿を出て夜明けの森に入り、五の刻頃まで魔物狩りを続け、森を出て魔物の部位を換金し、日々異なる酒場で夕食を食べ、毎日違う宿で休む。これが基本的な流れだ。


 尚、町の中の仲間とのやり取りは換金しているときに並行して行われている。ヴィアンとルパートに換金を任せている間に、ユウが城外支所、トリスタンが宿屋『乙女の微睡み亭』に赴いて連絡がないか確認していた。ちなみに、4人側から連絡するときは夜明けの森に入る前に城外支所へと寄ることになっている。


 日々の流れが決まってからは4人とも周囲の警戒をしつつ冒険者の活動に勤しんでいた。後はいかに追っ手に見つからないかである。


 ただ、数日が経過すると別の問題が浮き上がってきた。


 最初にユウとトリスタンだが、重要人物の護衛はやったことがあるものの、護衛対象の事情や敵について一切知らされないままというのは初めての経験だ。ヴィアンたちから漏れるわずかな情報から冒険者の活動を勧めたが、追っ手あるいは敵の情報が何もわからないため、今のやり方が本当に正しいのかという根本的な不安を抱えていた。可能な限り目立たないような活動を心がけているが、どうにもならない部分があるので心配の種は尽きない。


 次にルパートだが、元々ヴィアンの配下であり、言動から騎士らしいことが推測できる。このため、戦闘力という面では問題ない。しかし、身を潜めるということに関してはどうしても考えが及ばない部分があるのが不安要素だ。特にヴィアンの身が傷付かないことを優先するあまり、潜伏している状況を無視しがちなのは頭痛の種である。


 最後にヴィアンだが、言動や周囲の扱いから貴族、それも上の方であることが推測できた。柔軟な思考の持ち主で、良い提案は積極的に取り入れて諫言も受け入れる度量はさすがである。ただ、どうにも好奇心が強いようであちこちを見て回る癖があり、興味が湧いたことはのめり込む傾向があった。通常ならば特に言うこともない性質だが、潜伏中の今は何とも危なっかしい要素である。


 このように、4人がそれぞれの問題を抱えつつも潜伏していた。今のところはうまく身を潜めているようだが、今後どうなるかはわからない状態である。




 霧こそかかっていないが息苦しい森の中、ユウは周囲を警戒しながら歩いていた。雨が降っていない日でも相変わらず不快なのには辟易としているが、やることは何も変わらない。周りには誰もおらず、1人ゆっくりと進む。


 右手側からかすかな音がしたのでユウは動きを止めてそちらを見た。森の奥から何かが走ってくる。思ったよりも早い。ここで声を上げる。


「右から魔物! 数は不明!」


 端的に答えつつもユウは近づいて来る何かを見続けた。次第にその正体がはっきりとしてくる。成人男性の半分くらいの大きさで2本脚で立つ痩身の犬のような姿の魔物、犬鬼(コボルト)だ。右手に槌矛(メイス)を持ちつつ、更に叫ぶ。


犬鬼(コボルト)、数は3!」


 この辺りでユウの後方から人影が現われた。トリスタン、ヴィアン、ルパートの3人だ。いずれも武器を手にユウが見つめる先へと顔を向けている。


 2本脚、たまに腕2本も使って走り寄ってくる犬鬼(コボルト)が口元から涎を垂らしてユウへと迫った。3方向から襲いかかってくる魔物に対して、ユウは左側の1匹へと狙いを定めて近づく。


 その間に、駆け寄ってきたヴィアンとルパートがそれぞれ1匹ずつ相手の右横へと突っ込んだ。ユウばかりに注目していたその2匹は半ば不意打ちされる形で2人の攻撃を受ける。


 3匹の犬鬼(コボルト)はごく短時間で倒された。その死体が地面に横たわり血を流している。倒した3人はすぐに討伐証明部位を切り取り始めた。文字通り流れるような作業である。


「おー、ヴィアンもルパートも随分と手慣れたなぁ」


 後からやって来たトリスタンがのんびりとした口調で感想を告げた。右手には剣を持っているがすぐに鞘へと収める。


 魔物の討伐証明部位を麻袋に入れた3人は立ち上がった。ユウが他の2人を見て声をかける。


「初日とは全然違うよね。特にヴィアン、追いかけっこをしていたのがもう遠い昔じゃないの」


「はは、あれは恥ずかしいなぁ。できれば忘れてくれ」


「こんなに早く様になるとは思わなかったよ」


「いつまでも皆の足手まといは嫌だからな。ようやく一人前になれた気分だ」


 褒められたヴィアンが嬉しそうに答えた。どうもうまく戦えないことを気にしていたらしい。今はとても晴れやかな顔をしている。


「ルパートの方はどうかな? 動きは最初から悪くなかったけれど」


「慣れると常に魔物が来てくれるから、探す手間が省けるという意味では楽だな」


「ということは、もう魔物と戦うことに違和感はない?」


「ああ、この辺りに出てくる魔物なら早々後れは取らないだろう」


 話を振ったルパートは自信ありげに返答した。こちらは最初の頃より更に動きが良くなっている。熟練の風格さえあった。


 3人で話をしているとトリスタンが加わってくる。


「この辺りだと、ユウの魔物を引き寄せる体質っていうのは便利だよな。手頃な魔物が常にやって来るからおいしいぞ」


「これ、4人でやっているからだよ。2人のときは後の方になるにつれて少しずつ余裕がなくなっていたじゃない」


「だから一旦森の端側へとある程度戻って調整していたんだよな。それを考えなくていいんだからやりやすくて当然だぜ」


 楽しげに話すトリスタンにユウは笑顔で言葉を返した。やはり冒険者パーティにはある程度の人数が必要なのだと強く感じる。加えるメンバーは慎重に選ぶべきだが。


 話を聞いていたヴィアンが再び口を開く。


「ユウ、これだったらもっと森の奥へと行けるのではないか?」


「三の刻から五の刻までの間だったら、大体この辺りが限界なんだ。往復の移動時間はどうしてもかかるからね」


「早朝から夕方まで魔物狩りができたらなぁ」


「ヴィアン様、それでは本来の趣旨から外れてしまいます」


「うーん、そうなんだが、この4人ならもっと奥に入れると思うのだ」


 ルパートに忠告されたヴィアンがどうにももどかしそうに返答した。この4人パーティに手応えを感じているらしい。


 しかし、ルパートも本来の目的から外れるわけにはいかないと更に言葉を重ねる。


「今の状態がうまくいっているのは、ユウの体質で引き寄せられる魔物の数が適切だからです。これ以上進むとその数が多くなり、このやり方は破綻してしまいます。そうだな、ユウ?」


「そうだね。僕がいる限り、奥に進むのは危ないよ」


「ならば、仮にユウがいないと行けるのか?」


「え?」


 意外な質問を受けたユウは虚を突かれた。ヴィアンの護衛を請け負っているので自分がその護衛から外れるという発想がなかったからだ。これにはトリスタンもルパートも目を見開いている。


「あー、実力という意味では行けるとは思うけれど、トリスタンはどう思う?」


「3人というのがちょっと不安だな。特に夜の見張りが。順番の組み方でどうにかなるとはいえ、その1人が護衛対象というのはなぁ」


「なら、まずは日帰りで二の刻から六の刻まで進めるだけ奥へ進むというのはどうだろう?」


「ヴィアン様、せっかくユウたちが考えた方法を崩すというのですか?」


「しかし、三の刻から五の刻では進める先は今と大して変わらないではないか」


 珍しく食い下がるヴィアンにユウたちは戸惑った。どうも冒険者稼業が気に入ったらしい。


 しかし、ここでの話し合いはここまでだった。次の魔物がやって来たからである。周囲を警戒しながら話をしていたユウとトリスタンが早めに気付いたが良い状態ではない。


 改めて気を引き締め直した4人は魔物を迎え撃った。森の浅い場所であるこの辺りならば数も少ないので手間取ることはない。すぐに戦いは終わった。


 魔物の部位を切り取りながらユウは先程のヴィアンの話を振り返る。何とも頭の痛い話が出てきたとため息をついた。

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