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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第32章 逃げる者と追う者

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最初の仮の住まい

 ようやく準備が整って町の外へとやって来たユウたち4人は宿屋街の路地を歩いていた。昼下がりのこの時間はまだ人通りが少ない。大半の冒険者はまだ夜明けの森から戻ってきておらず、多くの旅人はまだ街道を歩いている途中だからだ。


 先頭に立って歩くユウは迷わず進む。宿を転々とする方針だが、最初は慣れた宿から始めたかったのだ。更に、そもそも荷物の大半を宿に置いたままという理由もあった。


 物珍しげに周囲を見るヴィアンの隣からルパートがユウに声をかける。


「これからどこに行くのだ?」


「元々僕たちが泊まっている宿です。僕たちの荷物が置いてあるので取りに行く必要がありますから、それなら今日はそこで宿泊してもらおうかなと思って」


「そこは安全なのか?」


「普段使っていて危険だったことは今まで1度もなかったですよ。宿泊客同士の喧嘩も聞いたことがないですからね」


「ふむ、それなら構わないか」


 返答を聞いたルパートがうなずいた。やはりそういうことは真っ先に気になるらしい。


 その直後、最後尾を歩くトリスタンがヴィアンに声をかける。


「ヴィアン様、これからなんですけれど、私とユウはお二人に対して普通の言葉遣いで接しますね。冒険者の間は基本的に対等だからです。もちろん先輩後輩なんかの縦の繋がりで相応に丁寧な言葉遣いはしますが、少なくとも身分由来の話し方はしないからです」


「なるほど、必要以上の丁寧さは却って怪しまれるわけか」


「ええ。私とユウは町から出てきて右も左もわからない2人を導く先輩冒険者ということにしますから、そのつもりでいてください」


「理解した。その方が良いというのならそうしよう。ルパートもそれで良いな?」


「やむを得ませんね」


「よし、だったら今から始めるぞ。こんな感じでしゃべるからな!」


「ははは、いきなりだな!」


「普段でしたら無礼だと怒るところです」


「周りの冒険者はみんなこんな感じで話しかけてくるから諦めた方がいいぞ」


 口調をいつも通りに変えて楽しそうに話し始めたトリスタンに対して、ヴィアンは笑い、ルパートはわずかに顔をしかめた。


 そんな楽しそうな背後の会話を聞きながらユウは目的地を目指す。そんなに遠くないので間もなくたどり着いた。宿屋『乙女の微睡み亭』である。


 慣れた場所なのでいつも通り中へと入る。受付カウンターの置くにはジェナが座っていた。そこへ近づくとユウは声をかける。


「ジェナ、鍵をください」


「いいとも。で、後ろの初めて見る人は新しいお客かい?」


「そうだよ。ヴィアンとルパートっていうんです。一晩泊まる宿がほしいそうです」


「一晩と言わず、何日でも泊まってくれていいんだよ」


 相変わらずのしゃべりに小さく苦笑いしたユウは鍵を受け取って横に退()いた。次いで進み出たルパートがジェナに話しかける。


「2人で泊まれる部屋を頼みたい。一晩だ」


「おや、これはご立派そうな方じゃないか。後ろの方はお貴族様みたいだねぇ」


「どちらも冒険者だ。なったばかりだが」


「なんとまぁ。こんな立派な駆け出しは初めて見たよ。これが2人部屋の鍵だよ。場所はこの2人の部屋の手前さ」


 鍵を受け取ったルパートに顔を向けられたユウは小さくうなずいた。そのまま受付カウンターの隣をすり抜けて廊下を歩く。大した距離ではないのですぐに部屋へと着いた。


 扉の前で立ち止まるとユウはヴィアンとルパートに手で示す。


「ここが2人の部屋になるよ」


「わかった」


「僕は2人に部屋の説明をするから、トリスタンは先に部屋に戻っていて。はい、鍵」


 手にしていた鍵を相棒に渡したユウはルパートに扉を開けさせて2人を部屋に入らせた。そうして最後に自分が続く。


 室内はユウとトリスタンが泊まっている部屋と同一だ。2人用の木製寝台が1台、採光用の窓の脇に木製の机と丸椅子が1つずつと簡素である。


 教えることも大してないが、ユウは2人に備え付けの備品の使い方などを教えた。ヴィアンは興味深げに耳を傾け、ルパートは微妙な表情で話を聞いていた姿が印象的である。


 説明が終わるとユウはルパートに木窓を開けさせた。出入口の扉も開けっぱなしなので風通しが良くなる。もちろん室内も明るくなった。


 荷物を置いたヴィアンにユウは声をかけられる。


「貧民の宿の使い方はこれで良いわけだな」


「せめて庶民と言って。本当のことでも面と向かって言われると面白くないから」


「おっとそうだったな」


「ユウ、今教えてもらったことだが、他の宿でも通用するのか?」


「どこも同じだよ。変わった造りの建物を用意する意味なんてないしね」


「そうか。だったら次からは自分たちだけでやれそうだな」


 とりあえず宿の部屋を使えるようになった2人を見てユウは幸先良く感じた。この調子でひとつずつ覚えていってもらうのだ。長くても数ヵ月の滞在ではあるが、一通り自分で生活できるようになってもらえれば、突発的な事態に陥っても自力で何とかできる。そんな風になってもらいたいのだ。


 3人で話をしているとトリスタンが隣の部屋からやって来る。


「みんな、昼飯にしないか? まだ食べていないだろう」


「結局まだだったね。思い出したらお腹が空いてきたよ」


「そういえば、平民は1日に3回食事をするんだったな。二の刻、四の刻、六の刻と」


「貴族様は3回じゃないんですか?」


「三の刻と四の刻の間と、五の刻と六の刻の間に朝夕の食事をするんだ」


「へぇ、知りませんでした。でもそれってお腹が空きませんか?」


「朝食までは確かに空腹で悩むときもあるが、そこは我慢だな」


 貴族と平民では食べる回数や時間までも違うということを知ったユウは驚いた。世界が異なれば食事の習慣もまったく違うものになるらしい。ただ、平民と共に働く貴族の多くは平民の習慣に従っているという話だ。そうでないと空腹に悩まされるからだという。


「ユウ、今日の昼飯は干し肉と黒パンにしようぜ。早くこれに慣れてもらった方がいいからな。部屋に閉じこもるときなんかずっと世話になるんだし」


「そうだね。僕も自分のを持ってくるよ」


「トリスタン、見くびってもらっては困るぞ。私だってそれくらいは食べたことがあるからな。道中はよく食べたものだ」


 自室に戻ろうとするユウの背中でトリスタンを交えた3人の話が始まっていた。自分の干し肉と黒パンを手に取ると3人のいる部屋に戻る。扉を閉めて自分も寝台の一角に腰を下ろした。


 4人で話す内容は他愛ない雑談から今後のことまで多種多様だ。その間ヴィアンとルパートは当たり前のように干し肉と黒パンを食べている。どちらも食べたことがあるのは本当のことであるようだ。


 遅めの昼食を食べ終えるとユウは立ち上がった。他の3人が注目する。


「ルパート、一緒に受付カウンターまでついて来て」


「どうした?」


「これから宿屋街の話を聞きに行くんだ。転々と宿を変えるのなら、危ないところは避けるべきでしょ」


「確かに。わかった、同行しよう」


「トリスタンとヴィアンはここで待っていて」


 話し終えるとユウは部屋を出た。ルパートがついて来ていることを背中で確認しながら受付カウンターへと向かうとジェナが座っている。


「ジェナ、話があるんです。宿屋街のことを教えてくれませんか」


「この辺のことかい? 走り回ったことのあるユウならよく知ってるだろうに」


「道のことじゃなくてですね、宿についてなんですよ。実はさっき紹介したヴィアンとルパートなんですが、しばらくあっちこっちの宿に泊まる予定なんです」


「なんでまたそんな面倒なことをするんだい」


「長く泊まる宿を探すためですよ。自分で実際に泊まるのが一番でしょ」


「うちを選んでくれりゃ言うことないんだけどねぇ」


 まったくもってその通りだとユウは苦笑いした。宿屋の人間に他の宿の紹介をしろというのが無茶なことなのは承知している。なので、懐から硬貨を1枚取り出して受付カウンターの上に置いた。


 銀色に輝くその硬貨を目にしたジェナはそれを手に収める。


「若い子がいろんなことを経験するのはいいことさね。アマンダ、来ておくれ!」


「はいはい、どうしたんだい、母さん」


「この2人にこの辺りの宿のことを教えてやっておやり。良い宿、悪い宿なんかをね」


「あらら、うちじゃダメだったってことかい?」


「違うよ。お客さんだってことさ」


 わずかに訝しげな表情をしてジェナを見ていたアマンダが何度か小さくうなずいた。それからユウとルパートに顔を向けて同業者の話を始める。途中でベッキーも加わった。こちらは使用人つながりからの話を教えてもらう。


 支払った料金分の話を聞いたユウは笑顔で3人に礼を述べた。ルパートも一礼する。


 話を終えるとユウはルパートと共に仲間のいる部屋へと戻った。

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