貴族様からのご依頼(後)
本来ならば冒険者に回ってこない依頼、明らかに高難易度の内容、そしてそれに見合うだけの高い報酬。それらを提示されたユウとトリスタンは難色を示した。命あっての物種なのだから当然だろう。
当初は断ろうとした2人だったが、そこでこの会合にアーチボルトが出席している意味に気付いた。先日トリスタンを助けた借りを返すように求められているのだ。果たして釣り合いがとれているのかという問題はあるものの、言い分としては筋が通っている。
あのときやけに簡単に助けてくれたのはこのためだったのかと思ってしまいそうになる2人だったが、今更そんなことを考えたところで意味はない。既に舞台の上に立たされて梯子は外されているのだ。
それまでとは違って幾分か敬意がなくなった態度でユウがヴィアンに問いかける。
「僕たちを試すとおっしゃっていますが、どのように試されるのですか?」
「貴族であるかどうかは今すぐにでも確かめられる。こちらから先に試そうか。トリスタン、構わないか?」
「どうぞ」
「ならばまず、オーブリーの詩編は知っているか?」
「それは知らないですね。ベネディクトの詩編なら小さい頃に教わりましたよ。ケアリーの写本の系統のものですが」
「ほう、そちらは東部にもあるのか。しかし、ケアリーの系統は知らないな。私が知っているのはデイミアンの方だ」
「同じ本の系統なら解釈は違っても同じ詩が載っているはずですよね。いくつか確認しますか?」
「いいな。やってみよう。まずは私からだ」
早速貴族であるかの試験が始まったトリスタンだったが、動じることなくヴィアンと詩集について論じ始めた。知識に食い違いはあるようだがヴィアンは楽しげである。2人の話を聞いていたマクシミリアンやアーチボルト、それに立っている3人は興味深げにその会話を聞いていた。
一方、相棒の隣で話を聞いているユウは何を言っているのかさっぱりわからない。詩集など見たことも聞いたこともなかった。一般的な貧民に比べて知識がある自覚は今まであったが、それ以上の貴人の世界がどういうものなのか初めて知る。
会話は詩集から歴史書に移った。もちろんユウにはひとつもわからない。普段はすっかり忘れていたがトリスタンもやはり貴族なのだと思い知る。そうなると、この部屋の中でただ1人話についていけないことに疎外感を抱くようになった。
ただ、それだけにユウ以外では話がはずみ始める。最初はマクシミリアンが、次いでアーチボルトが会話に加わり、ヴィアンの背後に立つ3人も意見を求められれば口を開いた。もはや試験というよりは雑談の雰囲気だ。
そうして話が一段落した後、ヴィアンが明るい調子で評価を口にする。
「ここまで話ができるのならばもう良いだろう。西部と東部で知識や常識が違うだけで、恐らくトリスタンは貴族に違いない。ところで、トリスタンの家名は何と言うのだ?」
「ダインリー男爵家です」
「なるほど、マクシミリアン殿と同格というわけか」
「形式上は」
「貴族にとって形式は重要だぞ。今の私が大っぴらに言うわけにはいかないがな。ともかく、トリスタン、君のことを認めよう」
試験の終了を宣言したヴィアンに対してトリスタンが小さく礼を返した。これでひとつ目の関門を突破したのだ。
満足そうにうなずくヴィアンが続いて次の話に移る。
「では、もうひとつの試験もしてしまおうか。こちらは腕試しだ。模擬試合をしてもらうわけだが、これはこっちの、えーっと、お前は何という名前にするのだ?」
「ルパートです。では、ここからは私が話を引き継ぐ。とはいっても、そう難しい話ではない。模擬試合をして貴様らの腕を示してもらえればいい。模擬試合の場所はこのワージントン男爵邸の庭で、武器は木製のダガーかナイフを使って戦ってもらう。ワージントン様、案内していただいてもよろしいですか」
「承知した。アーチボルト、皆さんを案内しなさい」
「では、こちらへどうぞ」
席を立ったアーチボルトを先頭に、ヴィアン、マクシミリアン、例の3人、そしてユウとトリスタンが続いた。庭へはすぐに着き、落ち着いた感じのする小さく整った光景が目に入る。その庭にはワージントン男爵家の家令と木製の武器を持った使用人が並んで立っていた。
見学者は庭への出入口付近に留まり、模擬試合をするユウとトリスタン、更には例の3人が少し奥へと進んだ。そこで3人のうちの1人であるルパートが2人へと目を向ける。
「今からここで模擬試合をする。そちらは1人ずつ、私の左右に立っている者と戦ってもらう。武器はそこの使用人が手にしている木製のものから選ぶように」
「結構限られた空間ですね」
「暗殺者が襲ってきたことを想定している。家屋内の可能性が極めて高いので、今回はこの場所をお借りしたのだ」
回りへと目を向けていたトリスタンの感想にルパートが理由を返した。つまり、想定される戦場に近い雰囲気というわけだ。
納得した様子の2人に対してルパートが声をかける。
「どちらから始める?」
「僕からやります。ダガーを貸してください」
「いいだろう」
右側に立っていた者と目配せをすると、ルパートはもう1人の者と共にヴィアンのいる場所へと下がった。入れ替わるように使用人が武器を持って進み出てくる。
木製のダガーを手に取ったユウはその感触を確かめた。目の前では対戦者も同じ武器を何度か振っている。武器を確認した両者は少し近めの位置で対峙した。
暗殺者が襲ってきたことを想定するのならば、襲われる側のユウは相手に対して背を向け棒立ちになる方がより実戦的だろう。しかし、さすがにそこまでは要求されないようで、普通の模擬試合と同じく両者は正面を向いて構えた。
そうしてすぐにルパートの合図がかかる。
「始め!」
開始の声を聞いてもユウはじっとしていた。暗殺の場でどう戦うのかという想定ならば、初撃は対戦相手に出してもらう方が良いと考えたからだ。その考えは相手も共有していたのか、すぐに攻めかかってくる。
短剣の半分以下の長さしかないダガーで斬りかかるとなると大きく踏み込む必要があった。対戦者は大きく前に出ると木製の刃先を突き出してくる。
その動きに合わせるようにユウは右手に持つダガーで相手の同じ武器を左側に受け流し、右肩を前方に突き出して半身にした自分の体を前に出した。これで殴り合いの範囲に入る。同時に左手で相手の武器を持つ右手首を握り、更にはダガーをもったままの右手で相手の右肩を押さえ、なおかつ右脚で相手の右脚を払った。短い悲鳴を上げた相手の右腕を押さえながら自分を中心に巻き込むようにして地面に押さえつけると、ダガーを首に押し当てる。
「参った!」
一瞬で勝負がついたことにヴィアンやルパートたちは目を見張り、マクシミリアンたちワージントン男爵家関係者は感嘆の声を漏らした。唯一、トリスタンだけがいつも通りだ。
対戦相手から離れたユウが使用人に木製のダガーを返した。すると、興奮したヴィアンから声をかけられる。
「すごいな! 最初の一撃を躱したかと思うともう相手を組み伏せたとは。あんな戦い方があるのか」
「ダガーの使い方のひとつですよ。狭い場所での戦い方です」
「ユウは冒険者だったな? そんなことまで覚えるのか?」
「最初は喧嘩対策だったんですよ。酒場なんかで刃物を抜く暴漢を相手にするためだったんです。そこから色々と学んでいきました」
「ほほう、喧嘩対策からか。それは興味深いな」
「ヴィアン様、お話は一旦そこまでで。次はトリスタン、貴様だ」
「わかりました。それでは私もダガーを使います」
名前を呼ばれたトリスタンがユウと同じ武器を選んで前に出た。例の3人からはもう1人の男がダガーを手に取ってトリスタンに対峙する。
両者が構えるとルパートが開始の合図をかけた。今度はユウのときと違ってダガーを使った普通の模擬試合の流れとなる。手に持った武器で牽制し、隙を見て攻撃し、それを受け流し、更に隙を窺うということを何度も繰り返すのだ。やがて、とある攻防をきっかけに動きが速くなり、最終的にはトリスタンが負けた。一瞬の隙を突かれたのだ。
こうしてユウとトリスタンの腕試しは終わった。ヴィアンの判断ではどちらも合格である。ルパートもヴィアンの意見を支持した。2人の技量を見たかったのであり、勝負をつけたかったわけではないのである。
模擬試合が終わった一同は再び応接室へと戻った。そこで改めてヴィアンは2人に護衛の仕事を引き受けてくれるように依頼する。こうなるともうどちらも断りにくい。
評価されたことを喜ぶユウとトリスタンだったが、依頼の受託の返事をしたときは何とも言えない表情だった。




