原因は誰だ
大陸をぐるりと巡って帰郷して以来、ユウとトリスタンはひとつの悩み事を抱えていた。それは夜明けの森に入るとやたらと魔物に襲われるという現象である。まるで何かに引き寄せられるかのようにやって来て、しかも周囲に他の冒険者パーティがいても見向きもしないのだ。
一見すると魔物を探す手間が省ける上に入れ食いなので良いことのように思える。ところが、魔物の討伐証明部位を切り取っている最中や野営して眠っているときにもひっきりなしにやって来るのだからたまらない。1度魔物が現われると延々と襲い続けられてしまうのだ。
こんな状態で森の奥に行けるはずもない。今のユウとトリスタンは森の浅い場所を日帰りで巡回するのが精一杯だった。
当然この状態を解消するべく2人は色々と調べたり試したりしたがいずれも失敗に終わっている。最近では時間の経過が関係するのではと推測して長期間森に入らなかった後に再び挑戦してみたが駄目だった。
もう何が悪いのかさっぱりわからない2人だったが、再び森から遠ざかっていたある日、とある方法をトリスタンが思い付く。
「今までいくら調べても原因はわからなかったが、まず問題を切り分けて見ないか?」
「問題を切り分けるって、どうやって切り分けるの?」
「俺とユウ、どちらが魔物を引きつける原因になっているのか、ということだよ」
目の前のカウンターに肘を付きながら顔を向けてきた相棒をユウは半ば呆然と見た。確かにどちらに問題があるのかわかるのは良いことだ。
ただ、それをどうやって試すのかで疑問がある。
「僕もその提案には賛成だけれど、どうやって試すの? いくら何でも夜明けの森に1人で入るのはまずいと思うんだ。特に魔物を引きつける側だったとしたら」
「さすがに1人で入れだなんて言わないぞ。俺だって嫌だからな。だから、2人で森に入ったときに離れて行動するんだ。例えば、片方が先頭を歩いて、もう片方はずっと後ろを歩くなんていうようにな」
「なるほど、ある程度距離を開けていたら魔物がどちらに引きつけられているのかわかるというわけだね。確かに、直接的な問題の解決にはならないけれど、的を絞るのは大切なことだと思う」
「そうだろう。ひっきりなしに魔物がやって来るのがつらいというのもあるが、他の冒険者パーティの魔物まで引きつけてしまうのはさすがに避けたいからな」
以前、1度だけ発生した問題をトリスタンが挙げた。とにかく魔物がユウたちに寄っていくわけだが、それは他の冒険者パーティと戦っている魔物も例外ではないのだ。まだ何がどうなっているのかさっぱりわからなかったときに、他の冒険者パーティと戦っていた黒妖犬が急に向きを変えてやって来たことがあったのである。魔物が自主的に襲う人間を変更したので相手パーティには横取りしたと思われなかったが、2人は非常に気まずい思いをしたのだった。
こういうこともあったので、ある程度現象を掴んだ後は森の浅い場所で日帰り討伐を繰り返しているのである。
試す内容が決まれば早速実行だ。2人は翌日夜明けの森へと早速向かう。早朝に起きて出発の準備を済ませてから宿を出た。小雨がぱらつく中、他の冒険者たちと同じように西へと足を向ける。
「雨かぁ。これからよく降るんだろう? 嫌なんだよなぁ」
「そうだね。帰ったら服がずぶ濡れになっているだろうから乾かすのが大変だよ」
「この中で虫除けの水薬を使うんだろう。すぐに雨水で流されないか?」
「やらないよりましだよ。それに、雨が降るときは羽虫がほとんど出てこなくなるから」
「だったら塗らなくてもいいんじゃないのか?」
「そこは好きにすれば良いと思う」
少しずつ体を湿らせながらユウとトリスタンは虫除けの水薬について話し合った。ユウにとってはすっかり習慣だが、そうでないのであれば強制されるものではない。ただし、真夏は絶対に塗った方が良いが。
森の端に着くとユウは木陰に入って虫除けの水薬を露出している部分に塗った。それほど塗る場所はないので短時間で終わる。トリスタンはその隣で森の中を見つめていた。
中瓶を背嚢に入れたユウはそれを背負って相棒に声をかける。
「用意できたよ。どっちが先に歩く?」
「ユウが先に歩いてくれ。俺はその次に先頭を歩くよ」
「わかった。それじゃ先に行くね」
順番が決まるとユウはすぐに歩き始めた。トリスタンを追い越して森の中へと入っていく。ある程度進むと一旦立ち止まって振り返と、歩けば少しかかるが走ればすぐという距離で相棒が立っていた。ユウに対して手を振っている。
どの程度離れているのかを知ったユウは前を向いて再び脚を動かした。周囲に魔物の姿はない。南西側に冒険者パーティが1組いる。徐々に離れていく方へと歩いているようだ。
ここから先はいつも通りである。真後ろにトリスタンはいないがそれ以外は変わらない。
森の様子は一言で言うと湿っていた。雨が降っているのだから当然なのだが、小雨だからか直接振り付けてくることはない。たまに大粒の水滴が重みに耐えかねた葉から落ちてくるくらいだ。しかし、まとわりつくような湿気に全身を包み込まれる。顔には汗が浮かび、服は全体がじっとりと湿ってきた。吸い込む空気によって体の中も湿る。
体感的に鐘1回分程度あるいた頃だろうか、右斜め前方から小鬼が3匹やって来た。迷うことなくユウへと突き進んでくる。
「ギギャギャ!」
3匹同時に相手は面倒なのでユウは左端から襲ってくる小鬼に突っ込んだ。相手が積極的に近づいて来ると思っていなかったのか、一瞬動きが止まったところに槌矛を叩き込む。するとあっさり倒れた。残り2匹もその調子で順番に倒していく。
特にこれと言って言うこともない、いつも通りの結果だ。一瞬考え込みかけたユウだったが、すぐに討伐証明部位の切り取りを始める。今の自分たちに時間的な余裕はないのだ。
その後も次々とやって来る魔物をユウは倒してゆく。やって来るのはいつも通りの種類ばかりだ。たまにトリスタンの方へと魔物を譲ろうと脇に逸れてみたが効果はなかった。
ある程度戦ったユウは頃合いとばかりにトリスタンへと声をかける。
「トリスタン、交代しよう」
「いいぞ。あっち側に移動しよう」
方向を指定してきた相棒にユウはうなずいた。先を歩くその背中がある程度小さくなるとユウも後に続く。
汗は次々と流れ、服は既に雨に濡れたときと変わらない。湿度が高いせいで呼吸するのも厄介になってきて久しい。獣や魔物はよくこんな中で生きていられるものだとユウはたまに思う。
前方から魔物がやって来たのをユウは目にした。犬鬼だ。ユウに見えたということはトリスタンと魔物との距離は遠くないということになる。どうなるのだろうと相棒の近辺に注目した。
トリスタンは剣を抜いて構え、走ってくる犬鬼3匹を迎え撃とうとしている。そうして1匹と接敵して斬り伏せた。さすがにこの程度ならわけはないようだ。
一方、残る2匹はトリスタンを素通りしてまっすぐユウへと向かって来る。槌矛を既に握っていたのでいつでも迎え撃てる状態だったが、ユウは内心わずかに動揺していた。自分が先頭だったときには起きなかったことだからだ。
とりあえずやって来た犬鬼2匹をユウは倒した。すぐに討伐証明部位を切り取り始めたが、頭の中では自分にまっすぐ向かってきたことばかりを考えている。
ユウの懸念はその後繰り返される襲撃で確信になるほど結果を積み重ねていった。例えトリスタンが真正面で待ち構えていてもぶつかった1体以外は魔物はユウへと向かってゆく。道を譲れば素通りしてすべてがユウへと向かってゆくのだ。
昼休憩のために一旦森の端まで下がった2人は保存食を口にする。ユウの表情は重苦しいもので、トリスタンは痛ましそうな目を向けていた。
口の中の物を飲み込んだユウが大きなため息をつく。
「結果はほぼもう出たよね。どうやら僕が原因らしい」
「でもなんでユウなんだろうな。俺はお前の旅に途中から参加したが、その前からそんな感じだったわけじゃなんだろう?」
「もちろんだよ。第一、トリスタンと出会う前からだったら、もっと早くどこかで同じことが起きていないとおかしいじゃない」
「今のところ夜明けの森限定ということになるみたいだが、そうなる理由がさっぱりわからないな」
不思議そうにトリスタンもしきりに首を傾げていた。しかし、原因に思い当たるものは頭に浮かんでこない。
その後、昼からも色々と試してみたものの、ユウが魔物を引き寄せる体質であることを補強する結果にしかならなかった。もうこうなるとその事実を受け入れるしかない。
この体質にユウはすっかり打ちのめされていた。




