悪事が露見した後(後)
モートンの拠点である建物に着くと、ハンフリーはそのまま中に入っていった。周囲の関係者たちは後に続く5人の姿を見て何事かと訝しげな表情で事態を見守る。
やがて奥のちょっとした倉庫の近くまで歩くとハンフリーは立ち止まった。そうして体を反転させる。
「着いたぜ」
「よぉし、それで、オレの商品はどこにあるんだ?」
「ここにゃもうねぇよ。別の店に売っちまったからな」
「はぁ!?」
余裕の態度で目的の商品を見せるよう要求したジョッシュはハンフリーの返答に唖然とした。そこまでではなくとも、ジョッシュ以外の4人も呆然としている。
「おい待てよ。売ったってどういうことなんだ? 不良品だったんだろ?」
「仕入れた品物を売ってカネに換えるのは商売の基本じゃねぇか」
「んなこたぁ知ってる。そうじゃなくて、おめぇやっぱりウソついてたんだな。こいつ。ということは、儲けたカネがあるってことだよな。そこからオレへの代金を払ったらいいだけじゃねぇか」
「もうねぇんだよ。売ったカネも儲けも。全部使っちまったんだ。献金にな」
「献金? どこへしたんだ?」
「モートンさんだよ。先月から商人ギルドの会員の空き席を巡って商売人が必死になってるのはてめぇも知ってるだろ。うちんところの上もその1人なんだよ」
「その話はオレだって知ってるよ。でも、だからって仕入れの代金までなんで丸々献金するんだ?」
「そんだけカネがかかんだよ。いくらあっても足りやしねぇ。最初はこっちの利益のいくらかってところから始まって、気付けば有り金全部寄越せだもんな」
「お前自身の商売はどうするんだ?」
「できるわけねぇだろ。必死に貯めたカネも全部取り上げられたんだぜ? またちまちま稼ぐところからしなきゃなんねぇ」
睨むような目つきのハンフリーが落ち着いた様子で語った。それを聞いたジョッシュたちは黙る。周囲から向けられる訝しげな視線も同情の眼差しがいくらか増えた。
最後尾に立つユウは顔を横に向ける。目のあった1人がつらそうな表情のまま顔を背けた。同じような境遇の人が何人かいるかもしれないと想像する。
面白くなさそうに鼻を鳴らしたハンフリーが歩き始めた。すれ違いかけたときにジョッシュが呼びかける。
「どこに行くんだよ?」
「ここを出て行くんだよ。こうなったら切り捨てられるのは決まりだ。どうにもなんねぇ」
「モートンは助けてくれないのか?」
「はっ、てめぇもあいつの噂は知ってんだろ。人を食い物にこそすれ、助けるなんてやるヤツじゃねぇよ」
足を止めたハンフリーが吐き捨てるように返答をした。町の中でも商売人や行商人の間では有名な話である。噂と当人が一致することは少ないが、少なくともこの件は正しいらしい。
「さっきリンジーのことをバカにしたが、あいつがあんなバカなことをしたのも、間違いなくモートンが無茶を言ったからだろうな。無能ならじっとしてりゃいいのに、下手に動くからバカみたいなことになるんだ。ま、オレも人のことは言えねぇがな」
寂しそうに笑ったハンフリーが前を向いて再び歩き始めた。そして、建物から出て姿を消す。
その場にいた人々はしばらくじっとしたままだった。このままいつまでも誰も動かないのかと思われたが、トリスタンが遠慮がちにジョッシュへと声をかける。
「ジョッシュ、この後どうするんだ?」
「ハンフリーが持ってないって言うんなら、モートンに」
「強欲な商売人だったか? そんな奴から代金をもぎ取れるのか?」
「あ、ああ! お役人様! これから一緒にモートンのところへ行きましょう! お役人様のお力で商品の代金を取り戻してください!」
「モートンがこの不正に関与していたのならまだしも、その証拠がなければ何もできんだろう」
「しかし、ハンフリーはモートンに全部献金したと言ってたじゃないですか!」
「一緒に不正をしたとまでは言っていなかっただろう。献金を受け取ること自体は罪ではない。この件でモートンを訴えたければ、その罪を立証するんだ」
泣き叫ぶジョッシュに縋られた官憲が迷惑そうに返答した。あのハンフリーが何もせず諦めてここを出て行ったということは、ほぼ間違いなく行商人の不正にモートンは関与していないということだろう。それが善人であれ悪人であれ、そのくらいの芸当ができなければ町の中で商売人などできない。
思った以上に厳しいなとユウは感じた。10年前にあのまま町の中で働いていたら、あるいは再び町の中に戻れたらこの世界で生きることになっていたのだ。はたして自分はやっていけるのか、ユウには確証が持てない。
中心人物の1人であるハンフリーが去り、ジョッシュが喚いたことで沈黙が破られた。周囲の人々も自分たちの仕事を思い出し、それぞれの作業に戻る。
同じく我に返ったユウはこれからどうするのかと思った。とりあえず代行役人に尋ねてみる。
「これからどうするんですか?」
「オレたちはリンジーという行商人を捕縛するつもりできたから、今から捜すことになるんだが、問題はあいつだな」
「お役人様! 今すぐモートンのところへ行きましょう! そして商品の代金を回収してください!」
「それはお前の仕事だろう。私は今日別件のために来たんだ。離せ!」
「トリスタン! お前からお役人様にお願いしろ!」
「どうして俺が。それにやっても無駄だって」
「代金が回収できないとお前の報酬も払えないんだぞ!」
「あーそれはまぁ」
痛いところを突かれたトリスタンが嫌そうな顔をした。仕方なくという様子で官憲へと目を向ける。当然首を横に振られた。そうして肩を落とす。
一時期自分よりもトリスタンの方がしっかりしていると思っていたが、その考えを改めた。似たり寄ったりであることは認めつつも、自分の方がましなのではと感じる。少なくとも金貨1枚も損はしていない。ベティの件を除けばだが。
結局、散々喚き散らしたジョッシュだったが、要請を受け入れてもらえなかった。いくら悪党みたいな人物でも証拠もなしに引っ捕らえることはできないので当然だ。
ようやく落ち着いた後、悄然としたようすのジョッシュがトリスタンに振り向く。
「トリスタン、今からモートンに会いに行くぞ」
「どこにいるのかわかっているのか?」
「いや。しかし、何としても捜し出して話をしないと!」
「もういい加減諦めたらどうなんだ」
「バカなことを言うな! ハンフリーみたいになっちまうだろうが」
「え、そんなに余裕ないのか!?」
「ほら、ぐずぐずしてないで行くぞ!」
いろんな意味で騒がしいジョッシュは建物の上へと登って行った。ユウなどは勝手に上がって行っても良いのだろうかと人ごとながら心配する。それを言えば1階の今いる場所も怪しいのだが、これはハンフリーに連れてきてもらったということでごまかせることを期待した。
ようやく無闇な騒がしさがなくなったところで官憲は代行役人と本来の活動を始めようとする。ところが、今度は何かを思い付いた。少し言いにくそうに官憲へと話しかける。
「そういえば、さっきのハンフリーですけれど、捕まえなくても良かったんですか?」
「ハンフリーを? なぜだ?」
「だって、結局ジョッシュを騙して商品の代金を支払わなかったわけでしょう。これって犯罪じゃないですか」
「そういうことか。それには2つ理由があってだな、まず、オレたち官憲は基本的に訴えられないと動かない。この場合だとジョッシュが官憲に訴えない限り、オレたちは動かないわけだ」
「そうだったんですか。でもそれなら、どうしてジョッシュは訴えなかったんです?」
「恐らく、ハンフリーを訴えて有罪に持ち込んでもカネは回収できないからだろう。ハンフリーは自分の貯めたカネもないと言っていたからな。更に、裁判にはカネがかかる」
「えぇ、お金を取り戻すためにお金が必要なんですか」
「そうだ。だからジョッシュは、帰ってくる見込みのないハンフリーを訴えて裁判費用を更に支払うより、取り戻す方に必死なんだ」
「何て言うか、ひどい仕組みですね」
「何をするにしてもカネがかかるということだな」
「それで、もうひとつというのは?」
「商人ギルドに調停を頼むという方法もある。ただし、これもやっぱりカネはかかるし、ハンフリーは何も持っていないからやる意味がない。更に、モートンを相手にするのも論外だ」
「うわぁ」
「ということで、ジョッシュは自力で何とかするしかないわけだが」
「何とかできる可能性は低いんですよね」
「相手は商売人だからな。簡単にはいかんだろう」
行商人から成り上がった商売人が少なくないため、優秀な人物が多い。それを知っている官憲がため息をつく。
その態度を見たユウがその後を予想するのは難しくなかった。




