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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第31章 行商人の悲喜こもごも

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悪事が露見した後(前)

 相棒の捜索がようやく終わったユウが庁舎を出ようとするとよく知る代行役人に出くわした。前に丸投げしたチンピラと行商人の件でリンジーの居場所が判明したため町の中にやって来たという。半ば他人事で話を聞いていたユウは代行役人に同行を求められて断ろうとするものの、自分で投げてきた仕事なので断り切れなかった。


 そうして今、ユウは庁舎のロビーでぼんやりと立っている。官憲の1人を呼んで来るまで待つよう命じられたのだ。すっかり帰る気分だっただけにしょんぼりとしていた。


 いつになったら来るのかとユウが考えていると、先程別れたトリスタンとジョッシュの姿を目にする。しかも、ハンフリーまでもが一緒だ。


 どういう組み合わせかわからずユウが戸惑っているとトリスタンに声をかけられる。


「あれ、帰ったんじゃなかったのか?」


「帰りたかったんだけれど、代行役人に見つかって同行するよう求められたんだ」


「何でまた?」


「さっき部屋でトニーの件を話したでしょ。あれでチンピラと行商人を突き出したんだけれど、それで別の犯人の居場所がわかったからお前も同行しろって言われたんだ。元は僕が持ち込んだからって」


「それはまた。で、どこに行くのか聞いてもいいのか?」


「うん。モートンっていう商売人の下で働いているリンジーっていう行商人なんだ」


「あいつ何やってんだ!?」


 それまで不機嫌そうに話を聞いていたハンフリーが目を剥いて口を挟んできた。それにユウとトリスタンが驚く。


「ああそうか、ハンフリーもモートンの下で働いてるもんね。知っているんだ」


「そりゃまぁ知ってるが。あいつは何をやったんだ?」


「チンピラを使った拉致及び監禁だよ」


「あいつホントに何やってんだ!?」


「そのリンジーって人、普段からそんなことをしている人なのかな?」


「そんなわけねぇよ。あいつは何をしてもダメなヤツなんだ。使えないって仲間内じゃ有名だぞ。拉致や監禁なんてできる度胸も能力もあるもんか」


「えぇ、そんなに駄目な人なんだ。ということは、もう1人の人に引きずられたのかな」


「そうなんじゃねぇの。バッカだなあいつ」


 吐き捨てるようにしゃべるハンフリーをそれまで黙って見ていたジョッシュがユウに顔を向けた。そうして窺うように話しかける。


「そっちは代行役人と一緒にモートンのところへいくつもりなのか?」


「そうだよ。官憲を今呼びに行っているところで、そのうち戻ってくるんじゃないかな」


「どうせならみんなで一緒に行かないか?」


「え、一緒に?」


「おいジョッシュ、てめぇ何考えてやがる」


「行く先が同じなんだから、別に一緒に行ってもいいだろ。旅は道連れって言うしな」


「はっ、町の中で旅もクソもあるかよ。どうせ官憲様のご威光をあてにしてんだろ」


「自分もやったことだから、こういうことはすぐに勘付くんだな」


「んだとてめぇ」


「トリスタン、とりあえずこの2人を外に出しておいて」


「わかった」


 本日何度目かの喧嘩が始まりかけたことを察知したユウは相棒に処理を任せた。こんな音が響きやすいロビーで大声を上げさせるわけにはいかない。


 騒がしくなりかけた雰囲気が再び静かになると、今度は代行役人がやって来た。隣に官憲が歩いている。


「こいつが同行する冒険者なのか」


「そうだ。先日の密輸組織の壊滅にも一役買ったヤツだぞ。例の隊商に混じってた冒険者の片割れだ」


「ああ、あの。なるほど、わかった」


「ユウ、今回の町の捜査では俺は脇役だ。中心になって働くのはこっちだから覚えておくんだぞ。それでは行くか」


「待ってください。実はちょっと微妙な話があるんです」


「またか、お前はいつも厄介そうな話を持ってくるな」


 呆れた様子で声を上げた代行役人と興味深そうに眺めていた官憲にユウはジョッシュたちのことを話した。ハンフリーとの諍いも含めてだ。


 話を聞いた官憲がユウに問いかける。


「同行するというが、その3人の目的はなんだ?」


「あ、そういえば聞くのを忘れていました。商品の代金を巡る話なのは確実なんですが」


「まぁいい。外にいるんだな? 1度話を聞こう」


 真面目な表情を崩さないまま官憲はうなずいた。代行役人は仕方ないという様子だが反対はしてこない。


 話がまとまると3人は庁舎を出た。すると、ジョッシュとハンフリーがすぐ近くで口論している。


 内心で頭を抱えたユウだが放っておくわけにもいかない。官憲を連れてきたと言って間に割り込んで諍いを中断させる。


 2人の反応は違った。ジョッシュはすぐさま官憲に自分の窮状を訴え、商品の代金の回収に協力してくれるよう懇願した。一方、ハンフリーの方は腕を組んでそっぽを向いている。


「トリスタン、そっちは3人で集まって何をするつもりなの?」


「ハンフリーに納品した商品を確認するために出向くところなんだ。実際に見たら本当に不良品かどうかわかるだろう?」


「なるほど、それなら確実だね。最初からそうすれば良かったんじゃない?」


「それがハンフリーの奴、妙に嫌がるんだよな。あの様子じゃ不良品っていうのは嘘なんだろうけれど」


「でも、結局行くことになったんだ」


「ジョッシュが俺を使ってハンフリーを脅かしたんだ。前に自分がやられたことらしい」


「それで一発くらい殴ったと」


「やっていないよ。庁舎内でそんなことをしたら即捕縛じゃないか。後でお前がいないときに根城に行くぞってジョッシュが脅したら、渋々従ったんだ」


「どっちもどっちじゃないか」


 甲乙付けがたいひどさにユウは肩を落とした。自分が直接関わらなかったことを心底喜び、同時に相棒が未だに関係していることを嘆く。


 相棒側の事情を聞いていたユウはジョッシュと官憲の話がまとまったことに気付いた。どうやら一緒に行くことになったらしい。


「さすがお役人様! こういうときはとても頼りになりますね!」


「同行するだけで協力するなんて一言も言ってないぞ」


「承知していますとも! でも、不正があった暁にはしょっ引いてくださいよ」


「けっ」


 脇で話を耳にしていたハンフリーが唾を吐いた。ジョッシュはそれを楽しそうに見ている。ハンフリーが不正をしている可能性は高いが、だからといってジョッシュを擁護しようという気持ちがユウには湧いてこなかった。


 ともかく、総勢6人で目的の場所であるモートンの拠点へと向かう。建物を丸々1棟借りており、その中にモートンを始め何人かの行商人が集まっているのだ。ここを中心としてモートン一派はあちこちで商売をしていた。


 その建物は町の北東部にある。商工房地区でも倉庫街に近い場所だ。大通りから路地へと入り、建物から建物の間を抜けてゆく。


 この辺りの風景はユウもほとんど見た記憶がなかった。町に住んでいるときでもこの地域にはあまり用がなかったので出向く回数が少なかったのだ。物珍しげに周囲を見回す。


 先頭をハンフリー、次がジョッシュとトリスタン、その後ろが代行役人と官憲、そして最後尾をユウが歩いた。大通りでもちらちらと周囲の人々に目を向けられていたが、この辺りの路地だと更に興味深げな視線を向けられる。代行役人と官憲という組み合わせが珍しいからなのは間違いなかった。


 やがて4階建ての建物へとたどり着いた。全体的に古びている。しかし、人の出入りは割とあった。商人風の男たちが忙しそうに働いていた。


 そんな男たちの1人がハンフリーに気付く。最初は興味なさげだった表情だが、その背後を見て固まった。ジョッシュとトリスタンの背後に代行役人と官憲が並んでいたからだ。その様子に気付いた他の男たちも最初の男の視線をたどり、同じように固まる。やがて外に出いているほとんどの男たちが手元の作業を止めてハンフリーたちに注目した。


 自分の根城に近づくにつれてハンフリーの表情は歪んでいく。いつの間にか体は震えていた。


 その背後を歩くジョッシュは得意気な顔をしている。今まで散々自分を相手にしなかった行商人をいよいよ追い詰めたからということは明らかだ。隣を歩く微妙な表情のトリスタンに小声で話しかける。


「もう少しで報酬を払ってやれるからな」


「それは嬉しいね。できれば全額支払ってほしいんだが」


「少し額を抑えたら、オレの妹を好きにできるぞ」


「妹をそんな風に使うなよ」


「何を言ってるんだ。お前だって契約に同意しただろ」


 嫌らしい笑みを浮かべたジョッシュが好色そうな目を向けると、トリスタンは嫌そうに目を背けた。


 最後尾を歩くユウはわずかに漏れ聞こえたその話を聞いて顔をしかめた。代金の不足を補うための最終的手段だったはずのものをジョッシュは報酬を値切るための手段に利用しようとしている。


 ジョッシュの在り方に嫌悪感を抱いたユウはため息をついた。

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― 新着の感想 ―
今回は被害者という形になってますがジョッシュもハンフリーと同じで長らくお付き合いしたいタイプではないですね
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