反撃のときは今
庁舎のである会議室の中の雰囲気は弛緩した。トリスタンとジョッシュが投獄された問題は解決し、釈放されることになったのだ。アーチボルトの主導によってグレゴリーも不問となり、庁舎の部署間での争いも回避できた。ユウとしては満額の回答である。
一方、ハンフリーは怒りに震えていた。自らの発言により自滅したのだから怒りをぶつける先もない。殴打と悲鳴の件が計画的なものであるのならば、正しく策士策に溺れるだ。
そんな室内の様子を一通り見たユウはトリスタンに顔を向ける。
「やっと終わったね」
「まったくだな。今回は何もしていないんだが疲れたよ」
「もうこんな怪しい依頼は受けたら駄目だよ。次は町の入場料くらいは請求するからね」
「はは、頑張って拒否するよ。でも、ここまで大事になるとは思わなかったんだよなぁ」
「最初はどんな風に考えていたの?」
「いやな、行商人同士の争いだって聞いていたから、せいぜい相手の護衛と張り合うくらいだと思っていたんだよ。実際には手を出さない程度のやつ。ところが、蓋を開けてみたらこうだもんな。まさか官憲に連行されるとは思わなかったぞ」
「そうだろうね」
「ユウの方はどうだったんだ? あの知り合いを捜すって依頼は」
「解決したよ。トニーは解放したし、拉致犯のチンピラと行商人は代行役人に突き出した」
「おー、さすがだな」
「大赤字だけれどね。そして、君の捜索で更に追加さ」
最後は少し憮然とした様子で語ったユウはトリスタンに目を逸らされた。一応は悪いと思ってくれているらしいことを知る。
そこで会話が途切れたわけだが、これで室内が再び騒がしくなっていることにユウは気付いた。大声の発生源へと目を向けると、ジョッシュとハンフリーが言い争っていた。
相棒との会話で争いの原因を聞きそびれたユウはアーチボルトへと声をかける。
「アーチボルト様、あの2人は次に何で揉めているんですか?」
「商品の代金のことらしい。そもそもの原因だったか」
「そんなこともありましたね」
自分には関係のないことだったのでユウの反応は鈍かった。やることはやったので早く宿に帰りたい気分だ。
そんなことをユウが考えていると事態が動いた。ジョッシュがアーチボルトへと向き直る。
「アーチボルト様、今度はこいつの不正を正しましょう! そして商品の代金を払わせるんです!」
「私は君とトリスタンが投獄されたことに疑問を持ったから今回動いたんだよ。商品の代金については自分で何とかするように」
「そんな! あいつは嘘つき野郎ですよ? さっきの殴ったかどうかの件でアーチボルト様も騙そうとしたじゃないですか! それを許すんですか?」
「許すも何も、私は最初から騙されてはいないよ。私はトリスタンを解放できればそれで満足だから、これ以上君に付き合うつもりはない」
きっぱりと断られたジョッシュは大きく口を開けて固まった。それを見ていたハンフリーが笑う。
「はっ、バカじゃねぇの? てめぇみたいなのに貴族様がいつまでも構ってくださるわけがねぇだろ! そんなこともわかんねぇからいつまでもザコなんだよ!」
「なんだと! おめぇだってモートン一派の下っ端だろうが! いつまで経ってもうだつが上がんねぇくせに偉そうに言ってんじゃねぇ!」
最初は商品の代金の支払いについての口論だったのが、次第にお互いを罵る罵声へと変わっていった。
うんざりとした様子のアーチボルトが席を立つ。
「今回の件はこれで解決したので、もういいだろう。私は自分の仕事に戻るよ。ユウ、トリスタン、今回は災難だったな」
「助けていただいてありがとうございます」
「いや本当にありがとうございます。下手したら俺も処罰されていたかもしれないなんて思うと、怖かったですよ」
「力になれて何よりだよ。グレゴリー、後のことは任せたよ」
声をかけられたグレゴリーがうなずくのを見たアーチボルトはそのまま部屋を出て行った。それを機にエルヴィスも立ち上がる。
「グレゴリーの旦那、オレも行っていいっすよね?」
「ああ、好きにしろ」
「おい待て、お前どこに行くんだ?」
「どこって、帰るんっすよ。そもそもあんたに雇われたのはあの日1日だけなんだから、当然だろ。本当なら今日の日当もほしいくらいだが、それは勘弁してやるよ」
「なんだと!?」
心底面倒そうな表情のエルヴィスはハンフリーに自分の意見をぶつけると、アーチボルトに続いて部屋を出て行った。これで残るは5人である。
それを見ていたユウは自分も退出することにした。ここにいても良いことなどないからだ。むしろ災いが降ってきそうなのでさっさと退散するべきだとも考える。
「トリスタン、僕たちも行こうか」
「そうだな。俺も疲れたよ」
「おい、トリスタン、お前どこに行くんだ?」
「どこって、これから自分の宿に帰るんだが」
「契約はまだ終わってないぞ。商品の代金を手に入れてないんだからな!」
「契約の代金を回収するまで雇うということなのか?」
「当たり前だろう! このクズが次は何をしてくるのかわからんからな!」
「ジョッシュ、あんた俺に支払う報酬の件を覚えているか?」
「ああ、えっと」
「1日銀貨5枚でかかった日数分支払いで、足りない分はベティが体で支払うんだぞ? たぶん都合良く考えているんだろうが、契約が成立して今日で4日目だからな」
「トリスタン、定価で契約していたんだ」
目を白黒させたジョッシュからトリスタンに顔を向けたユウはつぶやいた。現時点で金貨2枚分の報酬である。
「俺としてはあの日1日だけ雇われたつもりでいたから銀貨5枚を請求するつもりなんだが、代金を回収するまで継続して雇うというのなら、この4日分も請求するぞ?」
「そんな、ほとんど牢獄に入っていただけじゃないか」
「場所がどこかだなんて関係ないだろう。俺はジョッシュの側をずっと離れなかったんだから、代金を回収するまでというのならば契約は続行中と見做すべきだ」
「お前、俺が尋問されてたときには側にいなかっただろうが」
「ハンフリーとその雇った護衛から身を守るというのが契約の条件だったんだから、別に官憲の尋問で別れても問題ないだろう。契約外のことなんだから」
実際にどんな契約を結んだのか知らないユウは事態の推移を見守るしかなかった。しかし、ジョッシュが反論してこないところを見るとトリスタンの主張の方が筋が通っているらしい。
震えるジョッシュが何とか口を開く。
「せめて、初日と今日の2日にしてくれないか?」
「どうしたものかな。ユウ?」
「いや、僕に聞かれても。トリスタンが結んだ契約なんだし」
「確かに。それじゃ、それでいいぞ、ジョッシュ」
「ということは、トリスタンはこのまま残るんだ」
「うん、まぁ、そうなるかな。悪いな」
「いやいいけれど。今度は捕まらないでよ。探すとなったら費用を全額請求するからね」
「お、おう」
まだ続ける気なのかとユウは内心で肩を落としたが、自分も最後まで知り合いの依頼をしたことを思い出した。少なくともトリスタンは報酬を取りっぱぐれないように立ち回っている。
小さなため息をついたユウは1人で退室した。扉の両隣には相変わらず官憲が立っている。こちらを見ようともしなかった。
薄暗い通路を歩いてユウはロビーへと出る。ようやく一段落したがあまり気分は晴れなかった。
さっさと宿に帰ろうと思ったユウは庁舎の出入口へと向かう。あと少しというところで目の前の扉が開いた。入ってきたのは冒険者ギルド城外支所で見慣れた代行役人だ。
突然のことに目を丸くしたユウだったが驚いたのは相手も同じらしい。わずかにじっと見つめられる。
「お前、ユウか? こんな所で何をしてるんだ?」
「仲間のトリスタンを捜していたんです。さっき問題が片付いて一緒に帰れると思ったんですが、まだ仕事があるということで別れてきたんですよ」
「ああそうなのか。なんだか厄介なことになっていそうだな」
「そちらはどうしたんですか? 町の中は担当ではないですよね」
「お前が前に捕まえた連中がいるだろう。あのチンピラどもと行商人。連中を締め上げたらリンジーという行商人の居場所が掴めたんだ」
「町の中だったんですか」
「商売人のモートンの下で働いているらしい」
「またモートンなんだ」
「なに?」
自分のつぶやきに代行役人が反応したのでユウはそのあらましを語った。すると代行役人が苦笑いする。
「お前、面倒な件が続くな」
「まったくです」
「そうだ、どうせならお前も一緒に来い。元はと言えばお前が持ち込んだ件だからな」
「えぇ」
にやりと笑った代行役人がユウに言い放った。まさか丸投げした件が戻ってくるなど予想外である。
断りにくかったユウは代行役人の提案を受け入れた。




