庁舎での事情聴取(後)
事情聴取のために官憲の部署にある会議室へと集められたユウたちだが、官憲グレゴリー、行商人ハンフリー、そして傭兵風の男が入ってきた途端にジョッシュとハンフリーの口論が始まった。ユウやアーチボルトなどは驚いたものだが、グレゴリーと傭兵風の男は明らかにハンフリーに友好的でない。
どうにも相手の足並みが揃っていないことに不思議なユウだったが、それはそれとして集まった目的である事情聴取をしなければならない。官憲であるグレゴリーがいらついた調子で口を開く。
「ハンフリー、ジョッシュ、そこまでにしろ。黙って席に着け」
「グレゴリーの旦那、こんなヤツ、さっさとぶちのめしてわからせりゃいいんです!」
「やってもいないことで何をわからせるってんだ!? わかってねぇのはお前だろ、クズハンフリー!」
「いい加減にしろ! 公務執行妨害でどっちも重罪に処すぞ!」
口論していた2人以上の声で怒鳴ったグレゴリーがジョッシュとハンフリーを睨んだ。そこに冗談の気配はない。それを察した2人は渋々席に着いた。
ようやく静かになった室内だが雰囲気は重い。当事者の仲が険悪だから仕方ないのだが、この中で最初に口を開くのはなかなか勇気が必要だろう。
「私はワージントン男爵家のアーチボルトだ。今回、皆にここへ集まってもらったのは私の要望だ。事の始まりは、以前一緒に仕事をしたことのあるトリスタンが投獄されたということを私が偶然知ったことだった。そこにいる黒髪の青年ユウが庁舎にやって来たのがきっかけなわけだが、牢獄でトリスタンの雇い主のジョッシュと官憲のグレゴリーの意見が異なっていてね、事実を確認する必要が出てきたんだ」
最初に言葉を発したアーチボルトに対する反応は様々だった。ユウとトリスタンは知っていることなので平然としており、ジョッシュは期待に満ちた目を向けている。一方、連れてこられたというハンフリーは目を剥いており、傭兵風の男はわずかに嫌そうな顔をしていた。
一拍おいてからアーチボルトが言葉を続ける。
「これから色々と話をすることになるが、まずは全員名乗ってもらおうか。誰が誰だかわからなければせっかくの主張や証言も怪しげに聞こえてしまうからね」
恐らくこの中で最も主導権を握りやすいアーチボルトが全員に促した。さすがに名乗りを拒否する者はおらず、全員が順番に名乗ってゆく。これにより、ユウは傭兵風の男がエルヴィスだということを知った。
名乗りが終わるとアーチボルトが話を再開する。
「では、本題に入ろう。まず最初に、今回の焦点はジョッシュがハンフリーを殴ったのかという点だ。ジョッシュとトリスタンが連行された原因だからな。ここがはっきりとすれば、今後の話し合いがやりやすくなる。2人は取り引きのことで揉めているようだが、それに関しては一旦棚上げだ。ここでは、あくまで殴ったかどうかだけを話し合う。全員、いいな?」
口を閉じたアーチボルトが1人ずつの目を見ていった。反対意見は誰からも出てこない。満足そうにうなずくと話を再開する。
「それでは事情聴取を始めよう。本来はグレゴリーが主導するべきことだが、彼にも確認しなければならないことがあるから、今は私が中心になって話を進める。まずはハンフリー、君は殴られたと主張しているが、当時どんな風に殴られたんだ?」
「さっきみたいな言い合いをしていた最中に突然腹を殴られたんですよ。それから突き飛ばされましてね、こう、仰向けに倒れたんです」
「それ以上は何もされなかった?」
「そのときちょうど通りかかってくれた官憲に助けられたんですよ」
「それがグレゴリーというわけだね」
確認の言葉にうなずいたハンフリーを見たアーチボルトはグレゴリーに顔を向けた。そうして問いかける。
「グレゴリー、君はそもそもどうやってこの2人の諍いに気付いたんだ?」
「馬鹿でかい声で言い合っていたので見に行きました。最近では殴り合いに発展することも珍しくなかったので。それで、案の定悲鳴が上がったので駆けつけたら、そこのハンフリーが倒れていたんです」
「次にジョッシュ、君から見た話を聞こう。口論していて、ハンフリーが倒れる少し前から教えてくれ」
「オレとそいつが言い合ってると、そっちのエルヴィスっていう傭兵が近づいて来たんです。殴りに来たのかと思って冷や冷やしましたが、雇ったトリスタンが間に割って入ってくれてね、そのまま引き離してくれたんですよ。そうして安心して言い返そうとしたら、そいつが突然悲鳴を上げて地面に倒れやがったんです。最初は一体何が起きたのかさっぱりわかりませんでしたよ。それで呆然としてたら、突然そっちにいるグレゴリーっていう官憲がやって来てオレを逮捕したんですよ。もう何が何やらわかんなくて」
途中で興奮しかけたジョッシュだったが、最後はため息をついて冷静さを維持した。それを見ていたユウも体の緊張を解く。トリスタン側の人に自滅されるのは何としても避けたい。
うなずいたアーチボルトは続いてエルヴィスへと声をかける。
「次にエルヴィス、君はどうしてジョッシュに近づいたんだ?」
「そっちの旦那が今にも殴りかかりそうだったからっすよ。仕事柄、そういうのは何となく勘が働くんでね。でも、そっちの用心棒に妨害されちまいましたが」
「ハンフリーが殴られたとき、君はそれを見ていたかな?」
「いいえ、相手の用心棒を見てたんで。悲鳴が上がったときはしまったって思いましたね」
「では、トリスタン、君の話を聞こう」
「そこの2人の口論を見ていたら相手の護衛が近づいて来たんで間に入りました。あの状態で近づけさせるのは危険だと思ったんで引き離したんですが、そのときに悲鳴を聞きましたよ」
「殴られたところは?」
「見ていないです。ほとんど背を向けた状態だったんで」
最後にトリスタンの言葉を聞き終えたアーチボルトはため息をついた。グレゴリー、エルヴィス、トリスタンの3人ともが決定的な場面を見ていないことが判明したからだ。まさか一通り聞いた意見がすべて役に立たないなどとは考えていなかったのだろう。
話を聞いていたユウはあの小間使いの証言はかなり決定的な証言になることをこのとき理解した。今ここで開陳しても良いのだが、とりあえず意見がすべて出るまで待つことにする。何より、アーチボルトがまだ開陳していないのだ。言うべきではないだろう。
「グレゴリー、誰も見た者がいない状態でジョッシュを犯人と判断した理由は何か?」
「ハンフリーが倒れて窮状を訴えている以上、まずは関係者を押さえる必要があると判断しました。この場合、容疑者のジョッシュが最も逃亡の可能性が高いためにその身柄を拘束しました」
「それで、ジョッシュが殴ったという証拠か証言は何か出てきたのか?」
「現在、鋭意捜査中です」
「今のところ、証言する者を見つけられていないということなのか?」
「まぁ」
「これからも捜査を続けて、証言者は見つけ出せると思うか?」
「難しいのではと思われます。4人が揉めていたことを証言する者はいくらでも出てくるでしょう。しかし、肝心のジョッシュがハンフリーに暴力を振るった場面は一瞬だったので、目撃者がいるかは怪しいと考えます」
じっと話を聞いていたユウはそうだろうなと思った。グレゴリーからすると、下手に本当の証言など出てきてもらっては困るからだ。恐らく捜査もやっていないかいい加減かのどちらかなのは想像が付く。
小さく息を吐いたユウはハンフリーに目を向けた。無表情を取り繕おうとしているが、かすかににやけているのがわかる。グレゴリーが頑張る限り、彼は安全なのだ。
少し考えた後、アーチボルトはグレゴリーに更に問いかける。
「ジョッシュとトリスタンはいつまで拘束するつもりなのだ?」
「捜査にある程度目処がついてからです」
「それはいつなのだ?」
「具体的な数字では申し上げられません」
「では仮に、このまま証拠や証言が見つからなかった場合、ジョッシュとトリスタンはどうなるのだ?」
「そのときの状況次第です。捜査を進めればいくらかでも判断材料が出てくるかもしれません。それを集めて総合的に判断を下します。もちろん、本人の態度も含めてです」
発言中、グレゴリーはちらりとジョッシュへ目を向けた。両手を握って長机に押さえつけていたジョッシュが口を開けようとして再び閉じる。態度次第で評価が悪くなった結果罰を受けかねないと言われればジョッシュといえども爆発できない。
気付いたら息が詰まりそうになっていたユウはこっそりと深呼吸をする。アーチボルトがどうするつもりなのかわからない。
ユウは事態の推移を不安そうに見守った。




