表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第31章 行商人の悲喜こもごも

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

903/907

庁舎での事情聴取(前)

 翌朝、ユウは二の刻に起きた。朝の準備を済ませるとすぐに自伝の執筆に移る。約束の時間は五の刻なのでそれまで手が空いているからだ。出発までに1枚書き上げることを目標にする。昼食を保存食にすることでその目標は達成できた。


 昼下がりを過ぎた頃、ユウは宿を出る。常宿から町の中の庁舎までの直線距離で考えると徒歩で大した時間はかからない。しかし、町の中に入るときは間に検問所があるため、ここでの待ち時間を考慮する必要があった。昼間の列は長いのだ。


 空は相変わらずの曇り空だが、その色は濃い。何やら雨が降りそうな雰囲気である。そろそろ梅雨の時季なのでいつ降り出してもおかしくはなかった。


 そんな不安定な天気の中、西端の街道まで出たユウは検問所の検査待ちの行列に並ぶ。今日も貧者の道との合流地点辺りまで伸びていた。何事もなく次々に検査が終わるなら良いが、誰かが引っかかると待ち時間が一気に長くなる。たまにあることなのでここは祈り時だ。


 日頃の行いが良かったのか、このときの行列は順調に進んでいった。たまに大声が上がるときもあったが、そのときはすぐに脇へと追い出されて次の者へと巡っていく。


 やがてユウの番となった。番兵は昨日と同じである。


「次、またお前か。昨日入ったんじゃなかったのか?」


「それで出たんですよ」


「連日用があるなら中で泊まればいいだろうに。貧民の労働者と違って、お前は毎回入場料がかかるだろう」


「そうなんですが、僕にも色々と都合があるんです」


「銀貨1枚分の都合ね。結構なものみたいだな。入って良し」


 大した問答をすることもなく、ユウは番兵の許可を得た。入場料を支払って跳ね橋を渡る。町の中の風景は昨日と何も変わらなかった。


 大通りをまっすぐ北に進んで中央広場に出ると、ユウは西へと向かう。広場の東にある立派な建物を目指し、庁舎の中へと入った。


 庁舎のロビーは相変わらずである。ユウは真っ先に人があまり通らない場所へと移る。無闇に人に近づいて嫌な顔をされるのは面白くないのだ。


 五の刻の鐘が鳴った。割と大きく鳴り響いている。隣にあるパオメラ教の神殿が鳴らしているからだ。役人たちは平気な顔をしているので皆慣れているのだろう。


 そろそろ約束の時間になった。後はアーチボルトがやって来るだけである。どのくらいでやって来るのかはユウにもわからない。仕事の都合によってはかなり遅れる可能性もある。時間きっちりに人が揃うことなどまずないことは常識なので、多少遅れても咎める人はいないし、遅れてくる方も当然という態度でやってくるのだ。


 それでも下の立場の人間が上の立場の者を待たせるのは良くないのでユウは早めにやって来た。後はひたすら待つだけである。


 いくらか待った後、ユウはアーチボルトが近づいて来るのを目にした。思ったよりも早いことに内心喜ぶ。


「こんにちは、アーチボルト様」


「やぁ、それでは早速行こうか」


「どの部屋かご存じなんですか?」


「まさか。そこの案内係に尋ねるんだよ」


 合流したアーチボルトは笑顔で受付カウンターへと近づいた。ユウが後に続いて様子を窺っていると受付係が引きつった顔でこちらを見ている。


「本日、牢獄に囚われているジョッシュとトリスタンに関する話し合いをグレゴリーとすることになっているだが、その部屋に案内してもらえないだろうか」


「わかりました。こちらです」


 怖々とアーチボルトに返事をした受付係が立ち上がった。そうして受付カウンターに沿って進んでゆく。ユウとアーチボルトはその後を追いかけた。


 昨日とは別の通路に入ったユウは最後尾を歩く。そこは全体的に暗かった。先導する受付係に従っているとやがてひとつの扉の前で立ち止まる。扉の両隣には2人の官憲が無言で立っていた。2人が逃げないように見張っているのだろう。


 中に入ると、10人ほどが入れる会議室だった。冒険者ギルド城外支所とは違って上等な長机と背もたれのある椅子が綺麗に並べられている。


 そのうち、2つの席に先人が座っていた。トリスタンとジョッシュだ。ユウとアーチボルトの姿を目にすると目を輝かせる。


「ユウ、やっとだな!」


「そうだね、トリスタン。牢獄の中の生活ってどうだった?」


「なかなかひどかったな。飯はまずいし、他の連中はうるさいし、音がする度に響くのは結構鬱陶しかった。まぁ、下水道ほど臭くなかったのは救いだけれどな」


「あれは別格だよね。拷問なんかはされなかったの?」


「俺たちの場合はそういうのはなかったな。特に俺はおまけで連行されたみたいだし、結局捕まってからずっとあの牢獄の中に入りっぱなしだったぞ」


「いらないのなら、すぐに釈放してくれたら良かったのにね」


「まったくだ。腹立たしいよな」


 いつの間にか案内をしてくれた受付係がいなくなっていたのを気にもせず、ユウはトリスタンと話をした。こうやってまともな場所でまともな会話をするのが随分と久しぶりのような気がする。


 一方、その隣ではジョッシュがアーチボルトに自分がいかに不当な扱いを受けていたのかを切々と訴えていた。ジョッシュからするとこの貴族は文字通り命綱に見えるのだろう。何としても助けてもらおうという強い意志を感じるしゃべりだった。


 もっとも、話を聞いているアーチボルトの方は困惑している。元々トリスタンのために動いたようなものなので、昨日初めて会った人物に迫られても困るだけなのだ。たまにユウとトリスタンへ目を向けているのは気のせいではない。


 本来、この中ではユウがベティから頼まれているのでジョッシュはユウを頼るのが筋である。ただ、やはり力関係に圧倒的な差があるのは明白なのでジョッシュの目が貴族に移るのは仕方がないことだ。ユウとしてもこの騒がしい兄妹の興味から外れることは喜ばしいことなのでジョッシュを諭すことはしない。


 ただし、いつまでもこのままというわけにはいかなかった。ユウはアーチボルトから引き離すため、ジョッシュに声をかける。


「ジョッシュ、聞きたいことがあるんだけれど」


「なんだ?」


「今日はグレゴリーという官憲とは会ったの?」


「いや、会ってないな。五の刻の鐘が鳴ったら扉の2人がやって来て、この部屋まで連行されたんだ。それで今の通りというわけさ」


「トリスタンはずっと牢獄に入れられっぱなしだったそうだけれど、ジョッシュはどうだったの?」


「最初はここより狭い部屋に連れて行かれて、あのグレゴリーっていうヤツにハンフリーを殴ったと認めろって言われたんだ。もちろん拒否したんだが、そうしたらアイツ、オレの腹を殴りやがったんだぞ。それでまたあの地下に戻されたんだ」


「犯行を認めるように迫っただけなんだ。代金を諦めろなんて言われていないの?」


「それは言われてないなぁ。もちろん言われても断っただろうがな」


 話を聞いたユウはわずかに首を傾げた。グレゴリーがハンフリーとどのくらい繋がりがあるのか今もわからないが、もしかしたら案外その繋がりは薄いのではと推測する。可能性として、あくまでもジョッシュを捕まえることだけ頼まれたのかもしれない。これは結構重要なことかもしれないと考えた。


 そうやって4人で話をしていると部屋の扉が再び開く。全員がそちらに顔を向けると3人の男が入ってきた。先頭は官憲のグレゴリーで、次いで行商人風の男、最後に傭兵風の男だ。後ろの2人は面白くなさそうな顔をしている。


「ハンフリー! お前よくもここに来られたもんだな!」


「うるせぇ! 好きで来たんじゃねぇよ! おめぇのせいで連れてこられたんだ!」


 3人が入室してすぐにジョッシュと行商人風の男との口喧嘩が始まった。今にも掴みかからんばかりの勢いだ。この後すぐに殴り合いが発生したと言われても納得できる。もしかしたら本当にジョッシュはハンフリーを殴ったのではとユウなどは一瞬思った。


 同時に入室してきたグレゴリーはかなりいらついており、傭兵風の男は冷めた目で口論している2人を眺めている。この3人が強い結束で結ばれているわけではないことは誰の目にも明らかだ。


 目の前の光景を目の当たりにしたユウは予想と違う3人の態度に戸惑った。もっと一致団結してこちらに対抗してくると考えていたのだ。何がどうなっているのかわからない。


 その驚くべき光景からちらりと視線を外したユウはアーチボルトを見た。こちらも驚いている。ただ、ジョッシュとハンフリーの口論の激しさに対してなのか、3人の結束力の弱さについてなのかまではわからない。トリスタンはうんざりとした様子だった。


 色々と予想外の状況に困惑するユウだったが、これなら案外何とかなるのではと考える。とりあえず状況を見守ることにした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ