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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第31章 行商人の悲喜こもごも

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話を聞いた人たちの反応

 庁舎を出た後、歓楽街に向かったユウはジョッシュの居場所をベティに伝えた。その後の話で厄介なことになったので半分逃げるように娼館を去ったが、ともかくこの日はできることをすべてやりきる。


 疲れた表情のユウが空を見上げるとまだ昼間のようだ。しかし、歓楽街の路地に通行人が増えて来ていたことから六の刻が近いことを知った。もうそろそろ町の外に出ないと門が閉まってしまう。


 歓楽街から商工房地区へと移ったユウはそのまま路地を北向きに歩いた。やがて大通りに出ると右手側に東門が見える。町の中で1日の仕事を終えた貧民の労働者が町の外へと向かっているのだ。ついでとばかりにその流れに乗る。


 門を通り抜け、跳ね橋を渡ったユウは境界の街道に入った。町の外に出たのである。そのとき、町の中から六の刻を知らせる鐘が鳴り始めた。


 ユウとしてもこれで本日の仕事は終了である。最近は徹夜をすることもあったが、ああいうのは町の仕事では原則しないようにしていた。


 貧者の道に移ったユウはそのまま人の流れに沿って南へと歩く。更には安酒場街の路地に入って目的の場所へと向かった。往来する人の数が多くて少し歩きづらい。


 安酒場『泥酔亭』にようやくたどり着いたユウは中に入った。店内は盛況でほとんど席が空いていない。それでも何とか席を見つけて向かう途中、エラに会う。


「いらっしゃい。いつものでいいかしら?」


「頼むよ。僕はあっちのカウンター席に座っているから」


 すれ違うときに足を止めたユウは言葉を交わしてから再び歩いた。エラがそのまま別の場所へと去ってゆく。歩いている途中でも客から注文を受けて忙しそうだった。


 カウンター席に座ったユウは大きく息を吐き出す。体力的にはともかく、精神的には結構疲れた1日だ。


 ぼんやりとしていると目の前に料理と酒が次々と置かれていった。カウンターの向こうを見るとタビサが目に入る。


「随分とお疲れのようだね」


「気疲れが主な理由ですけれど」


「ユウ、悪いが早くお代をくれないかい。次がつかえてるんだよ」


「ああすいません。今すぐ出します」


 ぼんやりとしていたユウは懐から注文の品の料金を取り出してタビサに手渡した。昨日までは労働力で支払っていたのですっかり抜けていたのだ。


 料金を受け取ったタビサがカウンターの奥へ引っ込んだ後、ユウは料理を食べ始めた。エールを飲んで落ち着いてから肉に取りかかる。口の中に広がる肉汁がたまらない。


 このときのユウの夕食はひどくゆっくりとしたものだった。珍しく体を動かすのが億劫だったのだ。食欲自体はあるので食べ残すことはなかったが、完食するのにいつもの倍以上の時間がかかる。


 食事を終えてからのユウは木製のジョッキを掴んだままぼうっとしていた。やることもないので放心している。気疲れだとしてもここまで呆けるのは珍しい。


 そんなユウにサリーが話しかけてくる。


「珍しいわね。あんたがそこまでぼんやりとしているなんて」


「え? ああ、うん。そうだね。自分でもそう思う」


「なんだかボケたお爺さんみたいじゃない」


「ひどいな。今忙しい時期なんでしょ。僕としゃべっていても良いの?」


「お客なら半分ぐらいいなくなったわよ、周りを見てみなさいな」


 促されるままにユウは周囲へと目を向けると確かに席の半分ほどが空いていた。結構時間が過ぎていたらしい。


 ため息をついたユウが木製のジョッキに口を付けるとサリーが心配そうな顔をする。


「もしかして、トリスタンの捜索がうまくいってないの?」


「いや、そんなことはないよ。居場所はわかったんだ」


「良かったじゃない。もう帰ってきたのかしら?」


「まだ牢獄の中だよ」


「へぇ、え!? ちょっとどういうことよ。どうしてトリスタンがそんな所にいるの?」


「町の中で個人の依頼を引き受けたらしくて、その巻き添えで捕まったらしいんだ」


「個人の依頼って? 冒険者ギルドの依頼じゃなく?」


「そうだよ。ちょうど先日僕が引き受けたアビーからの仕事みたいなものだよ」


「それで官憲に捕まるってわからないわね」


「本人も良くわかっていなかったよ。ただ、事情を聞くと何やら行商人同士の揉め事に首を突っ込む形になったみたいで、それで面倒なことになっているみたい」


「いやねぇ。商売だけしてればいいのに。ということは、明日も町の中に行くの?」


「行くよ。五の刻にね」


「大変ねぇ。そういえば、町の中に入るには入場料が必要じゃない。お金は大丈夫なの?」


「仕事さえあれば銀貨1枚なら1日で稼げるからそこまで困っていないよ」


「羨ましいわ。もっとうちにお金を落としていってちょうだい」


 笑顔を向けてきたサリーにユウは愛想笑いを返した。毎日食事をしているのだから勘弁してほしいと思う。


 その後、もう少し雑談をしてからユウは席を立った。




 満腹のユウが安酒場『泥酔亭』を出たのは七の刻過ぎだった。梅雨目前の今だとこの時間でもまだ日没を迎えていない。さすがに雲の合間から見える空は朱いが、完全に暗くなるのはもう少し先である。


 安酒場街を出たユウは貧者の道を西へと歩いた。工房街、市場と通り過ぎて宿屋街に差しかかると路地に入る。1日を終えた冒険者たちが自分の宿を目指して歩いていた。


 そんな中を歩いてユウは宿屋『乙女の微睡み亭』に戻る。受付カウンターにはアマンダが座っていた。


 部屋の鍵をもらうべくユウはアマンダに声をかける。


「アマンダさん、鍵をください」


「はいよ。随分とお疲れの様子じゃないか」


「精神的な疲れですよ。気疲れっていうのかな」


「トリスタンを捜すのはそんなに大変だったのかい? そういえばいないようだけど」


「居場所はわかったんですけれど、まだ釈放されていないんですよね」


「釈放? なんだい、牢獄にでもいるのかい?」


「実はそうなんです。町の中で官憲に捕まって、庁舎の牢獄に入れられているんですよ」


 目を丸くするアマンダにユウは今日の経緯を簡単に説明した。町の中に入り、娼館と賭場を回り、商工房地区で聞き取りをし、そして庁舎の牢獄で相棒と再会をする。まるで旅のときのように丸1日歩きづめだった。


 話を聞き終えたアマンダが首を横に振る。


「思ったよりも大変だったんだねぇ。あたしはてっきりもっと簡単に見つかって帰って来ると思ってたんだけど」


「1日で見つかったんでまだ良かった方だと思いますよ。問題はここからですけれど」


「そうだね。トリスタンだけなら先に出してもらえそうな気がするんだけど、なかなかうまくいかないようじゃないか」


「明日でどうなるか決まりますので、何とか出してもらえるように頑張ります」


「そうするんだね」


「おかーさん、今日の仕事は終わったわよー! って、ユウじゃない。帰ってきたんだ」


 通路から現われたベッキーが元気に声をかけてきた。それに対してユウはやや元気なさそうに返事をする。


「あれ? トリスタンはまだ帰って来ないの?」


「明日の予定だよ」


「なーんだ、やっぱり娼館に入り(びた)っていたんじゃない」


「そうじゃないんだ。実はね」


 誤解した様子のベッキーに対してユウは事のあらましを簡単に説明した。アマンダのときよりも雑になったが、さすがに何度も人に説明しているとそうなってしまうものだ。


 一応過不足なく今日の出来事をユウは伝えたが、聞き終えたベッキーは仕方がないという風に首を横に振る。


「トリスタン、どうしてそんな依頼を受けたのかしらね?」


「色々あるって言っていたかな」


「バカねぇ。女が体で払うなんていうときは、まずロクでもないときなのに」


「ベッキーは身に覚えでもあるの?」


「あるわけないでしょ! これでも身持ちは堅いんだから!」


「どこでそんな話を聞いてきたのかなぁ」


「ふふん、みーんなそう言ってるわよ。ユウも気を付けることね!」


 なぜか得意気に諭されたユウは力なく笑った。ちらりとアマンダに目を向けると首を横に振っている。どうやらませたい年頃らしい。


 そんなベッキーにアマンダが声をかける。


「仕事が終わったんならさっさと寝るんだよ。明日も早いんだから」


「はーい。それじゃ、ユウ、おやすみー」


「おやすみ。明日も頼むよ」


 受付カウンターから離れてゆくベッキーを見送るとユウはアマンダに向き直った。そして、鍵を受け取る。


「それじゃ、僕も部屋に戻ります」


「ゆっくり休むんだよ。そうだ、明日は早いのかい?」


「いえ、町の中に行くのは昼からですから、朝はずっとここにいますよ」


「そうかい、わかったよ。おやすみ」


「おやすみなさい」


 挨拶を交わしたユウは鍵を片手に借りている相部屋に向かった。今日も1人で使うことになる。しかし、明日の夜は2人で使うことになるはずだ。


 そう強く信じつつ、ユウは鍵を開けて部屋の中に入った。

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