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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第31章 行商人の悲喜こもごも

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牢獄での再会(後)

 庁舎の牢獄でトリスタンと再会できたユウは何があったのか事情を聞いた。経緯はともかく相棒の雇い主であるジョッシュの言い分も一緒に耳を傾けたところ、行商人ハンフリーの違法さが際だっていることを知る。


 2人の主張通りならば完全に冤罪であるが、ここで気になるのはグレゴリーだ。この2人の話が事実ならば何かを隠していることになる。もっとはっきりと言うと、ハンフリーと結託しているように思えるのだ。特にハンフリーが倒れた直後に現われたというのが都合良すぎた。


 そんなことをユウが考えていると、アーチボルトが口を開く。


「君たち2人の話はわかった。一部話が食い違っているようだね、グレゴリー」


「そうですね。当時のあいつは怒りに我を忘れている状態に見えましたので、興奮のあまり記憶が曖昧になっていたのかもしれません」


「そんなことはないぞ! あのときのことははっきりと覚えてる!」


「ジョッシュ、静かにしてほしい。それで、グレゴリー、君は自分の意見は正しいと考えているわけだね?」


「はい」


「これは困ったな。どちらが正しいかはっきりとしない」


 顎に手を添えたアーチボルトが考え込むのをユウは見ていた。小間使いの証言を知っているのにそれを伏せたままなのが不思議だ。なぜかと考える。あの証言があればトリスタンとジョッシュが有利になるのは間違いないのだ。通常ならば利害関係のない第三者の証言は有力な情報となる。にもかかわらず、アーチボルトがそれをここで開示しない理由は何なのか。それが今のところわからない。


 いっそのこと小間使いの証言と合わせてアーチボルトの権威で押し切ることをユウは検討する。アーチボルトの父とグレゴリーの上司が友人ならば大抵のことは押し切れるはずだ。


 ただ、気になることがあるとすれば、グレゴリーが何を隠しているかだった。下っ端の役人にふさわしい程度のものならば問題はないが、そうでないと話は変わってくる。特にハンフリーの方が気になった。ユウにアーチボルトがいるように、ハンフリーにも後ろ盾になる人物がいるかもしれない。あるいはモートンとの繋がりの可能性もある。


 色々と考えることで、ユウはアーチボルトがあえて小間使いの証言を開示しない理由が見えてきた。グレゴリーの背後に何があるのか炙り出すためではないかと思えてきたのだ。それなら納得できる。


 結局のところ、判断できるだけの材料が不足していた。それはアーチボルトも感じていたようだ。グレゴリーへと伝える。


「これはハンフリーという行商人の話も聞くべきだな。グレゴリー、連れてきてくれ」


「さすがにそれは。せめて明日にしてもらえませんか?」


「わかった。それなら、明日の五の刻にしよう。そちら側の部署の1室を使わせてもらって、全員を集めて話をしよう」


「承知しました」


「そちら側の部署から参加するのは君以外に誰か来るかな?」


「いえ、私1人の予定です」


「結構」


 これで話はまとまった。明日の昼に全員が集まって話し合うことになる。荒れるだろうなとユウは予想した。


 地下の通路側では話が終わった雰囲気が満ちたところで、ジョッシュが再び叫び始める。


「おい、待ってくれ! オレをここから出してくれ!」


「明日相手も呼び寄せて全員で話し合う。それまでもうしばらく待ってくれ」


「あんた、ユウって言ったか? トリスタンの仲間なんだろう? 今すぐ出してやろうと思わないのか?」


「その言い方だとトリスタンだけしか僕は出さないことになるよ?」


「うっ、それは」


「トリスタン、悪いけれど、もう1日だけ待ってほしい」


「わかった。それ以上伸びないようにしてくれよ」


「トリスタン、お前それでいいのか?」


「どうにもならないんだから、もう1日待つしかないだろう。今叫んだって仕方ないよ」


 牢獄の中で言い合いを始めたトリスタンとジョッシュをそのままにユウたちは地上へと戻ってきた。感じていた息苦しさから解放されたユウが深呼吸する。


 庁舎のロビーの辺りまでやって来るとグレゴリーが最初に別れた。アーチボルトに一礼すると去ってゆく。


 それを見送ったユウはアーチボルトに顔を向けた。すると、話しかけられる。


「なかなか厄介なことになっているようだね」


「はい。僕もトリスタンがこんなことに巻き込まれているとは思いませんでしたよ」


「今回はトリスタンが単独で起こしたことなのかい?」


「起こしたと言うよりも、トリスタンも巻き込まれたんだと思います」


「しかし、君たちが別行動をしているとは思わなかったよ」


「実は、僕は僕で知り合いの依頼を受けていたんです」


 事情に興味を持たれたユウはアーチボルトに貧民街であったことを簡単に説明した。チンピラに拉致された知り合いを助け出し、共犯の行商人を1人捕まえたことを話す。


 聞き終えたアーチボルトは苦笑いしていた。そうして感想を伝える。


「随分と友人思いだね。結構なことだと思う。でも、受け取った報酬がまたささやかじゃないか。私のときはふっかけたのに」


「あれは定価ですよ。それと、知り合いの場合は旧友特価です。普段は断ります。というか、もうやりたくないですね」


「なるほど、1度限りというわけか。まぁ、助け合いにも限度があるからな。しかしこれで、どうしてトリスタンが1人だったのかも納得できた。後は釈放させるだけなんだが」


 そこでアーチボルトは先程のように難しい顔をした。そのアーチボルトに対してユウが疑問をぶつける。


「面会を要求するときは貴族の力を使いましたよね。でも、牢獄では話を聞いただけでしたが、あの違いは何なんですか?」


「面会のときはおかしい言い分を払いのけるためだよ。牢獄のときは単純にもう片方の当事者の言い分にも耳を傾けるべきだと思ったんだ」


「あのグレゴリーという人は怪しそうでしたが」


「ジョッシュとトリスタンの言い分をそのまま聞き入れるならね。でも、あの2人だって自分に都合良く話をしている可能性はあるだろう?」


「まぁ、それは確かに」


「グレゴリーの歯切れが悪いのは、何らかの不正をしている可能性ももちろんあるが、職務上話せないことがあるかもしれない。そのことは考慮するべきだよ」


「なるほど、そういう考え方もあるんですね」


「貴族の権威を使えば最終的に何とかなる場面は多い。でも、最初から振りかざすのは良くないな。ユウだっていきなりそんなことをされたら嫌だろう?」


「ええ、はい」


「他にも、私は官憲とは違う部署の人間だからね。あまり他の部署に介入するのは良くないんだよ。何かあったら逆に自分たちが同じことをされかねないからね」


「ああそうか、そういうことも考えないといけないんですか」


 基本的に個人やパーティ単位で動いているユウは組織内での振る舞いについてアーチボルトに教えられた。自分が便利だと思える力は当然他人にとっても便利なのだ。それに、やられたら同じことをやり返すということも珍しくない。


 少しばつが悪くなったユウは苦笑いする。


「そうなると、アーチボルト様に頼りすぎるのも考えものですね」


「そう考えられるうちはまだ大丈夫だ。さて、そろそろ行かないと。明日の五の刻頃にここで落ち合おうか」


「わかりました。僕もその頃にここへ来ます」


 明日の待ち合わせを簡単に決めるとアーチボルトはその場を去った。その背中を見送ったユウは庁舎を出る。


 中央広場を歩きながらユウは先程までのことを考えた。とりあえず相棒のいる場所がわかったわけだが、そこにはジョッシュもいたわけだ。まだ確実に釈放できると決まったわけではないものの、それに近い状態になったのは確かである。


 このことをベティに伝えようかユウは迷った。正式な契約を結んでいれば当然報告の義務があるわけだが、ベティとの間にそれはない。ただ、不安なままにさせておくのもどうかと思ったのだ。それなのにこれだけ迷っているのは、会うと面倒なことになりそうだとわかっているからである。どうにもベティとの相性はよろしくない。


 散々迷った末、ユウはベティにジョッシュの居場所だけを伝えることにした。さすがに庁舎の中で話したことを伝えると話がややこしくなるだけだと考えたからだ。


 歓楽街の奥へと足を向けたユウは娼館『夜の止まり木』へと入ってベティを呼んでもらった。最初は店の人に客だと勘違いされたが、事情を話してわかってもらう。


 やって来たベティにユウが話をすると安心して涙ぐんだ。そして、兄を牢獄から釈放するよう頼まれる。依頼料を請求すると体で支払うと返されたので断った。ベティは怒ったが、相棒のお相手をした娼婦を抱く気にはなれなかったのである。


 結局、ユウはなるべく努力するという曖昧な返事をするにとどまった。

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