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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第31章 行商人の悲喜こもごも

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牢獄での再会(前)

 庁舎の牢獄にトリスタンとジョッシュが投獄されていることを知ったユウだったが、その2人を連行したグレゴリーに当初面会を拒絶された。ところが、その拒絶をアーチボルトが貴族の権威をちらつかせてねじ伏せる。


 貧民にとっては絶対的な力を持っている役人が手も足も出ない様子を目の当たりにしたユウはおののくが、ともかくトリスタンとジョッシュの2人と面会できることになった。


 怒りと怯えと焦りがない交ぜになった表情を顔に浮かべるグレゴリーを先頭にユウとアーチボルトは牢獄へと向かう。庁舎の隅にある通路を通り、奥へと進み、階段を降りると、篝火(かがりび)の炎が揺らめく地下の通路が現われた。その両側に格子の着いた部屋がいくつか並んでいる。


 その最も奥の鉄格子付き部屋にたどり着くと、中に2人の男がいるのをユウは見た。1人は寝そべっており、もう1人は壁際でうずくまっている。どちらも足音で気付いていたのだろう、既に顔を通路へと向けていた。


 寝そべっていた男が上半身を起こす。


「ユウか! おお、来てくれたんだな!」


「トリスタン、どうしてこんなことになっているの」


「俺もよくわからないんだよな。護衛を引き受けたのはいいが、雇い主の交渉相手の傭兵を押さえていたら、いつの間にか雇い主が官憲に取り押さえられていたんだ」


「色々と言いたいことはあるけれど、壁際に座っている人が雇い主?」


「そうなんだ。ジョッシュっていう行商人なんだけれど」


「妹のベティっていう人から聞いているから名前は知っているよ」


「お前、ベティを知っているのか!?」


「トリスタンを捜す手がかりって、最初は娼館しかなかったから1軒ずつ回ったんだよ。そこでトリスタンの名前を出して聞き回っていたら、話しかけてきてくれたんだ」


「ベティのことを知ってるんだな! なぁ、ここから出してくれ! オレは何も悪いことなんてしちゃいないんだ! ハンフリーのヤツが勝手に倒れただけなんだよ!」


 3日ぶりに会ったトリスタンとユウが話をしていると、勢い良く鉄格子を掴んだジョッシュが横から割り込んできた。その体はすっかり汚れ、町の中の行商人としてはみすぼらしく見える。


 突然の叫び声に少し驚いて目を向けたユウだったが、再びトリスタンへと戻した。すると、相棒は小さく首を横に振るのを目にする。見た目通り精神的に参っているらしい。


 次いでアーチボルトに顔を向けたユウが口を開く。


「とりあえず、無事なのがわかって良かったです。どうして牢獄に入っているのかわからないですが」


「確かにそうだな。グレゴリー、どうしてこの2人をここに入れたんだ?」


「3日前、とある行商人と交渉しているこの者が相手を殴り倒したのを目撃しまし」


「オレは殴ってなんかいない! あいつが勝手に倒れただけだ!」


「うるさいぞ貴様! 黙ってろ!」


「オレは何にもしてない!」


「ジョッシュだったか。静かにしてくれないか? 私は今、グレゴリーの話を聞いているんだ」


「ねぇあんた、偉い人なんだろう? オレの話を」


「ジョッシュさん、とりあえず落ち着こう。話を聞いてくれって言っているあんたが人の話をさえぎったら駄目だろう。この2人は俺たちの話も聞いてくれるから」


 鉄格子にしがみつきながら叫ぶジョッシュの真隣に近づいたトリスタンがなだめにかかった。最初はそれでも叫ぼうとしたジョッシュだったが、次第に落ち着いて口を閉じるようになる。


 ようやく静かになったところで、アーチボルトは再びグレゴリーの話に耳を傾けた。それによると、巡回中にジョッシュとハンフリーが争っているのを目撃し、ジョッシュがハンフリーを殴り倒したので止めに入ったのだという。しかし、トリスタン共々官憲であるグレゴリーに抵抗したのでやむなく捕縛して牢獄に入れたということだった。


 この主張に対し、ジョッシュの意見はまったく異なる。ハンフリーと言い争っていたのは事実だが、最初にハンフリーが自分の傭兵をけしかけ、それをトリスタンが止めて引き離したところ、突然ハンフリーが叫びながら自分で地面に倒れたのだ。しかも、その直後にグレゴリーがやって来てジョッシュを引っ捕らえようとし、止めに入ったトリスタンも同じように捕まったのだという。


 対立する者同士の主張が大きく異なるのは珍しい話ではない。まったく同じ状況を体験した者同士でも受け止め方によっては正反対になることもあるからだ。そのため、両者の意見を聞いたアーチボルトが難しい顔をして考え込んでいる。これだけ聞くならば確かにおいそれとはどちらか片方の意見を持ち上げられない。


 ただ、小間使いの証言を聞いているユウは違った。ジョッシュの主張が事実を表していることをすぐに理解する。グレゴリーは嘘をついているのだ。しかし、それが何のためなのかがわからない。


 単純にトリスタンを助け出すだけならば、トリスタンの身分証明書とアーチボルトの権威を使えばこの場ですぐということも不可能ではないだろう。グレゴリーの話を聞いていると必要なのはジョッシュでありトリスタンは恐らくついでだ。渋々ながらも応じてくれるに違いない。


 こう考えたとき、ユウはベティを思い出した。アーチボルトがやって来る前、あの受付係を何とか説得できたのはベティの身分のおかげだ。これを利用できなければ追い払われていただろう。それを考えると、ここでジョッシュを見捨てるというのはどうにも不義理に思えた。


 そこでユウはジョッシュに顔を向ける。


「ジョッシュ、そもそもあんたはどうしてハンフリーと言い争っていたのかな?」


「最初は、ハンフリーのヤツがオレに大口の注文をしてきたんだ。オレのような行商人にとっちゃ大きな商いは珍しいからな。前払い金も代金の10分の1を支払ってくれたし、いい取り引きだと思って引き受けたんだ」


「残りの代金の支払いはいつの予定だったの?」


「ハンフリーが商品を引き取って検品が終わってからということになってた」


「そこまでは普通だね」


「でも、実際は違ったんだ。あいつ、検品後に不良品ばかりだったと文句を言って残りの代金は支払わないと言ってきやがったんだよ!」


「その場で検品していたんなら、商品を持ち帰ったら良かったじゃない」


「それが、取り引き場所はあいつが指定した倉庫だったんだ。そこにオレが商品を運んで検品させたものだから、あいつが騒いだときに追い出されちまったんだ。行商人のくせに傭兵なんかが隣にいたのをおかしいと思うべきだったんだろうなぁ」


「隣に傭兵がいたらおかしいことなの?」


「俺たち行商人が他人を雇う余裕なんてあるわけないじゃないか。だから1人でやってるんだからな。あいつはモートンの手下だから、きっとそこから借りてきたに違いない」


「強欲な商売人だっていう話だね、そのモートンっていう人」


「そうなんだ。ちくしょう、上が上なら下も下だよ。それで、後日あいつに代金を支払うよう要求したんだが、逆に前払い金を返せって言ってきやがったんだ! それで揉めたんだが、その話の最中になぜかあいつが突然悲鳴を上げて自分で倒れたんだよ。最初何をやろうとしているのか理解できなかったが、その直後にあの官憲がやってきて問答無用でここにしょっ引かれたんだ」


 一瞬グレゴリーを睨みつけたジョッシュはおおそよそのあらましを説明すると口を閉じた。その間、グレゴリーは無表情でジョッシュを見つめている。


 ジョッシュ側の事情はこれである程度わかったユウだったが、トリスタンが話に出てこないことに首を傾げた。そこで当の本人に尋ねてみる。


「それじゃ次、トリスタンはどうしてこんなことになったの?」


「俺が町の中の娼館に行っていることは知っているだろう。その相手の1人にベティって娼婦がいるんだ。あるとき、この女から兄を助けてやってほしいって頼まれてさ、それで1度ジョッシュと会うことになったんだ」


「交渉の内容はベティから聞いたけれど、よくあれで引き受けたね」


「うっ、知っているのか。うんまぁ、その、何だ。色々あってな」


「それは後でいいや。それで、ジョッシュとハンフリーの交渉現場でどうなったの?」


「あの2人の言い争いが激しくなったときに、向こうの傭兵、確かエルヴィスって名前の奴がジョッシュに近づいていったんだ。それで、これはまずいと思った俺が間に入って引き離したんだが、その後にハンフリーっていう行商人が悲鳴を上げたんだよ」


「その瞬間は見たの?」


「いや、あっちの傭兵に気を向けていたから見ていなかった。今思えば、あの傭兵、俺を引き離したかったんだろうなぁ」


 肩を落としたトリスタンがため息をついた。つまり、罠にかかったわけである。


 釣られてユウもため息をついた。

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