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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第31章 行商人の悲喜こもごも

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捜し人のいる場所(後)

 町の中でトリスタンの捜索を始めたユウは情報がなかなか集まらずに苦労した。しかし、かろうじて手に入れた手がかりを元に庁舎へと向かう。そこで官憲担当の受付係に確認をしようとしたところ相手にもされなかった。


 ところが、行商人ジョッシュと娼婦ベティの兄妹の名前を出すと担当者の態度が微妙に変化する。とりあえずベティの身元を確認してくれることになった。


 待っている間、ユウは先程の受付係とのやり取りを思い出す。町の中での貧民の扱いはやはり厳しいと実感した。かつて別の町で冒険者として成功して町に移るという経路があったが、こんな扱いを受けるとそうしたくなる気持ちもよくわかる。いくら成功しても冒険者は町の外の人間なのだ。


 そんなことを考えながらユウが待っていると、受付係が戻ってきた。非常に渋い表情をしている。


「確認できた。確かにこの女は存在している。このベティって娼婦に頼まれて捜してるのか?」


「僕はトリスタンという冒険者を、そのベティは兄のジョッシュを捜しているんです。それで僕に一緒に捜してほしいと頼んできたんですよ」


「そうか。本来ならそのベティがここに来るべきなんだが、特別に調べてやる」


「ありがとうございます」


 大きなため息をついた受付係が面白くなさそうに踵を返した。


 ようやく状況が前進したことにユウは安心する。後は結果待ちだ。何らかの理由で牢獄に閉じ込められているのならば問題だが、少なくとも居場所ははっきりとする。


 期待を不安で落ち着かなくなっていたユウだったが、突然背後から名前を呼ばれた。振り向くとかつて一緒に仕事をしたことのあるアーチボルトが近づいて来る。


「やっぱりユウだったか。珍しい所で見かけるものだな」


「アーチボルト様? どうしてここに、いえ、役所だからいて当然なんですけれど」


「はは、先程、貧民が知り合いだと主張する町民の戸籍確認をしたいという問い合わせが官憲からあってね。担当者が不在だったから私が代わりにしたんだよ。それで、珍しい貧民がいるなと思って覗いてみたら、君がいたんで来たんだ」


「そういえば、アーチボルト様は戸籍関係の部署でしたっけ」


「本来の担当は町の外だがね。で、ここで何をしているんだ?」


「ちょっと困ったことがありまして」


 事情に興味を持たれたユウはアーチボルトに今までの経緯を説明した。ハンフリーの行動、トリスタンとジョッシュの失踪、官憲の態度、ベティの懇願、小間使いの証言など、知っていることを伝える。


「なるほど、奇妙な点がいくつもあるな。そして、トリスタンとジョッシュの失踪か」


「ここの担当者はトリスタンはとっくに町の外へ帰ったんだろうと言っていましたが、ジョッシュの場合はそれで説明がつかないんです」


「確かにな。話を聞く限り仲の良さそうな兄妹だから、釈放されたらジョッシュとやらはベティに会いに行くだろう。何にせよ、受付係が今調べているのだろう? だったらもうすぐ結果が出るはずだ」


 励まされたユウはうなずいた。先程までは庁舎の中で孤立していたユウだったが、今や貴族であるアーチボルトが一緒にいてくれて非常に心強い。今まで心中にあった不安がほとんどなくなった。


 すっかり肩の力が抜けたユウがアーチボルトと談笑していると受付係が戻ってくる。


「おい、結果が、って、アーチボルト様!?」


「結果がわかったのか?」


「え? あ、はい。その貧民とお知り合いなので?」


「そうだよ。町の外を戸籍調査していたときに協力してもらったんだ。文字の読み書きもできるし、非常に優秀な冒険者だよ」


「文字の読み書きができる冒険者なんているんですか」


「目の前にね。それと、トリスタンという冒険者にも一緒に世話になったんだ」


「えぇ!?」


 明らかに動揺した様子の受付係がユウとアーチボルトの顔を何度も見た。それから情けない表情を受けて黙る。


「どうした、結果がわかったのだろう? 聞かせてくれないか?」


「あー、えぇ。どうすんだこれ」


「何をそんなに躊躇っているんだ?」


「あーもう。もうちょっと近づいてきてください。大きい声じゃ言えないんで。実はですね。3日前にジョッシュとトリスタンって2人が連行されて牢獄に入れられてはいるんですが、その連行してきたグレゴリー殿に誰にも会わせるなって言われているんです」


「どうしてそのようなことになっている?」


「知りませんよ。こっちはそうしろって言われただけなんですから。しがない受付係に大したことを期待しないでください」


「では、私が世話になった冒険者に面会したいと言ってもできないのかね?」


「それ一番困るやつなんですよね」


「ちなみに、そのグレゴリーの上司は何と言う方なのだ?」


「確か、ベックルズ男爵様です」


「父の友人だな。そちらから命じられるか、私たちの頼みを聞いてくれるか、そのグレゴリーという者に聞いてくれないか?」


「うわぁ。わかりました」


 つらそうな顔をした受付係が絞り出すような声でアーチボルトの要請を承知した。そうして再び奥へと姿を消す。


「アーチボルト様、あの人、大丈夫なんでしょうか?」


「大丈夫なんじゃないかな。ただ伝言を伝えに行っただけだから。それよりも、グレゴリーという人物はどうも怪しいな」


「何をしたいんでしょうね?」


「さっきの小間使いの話を聞くに、どうもハンフリーという行商人と繋がっているように思える」


「つるんでいるわけですか」


「牢獄に何日も閉じ込める理由はわからないけれどね。簡単には会えないかもしれないな、これは」


 困った表情を浮かべたアーチボルトが小さくため息をついた。その様子を見て、ユウはトリスタンが一体何に巻き込まれたのかと首を傾げる。


 何とも面倒なことになっているとユウは肩を落とした。トニーを助けたときの方がまだ楽だったと思う。あのときは最終手段として暴力を使っても罪に問われなかったからだ。


 何とも言えない気分でユウが待っていると受付係がやって来た。背後にもう1人官憲の制服を着た男がついてきている。


「グレゴリー殿、こちらがアーチボルト様と冒険者です」


「これはこれは、アーチボルト様。わざわざご足労いただきありがとうございます。警邏のグレゴリーです」


「ワージントン男爵家のアーチボルトだ。早速だが、3日前に貴殿が連行してきたジョッシュとトリスタンに面会したい」


「残念ですが、2人ともかなり凶悪な人物で、簡単に面会を許可するわけにはいかないのです」


「それはおかしい。少なくともトリスタンはそのような人物ではない。私が保証する」


「アーチボルト様が? 失礼ですが、どういったご関係ですかな?」


「トリスタンには、以前私が貧民街の調査をしたときに協力してもらったんだ。そして、そこで不逞の集団に襲われたときに助けてもらっている。この隣の冒険者と一緒にね。だから不思議だよ、どうしてそんな嘘をつくのかね?」


 脇で話を聞いていたユウはグレゴリーの表情が強ばるのを見た。もしかしたら受付係がろくな説明をしていないのかもと推測する。トリスタンとアーチボルトの関係を知らなかったからこその失言だ。


 しばらく無言が続いた。やがて、小さなため息をついたアーチボルトが更にしゃべる。


「どうも君がかたくなだからもうひとつ付け加えておこう。君が今拘束しているトリスタンだが、貴族である可能性がある」


「は?」


「以前トリスタンが持っていた身分証明書を預かって我が部署で鑑定したのだが、本物の可能性があるのだよ。彼の出身地である大陸東部の証明書を鑑定する資料を持ち合わせていなかったために本物とは断定できなかったが、少なくとも偽物とは思えない作りなのは我が部署で保証している」


「あの冒険者がですか? なんでそんなヤツが、あいや、そんな方が冒険者なんてやってるんです?」


「その事情までは聞いていないよ、私はね。ただ、何らかの形であの証明書が本物だと断定されたときに君は釈明しなければいけなくなるが、その覚悟があるのかね?」


 問われたグレゴリーが震えた。例え官憲であっても、不当に貴族の名誉を貶めれば重罪になる。更には無実の罪で投獄すれば最悪処刑だ。いきなりそんなものを突き付けられたら誰であっても震え上がるだろう。


「で、ジョッシュとトリスタンとの面会についてなんだが、どうかな?」


「そうですね。わかりました。ご案内いたします」


「ユウ、どうやら案内してもらえるようだ。良かったな」


「え、あ、はい」


 最初はまったく相手にされなかったユウは改めて貴族の権威のすごさを思い知った。同じように脇で様子を窺っていた受付係など顔を青くしている。


 受付係をその場に残し、ユウとアーチボルトはグレゴリーに案内されて牢獄へ向かった。

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― 新着の感想 ―
えらい直接的ですが情けは人のためにならずですね。 まあ、アーチボルトとしても優秀で真面目で信頼できる伝手がつまらんことで潰されたら困るってのも助けてくれる理由の一部でしょうが。 実際いうほどの手間じゃ…
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