相棒を捜しに町の中へ
3日連続宿に帰ってこなかったトリスタンのことを心配したユウは相棒を捜すことにした。町の外の貧民街で娼婦たちのいる場所を巡る。しかし、これは空振りに終わった。
そこでユウは次いで町の中を捜すことにする。常宿でトリスタンと入れ違いになっていないことを確認すると町の南門へと向かった。
西端の街道の北の端はアドヴェントの町の南門に繋がっている。この南門の跳ね橋の手前に検問所があり、町の中に入るための検査が行われていた。
既に四の刻に近い現在、この検問所の検査待ちの列は貧者の道との合流地点辺りまで伸びている。前にやっていた仕事のときには貴族特権を利用して列に並ばずに入ったが、今はそんなことはできない。
1人当たりにかかる検査の時間はばらばらだ。町の中に住んでいる者が所用の帰りに門を通るときはほとんど検査なしで通れるのに対し、身なりが怪しかったり貧民だったりすると検査の時間は長くなる。また、荷馬車も荷物を改めるために時間がかかる方だ。
この日、ユウが列に並んだときは時間がかかっていた。並んでいたのは貧民が多かったからである。町の中で働く労働者ならまだしも、特別用事がない限り貧民は中に入れてもらえることは少ない。
結構な時間を待った末にようやくユウの番がやって来た。番兵に問いかけられる。
「次、お前は、前に貴族様の下で働いていた冒険者だったな」
「はい。今日は仲間を捜しに来ました」
「仲間を捜しに? どういうことだ?」
問われたユウは番兵に事情を話した。その途中で番兵にも確認できると気付き、トリスタンの特徴などを詳しく語る。
「トリスタン、そういえば、お前ともう1人いたな。たまに町の中に遊びに来ていたぞ」
「やっぱりそうですか」
「あいつ、酒と女と博打が好きだよな。特に女は町の中の方がいいって言ってたぞ」
「そうですか」
「言ってることはわかるがな。でもあいつ、結構カネを持ってるんだな」
「そうですか?」
「1ヵ月の間に何度も町の中へ入るヤツなんてあいつくらいなもんだぞ」
「あー」
「冒険者なんて不安定で生活が苦しいと聞いてたが、そうでもないのか?」
「いえ、どうですかね」
町に出入りすることが多いトリスタンはどうやら番兵に知られていたようだった。そして、何とも返答しにくいことをユウは度々質問される。捜索のためには都合が良いが、なかなか痛し痒しな人物だ。
それでも、一方的に話されるばかりではいけない。ユウも自分の聞きたいことを尋ねる。
「それで、そのトリスタンを最後に見たのはいつですか?」
「あいつなら、3日前の朝方にここから中へ入っていくのを見たぞ。検査したのはオレだから間違いない」
「外に出るところは見ていないんですか?」
「そういえば見てないな。東門から出たんじゃないのか?」
「3日前から宿に戻ってきていないんです」
「そうなのか。まぁオレも丸1日ここで立ってるわけじゃないからな。全員の出入りを知ってるわけじゃないが」
首をひねる番兵の問いかけにユウは少し肩を落とした。番兵の証言が正しいのであれば、東門から外に出ていない限りトリスタンは町の中にいることになる。
検査も合格したところで入場料を支払ったユウは跳ね橋を渡った。続いて分厚い城壁の中を通り抜けて町の中に入る。目の前にはやや見慣れた風景が広がっていた。
大通りの西側は住宅街なのに対して東側が歓楽街だ。南門近辺の東側には酒場が軒を連ねている。ここから路地を伝って東へと向かうと酒場街だ。
町に住んでいたときには近寄らなかった場所にユウは足を踏み入れる。大陸を一周して戻って来てから利用するようになったのだから何とも不思議な場所だ。
酒場街の路地は往来する人々が多い。そろそろ昼が近いからである。ユウが路地に入った直後、四の刻の鐘が鳴った。町の外で聞いていたときよりもよく聞こえる。人々がこの辺りに押し寄せてくるときも近い。酒場は食堂も兼ねているのだ。
そんな酒場街を東へと抜けると雰囲気が変わる。賭場と娼館がひしめく一帯に入ったのだ。この辺りのことをユウは酒場以上に知らない。町の出身でないトリスタンの方が圧倒的によく知っているくらいだ。何とも怪しげな雰囲気がする場所ではあるが、町の南東の城壁に張り付くように固まっているのでそう広くはない。
雰囲気に呑まれなければ聞き取りにそう時間はかからないとユウは自分に言い聞かせた。生死という意味でははるかに恐ろしい場所に何度も出入りしたことがあるのだが、どうにも賭場や娼館の雰囲気は苦手意識がなくならないのだ。これは自分でも不思議に思っている。
気後れしているユウだったが、いい加減脚を動かした。じっとしていても何も変わらないからだ。泊まりのときは賭場が開く三の刻頃まで娼館にいるとトリスタンに聞いたことがあるものの、今は四の刻過ぎである。つまり、賭場も含めて捜す必要があった。
自らに気合いを入れ直したユウは1軒ずつ順番に聞いて回る。娼館は準備中なので中には入れないが、店の前で掃除をしている見習いや外に出かける直前の娼婦、その他の関係者に何とか話を聞いた。一方、賭場は営業中なので出入口に立っている呼び込みや用心棒に1人ずつ尋ねる。
そんなことをしていたとき、ユウは1人の見習いの聞き取りを終えた。この子はトリスタンのことをよく知らないと言ったので早々に質問を打ち切ったのだ。そうして次の店に行こうとしたとき、1人の女に呼び止められる。
「あんた、トリスタンのこと聞きたいの?」
「誰ですか?」
「ベティって言うんだ。ここで仕事をしてるの。あんたのいうトリスタンって、アタシのお客かもしれないね」
「そうなんですか?」
今までと違って積極的に話しかけてきたベティという女にユウは驚いた。相棒について何か聞けるかもしれないとベティに向き直る。
「3日前の朝に町の中に入って、それからずっと宿に戻ってきていないんですよ。どこかで見かけませんでしたか?」
「3日前? あー、ということは、アタシが関係してるかもしれないねぇ」
「どういうことです?」
「実はさ、アタシの兄さんジョッシュっていうんだけど、この町に出入りする行商をしてるんだ。それで、先月大口の注文を受けて商品を納品したんだけど、あのクソ行商人ハンフリーに言いがかりを付けられて代金のほとんどを踏み倒されてさ、取り戻そうとしてたのよ。でも、1人じゃ追い返されるだけだからって腕の立つ男を探してたところに、アタシがトリスタンを紹介したんだ」
「ええ!?」
話を聞いたユウはベティに何てことをしてくれたんだと思った。同時にトリスタンに対しても何をしているんだと叫びたくなる。
「それで、その後どうなったんですか?」
「それがわからないのよ。うまくいったにしろいかなかったにしろ、アタシに何も言わずに3日って絶対おかしいのに。手がかりがないのよ。最近は商人ギルドの方が荒れてるから、商売人や行商人のいざこざが多くてさ、その手の話はちょっとしたことだったら噂にもならないの」
「そのハンフリーっていう行商人に話を聞きに行かなかったんですか?」
「行ったさ! でもあのクソ野郎、知らないの一点張りなんだよ! あいつ絶対何か知ってるはずなのに」
「教えてくれなかったんですか」
「そうなのよ。モートンっていう強欲な商売人の一派だって気取っちゃってさ。それで調子に乗ってんのさ。どうせ下っ端のくせにさ」
腹立たしげに語るベティにやや気圧されながらもユウはその話を真剣に聞いた。感情的になっているベティの話を丸呑みするのは危険である。しかし、それでもトリスタンと関係のあるジョッシュやハンフリーという人物の存在を知ることができた。
まさかこんな問題に首を突っ込んでいるとは思わなかったユウは驚きっぱなしだが、そこでふと疑問が湧いてくる。
「ベティ、話によるとお兄さんのジョッシュって大口の注文の代金を踏み倒されたんだよね? それでトリスタンを雇えるお金ってあったの?」
「もちろんなかったわよ。聞いて驚いたんだけど、あんたとトリスタンって結構稼ぐのね。1日銀貨5枚ですって?」
「ああ、はい、そうですけれど」
「それで兄さんが交渉して、代金を取り戻した後に報酬を支払うことにしてから、足りない分はアタシが体で払うことになったのさ」
「ええ!? そんなのでベティはいいの!?」
「仕方ないでしょ、ないものはないんだし。それに、取り戻せないと兄さんが大変なことになるんだからさ」
何ともいろんな意味で大変な話を聞いたユウは愕然とした。他人事ながら大丈夫なのかと心配してしまう。
それでも有力な手がかりを手に入れたユウは、これを元に町の中を更に調べることになった。




