相棒はどこに
知り合いからの依頼を終わらせたユウは再びのんびりと休むはずだった。自伝の執筆も良い感じなのでこのままたくさん書いてしまおうと意気込んでいたのだ。
ところが、ここにきてひとつ気になることが出てくる。トリスタンが宿に戻ってこないのだ。娼館で1泊することも珍しくないので1日や2日ならば特に気にしないユウだが、さすがに3日音沙汰なしとなると訝しむようになる。
朝の準備を済ませたユウは再び部屋を出て受付カウンターへと足を向けた。先程と同じく老婆ジェナが座っている。
「おや、どうしたんだい?」
「ジェナ、ひとつ聞きたいことがあるんだけれど、トリスタンを最後に見かけたのはいつか覚えているかな?」
「お前さんの相棒かい。そうだねぇ、あんたが珍しく帰って来なかったときよりも前だから、3日前だね。その日の朝だったはずだよ」
「昨日から今日にかけても見ていない?」
「見かけたことはないね。他の2人にも聞いてみようかい。アマンダ! ベッキー!」
ジェナが声を上げてしばらくするとベッキーが現われた。雑巾を片手にジェナを見る。
「おばーちゃん、どうしたの?」
「あんた、ユウの相棒のトリスタンを最後に見かけたのはいつだい?」
「トリスタン? えーっと、あれ? ここ何日か見た覚えがないね?」
「もっとはっきりと思い出しておくれ。あたしだって3日前の朝だってはっきり思い出せたんだから。若いあんたがこの年寄りより耄碌してるところなんて見たくないよ」
「そんなに言わなくてもいーじゃない。えーっと、うん、あたしも3日前の朝かな。裏庭に行くあの人とすれ違ったわ。他のお客が途切れたときにトリスタンが1人だけだったからよく覚えてるよ」
「それより後には見てないんだね?」
「見てないわ。まだ帰ってきてなかったんだ」
今気付いたという様子のベッキーがジェナに見開いた目を向けた。多数の宿泊客を抱えている従業員としては反応としてはこのようなものだろう。
答えたベッキーが首を傾げていると、次いでアマンダがやって来た。こちらは手ぶらでジェナへと顔を向ける。
「母さん、どうしたんだい?」
「あんた、ユウの相棒のトリスタンを最後に見かけたのはいつだい?」
「トリスタン? そうだねぇ、ユウが帰ってこなかった前の日だったかしらね。その日の朝だったはずだよ。ちょうど受付カウンターから扉に向かう背中を見たのさ」
「それより後には見てないんだね?」
「見てないね。ということは今日で3日、どこに行っちまったんだろうね?」
娘に続いて母の方もトリスタンは3日前から見ていないと回答した。小さくうなずいた老婆がユウに顔を向ける。
「みんなあたしと同じだね。3日前の朝に見たのが最後みたいだよ」
「そうですか。どこにいるんだろう?」
「町の中は居心地がいいそうだからね。そこの娼館じゃないのかい?」
「今まで3日間も入り浸ることってなかったんですよね。それをやるにしても、僕に一言相談するはずですし」
「そりゃそうだ。ということは、何かあったっていうことかねぇ」
ジェナと一緒に首を傾げたユウは考えた。
町の外、貧民街でこれだけ長く宿に帰らないということは考えにくい。というのも、あやふやな記憶になるが、トリスタンはアドヴェントの町の貧民街の娼婦をあまり評価していなかった記憶があるからだ。少なくとも3日間も帰るのを忘れるほど夢中になるほどではない。
そうなると町の中ということになるが、可能性はなくはない。というのも、前に町に入る入場料についてぼやいていたからだ。町の中の宿と賭場と娼館を往来した方が安上がりなのは確かである。ただ、そこまでする気はないとも言っていた記憶がユウにはあった。
考え込んでいたユウはジェナたち3人に顔を向ける。
「わかりました。ありがとうございます。ちょっと捜してみますね」
「それがいいよ。入れ違いで戻って来たら、あたしたちが言ってやるからね」
「お願いします」
ジェナの言葉にうなずくとユウは体を反転させた。そうして宿を出る。
まだ三の刻にもなっていない朝方の宿屋街の路地には冒険者が多い。誰もが西側へと向かっている。
そんな中を歩こうとしたユウだったが、ふと立ち止まった。博打も娼婦も普段関わらないので、どこを捜せば良いのかその勘所が今ひとつわからないのである。どこに何があるのかということは大体わかるものの、トリスタンの行きそうな場所が思い浮かばない。
これはなかなか困った状態である。賭場や娼婦のいる場所はおおよそ知っているが、今のユウだと片っ端から捜すしかなかった。
一緒に食事をしたときに聞いた話を思い出しながらユウは宿屋街を最初に回る。貧民街でもお高めの娼婦が立つ場所だ。契約が成立すると近くの連れ込み宿に入るのが一般的である。町の外ならばここにいる可能性が最も高い。
ぐるりと一巡りしたユウだったが成果はなかった。そもそも日が出た後なので娼婦と出会う可能性がほぼないのだ。仕事の終わった娼婦に何人か話しかけてみたが成果なかった。そもそも、ここで遊ぶのならば3日間も宿に帰らないということはまずない。わかっていても捜したのは念のためだ。
次いでユウが向かったのは安酒場街である。ここで商売しているのは可もなく不可もない娼婦たちだ。貧民が副業ですることが多いのでその質はお察しだが、それでもまだましである。
三の刻前の安酒場街は閑散としていた。歩きやすいのは良いが、人をあまり見かけないというのは今のユウにとって少しつらい。特に娼婦はまったく見かけなかった。大体酒場が閉店するとしばらくしていなくなるのだ。商売相手の酔客もいなくなるのだから当然だろう。ここもまた予想できたことだ。
最後に安宿街を巡る。3ヵ所の中では最も質の低い娼婦たちが商売をしていた。手元に金銭がなく、やれたら誰でも良いというのが客となる。ここにトリスタンがいる可能性は低い。
三の刻を過ぎてからユウは安宿街を歩き回った。宿泊客も大体出払って街全体が落ち着いている。ここでも何人かの仕事帰りの娼婦に聞いてみたが梨のつぶてだった。
一旦貧者の道へと出たユウは立ち止まってため息をつく。
「やっぱりこの辺りにはいないのかな」
何となく町の中だろうという予感はしていたので、この結果にはある意味納得していた。しかし、できれば貧民街で見つかってほしかったとも思う。
他に捜していない場所はと考えたユウは念のために安酒場『泥酔亭』へと向かった。店内に入るとまだ開店したばかりとあって客はいない。
話しかけても大丈夫だと判断したユウは雑用を片付けているエラに声をかける。
「エラ、ちょっといいかな?」
「どうしたの? お昼にはまだ早いわよ」
「そうじゃなくて、エラが最後にトリスタンを見たのはいつか覚えているかな?」
「トリスタン? そういえば最近見ていないわね。うーん、うん? 1週間くらい前?」
「そんなに来ていなかったっけ?」
「あの人、来るときはユウがいるときがほとんどなのよね。最初から最後まで1人っていうのはちょっと記憶にないわ」
「そうなんだ。知らなかった」
「大体ユウはこの町にいるときは毎日来てくれているじゃない。だからよ」
「僕はいつも夕方でしょ。昼に来たことはないの?」
「お昼は、記憶にないわねぇ。ちょっとサリー、こっちに来て!」
少し考え込んだエラがサリーを呼びつけた。カウンターの奥から姿を現す。
「どうしたの? あら、ユウじゃない。お昼にはまだ早いわよ」
「エラと同じことを言うんだね」
「そんなことはどうでもいいわ。それよりサリー、トリスタンを最後に見かけたのがいつか覚えてる?」
「トリスタン? そうねぇ。あらいやだ、最近記憶にないわね。最後に来てくれたのいつだったかしら」
「あたしは1週間くらい前だったんだけど」
「あー、あたしもそんな気がするわ。今月に入ってからは見てないわね」
「そうでしょ、来てくれてないわよね!」
自分たちの記憶が正しいか確認しあっている2人を見ながら、やはりここにも来ていないかと肩を落とした。しかし、この酒場には自分も日参しているのである意味わかっていた結果でもある。
そこへタビサも表に出てきた。ユウを見て珍しがる。
「こんな早くからどうしたんだい?」
「実はトリスタンを捜しているんです。もう3日も宿に帰っていないんで」
事情を説明したユウはタビサにも話を聞いたが結果は同じだった。
成果がないままユウは安酒場『泥酔亭』を後にする。最後に宿屋『乙女の微睡み亭』へ戻ってトリスタンが入れ違いで帰って来ていないかユウは確認した。しかし、残念ながらまだ姿を見ていないと返される。
こうなるともう町の中に行くしかない。ユウは町の南門へと向かった。




