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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第31章 行商人の悲喜こもごも

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残っている捕縛対象

 行商人にして露天商の店主でもあったトニーを救出し、拉致監禁したスティーブたちは代行役人に突き出した。アビーからの依頼はここまでだ。そのため、ユウが依頼完了を宣言しても問題はない。実際、仲介者であるエラとサリーはこれで問題解決だと思っていた。


 ところが、色々と動き回ったユウからすると、チンピラたちと一緒だった行商人ドルフの存在はどうにも気になる。ユウに近づいたのがドルフということから、あの行商人は最低でも共犯、推測では主犯ではないかと考えられるのだ。


 そんな人物をこのまま野放しにしておいて果たして今後トニーの安全は保証されるのかと考えたとき、ユウは首を横に振るしかなかった。というのも、あの麻の小袋についての謎もまだ解けていないのだ。血相を変えた人物とは一体何者なのか、行商人ドルフと関係があるのかないのか、そしてまだ見たことのないリンジーという人物の存在もある。


 正直なところ、謎という面ではまだほとんど何も解けていない。トニーに対する聞き取り調査もまだ残っている。やるべき事は多い。


 しかし、そんな状態にもかかわらず、ユウはあまり積極的には動けなかった。この仕事はやるほど赤字になるからだ。謎は多く残っているとして、それをユウが解く必要性は実のところない。なんなら今後のトニーの身の安全を図る必要性すらないのだ。それは依頼された内容から逸脱している。


 そうはいっても、このまま仕事を終えて後日トニーたちに不幸があるとユウも寝覚めが悪い。知り合いが最悪死ぬとわかっていて放っておくというのは何とも居心地が悪いのだ。


 だからこそユウは最後にまとめて代行役人に仕事を押し付けるため、手がかりになる人物を捕まえる必要がある。最後にもうひと赤字増やさないといけないのだ。


 あと1回、これが最後。そう言い聞かせながらユウは安酒場街へと向かった。




 色々と考えて決意を固めたユウであったが、自分の計画に致命的な問題を発見したのは張り込み直前である。事前の考えでは、チンピラたちと共犯関係以上だった行商人ドルフは必ずスティーブに結果の報告を求めるというものだった。そして、致命的な問題とは、自分の行動が噂として広まるということをまったく考慮していなかった点である。スティーブたちを連行しているときには一般の貧民たちに少なからず見られたし、冒険者ギルド城外支所で徹夜したときは朝方に多数の冒険者に眺められていた。これで果たして噂にならないだろうか。


 この噂を耳にした行商人ドルフは果たして何を考えてどう行動するだろう。自分が関わっているチンピラがやられたという噂が嘘だと切り捨てて結果を聞きに来るのか、それとも噂が本当なのか確認するためにやって来るのか、あるいは噂が本当だと判断して手を引くのか、今のユウには何もわからない。調べる方法すらなかった。


 あのときトニーを救出したこと自体は正しいとユウは考えている。代行役人に引き渡すこともだ。途中のやりようはもう少し何かあったのかもしれないが、今のところ何も思い付かない。


 結局のところやることは変わらないわけだが、行商人を捕らえられる可能性はずっと低くなったようにユウは思えた。胸の内で不安が膨れ上がるが押さえ込むしかない。


 昨日見張った安酒場近くまでやって来た。現在は六の刻直後、まだ外は昼のように明るい。往来する人々は多く、路地の端に立っているだけなら充分に紛れられる。


 酒場の中と外、どちらで待つかユウは迷った。その末に外で待つことを選ぶ。昨晩と違い、今晩はスティーブが1人でやって来ることになっていたとしたらカウンター席に座る可能性が高い。そうなると、今のユウは1人なのでカウンター席に座るしかないので、後からやって来た行商人ドルフに姿を見破られやすいからだ。


 考えられることは考え、やれることはやった。ユウは特定の安酒場を見張る位置に着く。後は結果がどうなるかだ。




 七の刻の鐘が町の中から聞こえてきた。周囲は薄暗くなってきている。人通りは六の刻よりも少なくなってきていた。


 ユウは相変わらず例の安酒場を見張っている。しかし、行商人ドルフは今のところ姿を現さない。スティーブといつ頃落ち合うのかわからないが地味に響く。これは駄目かもしれない。そう思い始めていた。


 せめて日没くらいまでは見張ろうと気合いを入れ直したユウだったが、そのとき待望の男が姿を現す。行商人ドルフだ。どうやら会わないという選択肢は捨てたらしい。


 大きな息を吐き出したユウは肩の力を抜いた。大前提は崩れていなかったことを喜ぶ。相手が何をどう考えたのかはわからないが、結果的には思惑通りになったわけだ。


 この先はあまり長く待つことはないのでユウは気楽だった。人通りが減ったので見つからないように気を付ける必要はあるものの、万が一ここで見つかればすぐに取り押さえてやれば良いと考え直す。


 短時間で出てくるというユウの考えは正しかった。入るときよりも少し険しい顔をした行商人ドルフが酒場から出てくる。そうして、元来た道を戻っていった。


 適度な距離になったところでユウは動き出す。行商人ドルフは安酒場街がを出ると貧者の道を西へと向かったのでそれに続く。工房街と市場を通り過ぎて宿屋街の路地へと入っていった。


 ここでユウは相手との距離を詰めていく。貧者の道は見晴らしが良かったのに対し、宿屋街の路地は視界が悪いからだ。後もう少しというところで見失うわけにはいかない。


 しかし、ユウが路地に入ってから致命的な問題が発生した。相手との距離を詰めたところで何と後ろを振り向かれてしまったのだ。当初は別の何かを目で追っていたようだが、ふと視線が合ってしまう。驚愕の表情を浮かべた行商人ドルフは一瞬呆然とした後、猛然と逃げ出した。


 この宿屋街ならば冒険者のユウと偶然であってもおかしくないというのにいきなり逃げたことで、ユウはスティーブ関連で何か知っていると直感した。それならなぜあの安酒場に行ったのだという疑問が湧くが、それは後回しである。


「その行商人は拉致監禁の共犯だ! 捕まえて!」


「そいつは人殺しだ! 取り押さえてくれ!」


 確実に捕まえるために叫んだユウだったが、何と即座に相手が言い返してきた。まさかの事態に驚く。


「そいつはチンピラを使って僕の仲間を拉致監禁したんだ!」


「嘘だ! そいつはオレの仲間を殺したんだ!」


 この言い合いに負けたらまずいと思ったユウは更に叫んだ。負けじと行商人ドルフも言い返す。


 ただでさえ走り回って目立つ上にこんな言葉の応酬をしていては余計に目立った。行く先々で周囲の人々が注目する。


 しばらくこの追い追われるが続いたが、最終的にはとある冒険者が行商人ドルフを取り押さえたことで決着が付いた。


 組み敷かれた行商人が叫ぶ。


「ちくしょう! なんでアイツの言うことを信じるんだ!」


「コイツが貴族様とつるんでるのを見たことがあるからさ。しかも代行役人とも関係があるんだぜ? そんなヤツがこんな簡単にばらされる殺しなんてすると思うか?」


「ちくしょう!」


 行商人ドルフを取り押さえてくれた冒険者がにやりと笑いかけてきたのを見て、ユウは複雑な気持ちを抱いた。味方になってくれたのは嬉しいが、その信じられ方は何とも困ったものである。


 取り押さえるのを協力してくれた冒険者に礼を述べたユウは冒険者ギルド城外支所まで連行してくれるよう頼んだ。快く引き受けてくれたその人物と共に日没近い道を歩く。


 城外支所の北側にある裏口にたどり着くとユウは代行役人を呼び出した。そうして行商人ドルフを突き出す。


「こいつが行商人のドルフです。スティーブと会わせたらわかりますよ」


「そうなんだろうな。で、こっちの冒険者は?」


「最後に逃げられそうになったところを取り押さえてくれたんです」


「なるほどな」


「これで、後の捜査はしてくれるんですよね」


 思いきり嫌そうな顔をした代行役人だったが否定はしなかった。そして、薄暗くなってきた中、行商人ドルフを解体場へと連れて行く。


 後に残されたのはユウと協力してくれた冒険者だった。先に顔を向けてきたその冒険者がユウに声をかける。


「実は少しだけ、間違ってたらどうしようかって思ってたんだよな」


「本当のところなんてわからないですもんね」


「でも、あの様子じゃ事実だったんだろう? 安心した」


「ありがとうございます。どうぞ」


「お?」


 懐から1枚取り出した銀貨をユウは冒険者に手渡した。受け取った方は目を丸くしている。


「良いことをした人は、ちゃんと報いがあるべきだと思うんです」


「だな!」


 どちらも良い笑顔で笑った。ほぼ同時に踵を返す。


 2人は宿屋街まで一緒に戻った。

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― 新着の感想 ―
赤字赤字言ってるけど、いまユウは暇してるから稼げる仕事を中断してるわけでもないし この依頼は遠征するわけじゃないから水や食料などの補充も要らないし 依頼中はご飯無料だし 別に赤字じゃなくない?
権力者との関わり合いを公にやってたのが功を奏しましたね
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