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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第31章 行商人の悲喜こもごも

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一仕事前の休憩

 徹夜をしたユウは冒険者ギルド城外支所から離れた。そのまま西端の街道を横断して貧者の道に移る。今は朝方なので多数の冒険者たちが西へと歩いているが、その流れに逆らって東に進む。


 ある程度歩いたユウは宿屋街へと入った。その路地もやはり冒険者が夜明けの森へと向かって進んでいる。そんなパーティを避けながら自分の常宿を目指した。


 歩いている間、ユウは頭がぼんやりとしていることを自覚する。最初は薄い霧が広がるような感じで徐々に頭が重くなっていった。一言で言うと、眠い、である。


 ただ、さすがに道端で寝るわけにはいかない。いつも使う宿を目前にして行き倒れみたいなことにはなりたくないのだ。いくら何でもたった1回の徹夜でそれは恥ずかしい。


 主に頭部が睡眠を主張するようになったユウは意識して体を動かす。気を抜くと眠ってしまいかねない。今になって猛烈な眠気に襲われるのは緊張の糸が切れたからだろう。


 やっとの思いで宿屋『乙女の微睡み亭』にたどり着いたユウは受付カウンターへと足を向けた。席に座って老婆ジェナに声をかける。


「おやすみ、ジェナ。鍵をください」


「朝から眠たそうにしてるじゃないか。女としけ込んでたのかい?」


「そんな良いものじゃなかったです。チンピラと一晩一緒だったんですよ」


「おやまぁ、随分と悪いことに手を染めたようだね」


「知り合いを助けるためにやっつけたんですから、そんなことないでしょう」


「そりゃ面白いことを言うねぇ。でも後回しにした方が良さそうじゃないか」


「そうしてください。もう眠たくて。ここで寝ても良いですか」


「ダメに決まってるじゃないか。ああもうほら、これが鍵だからさっさと部屋へお行き」


 若干呆れられたユウだったが、ジェナの勧めもあって鍵を手にして部屋に入った。そうして倒れ込むようにして寝台で横になる。そうして目を閉じた瞬間、意識を失った。




 四の刻の鐘が鳴るのをユウは耳にした。それを機に意識が目覚めてゆく。目を開けると相部屋の天井が見えた。しばらくぼんやりとした後で自分が徹夜明けで眠ったことを思い出す。だから昼に起きたのだと。


 起き上がると頭がまだ重たかった。眠気とは違う。何かと少し考えて、これが二日酔いのましな状態に似ていることに気付いた。


 とりあえず寝台から起き上がって背伸びをする。頭は重いままだったが体はすっきりとした。そのせいか、次第に空腹を感じるようになってくる。昨日の夜に食べたきりなので当然だった。


 今だと昼食になるので酒場でということになる。歩いていればそのうち更に空腹になるだろうと考え、ユウは部屋を出た。


 扉に鍵を掛けたユウは廊下を歩き、受付カウンターへと向かう。今はアマンダが椅子に座っているのが見えた。


 ユウに気付いたアマンダが声をかけてくる。


「よく眠れたかい?」


「ええ。どうして知っているんですか?」


「母さんが言ってたからだよ。徹夜で朝帰りして半分寝ていただってね」


「確かにそんな感じでしたね。寝ることしか考えていませんでしたから」


「おかーさん、仕事終わったよー! あ、ユウ! 起きたんだ」


「もうみんなに知られているんだ」


「徹夜の朝帰りの原因ってなんなのよ? もしかして、女?」


「そこだけ聞いていないんだ。知り合いを助けるためにチンピラと戦ったんだよ」


「思ってたのと全然違うー!」


 重い頭に若干響く声でしゃべってくるベッキーにユウは苦笑いした。この少女は朝から夜まで1日中元気だ。逆に元気でないときを見たことがない。


 このままでは顔を合わす度に理由を尋ねられると考えたユウは事のあらましを説明した。トニーとアビーのこと、チンピラと行商人のことなどである。そして、最後に冒険者ギルド城外支所で連行したチンピラたちを一晩監視したこともだ。


 話を聞き終えたアマンダがユウに声をかける。


「友達のために頑張るなんて大したものじゃない。よくやったねぇ」


「ありがとうございます。ただ、仕事としては大赤字ですけれど」


「そこは何とも言えないね。うちも義理や人情で多少なら融通は利かせられるけど、どのくらいかと言われたらちょっとねぇ」


「あたし驚いたな。ユウって本当に冒険者なんだ」


「どういう意味なの?」


「だって、そんなに強いだなんて思わなかったから」


「えぇ、今まで何回か僕の冒険譚を話したことあるじゃない」


 今更な驚かれ方をしたユウは肩を落とした。どうやら大陸一周の冒険譚は記憶に薄いらしい。何とも寂しい話だ。


 がっかりするユウを見て微笑みながらアマンダが話題を変える。


「ということは、昨日は2人揃って外泊してたってことになるんだね」


「トリスタンもなんですか?」


「そうだよ、昨日の朝から見ていないね。また町の中に行くって言っていたから、いつもの場所に行ってるんじゃないかい」


「なるほど。僕が徹夜してチンピラを監視していたときに」


 宿の女将の推測を聞いたユウが曖昧な表情でつぶやいた。相棒は休暇中なので何をしていようとまったく問題はないのだが、それでも心情的にはもやもやを抱えてしまう。それが理不尽な感情だったとしてもだ。


 そのユウのつぶやきを聞いていたベッキーが笑い出した。そうして何度も肩を叩く。


「ユウ、元気出しなさいって! そういう日もあるわ!」


「別に落ち込んでいるわけじゃないよ。仕方のないことだし」


「無理しなくてもいいのよ?」


「思い込みを優先するのは良くないなぁ」


「ベッキー、そろそろ休憩は終わりじゃないかい?」


「おかーさん、お昼ご飯くらい食べさせてよ!」


「だったら早く台所にお行き。お婆ちゃんが待ってるよ」


「忘れてた! 大変!」


 四の刻から刻々と昼下がりへと進んでいる時間に気付いたベッキーは慌てて走り去って行った。それでその場の雑談はお開きとなる。


 受付カウンターに鍵を置いたユウは宿を出た。




 貧者の道を通って安酒場街へと入ったユウは路地を進んだ。昼真っ盛りなので人通りが多い。主に貧民の労働者だ。その合間を縫って進み、安酒場『泥酔亭』に入る。


 既に四の刻を回っているので店内は大盛況だ。席はほぼすべて埋まっている。2人以上で来店したら諦めるしかないくらいだ。


 幸い、1人のユウは空いているカウンター席に自分の体を滑り込ませることができた。やって来たサリーに料理と酒を注文するとおとなしく待つ。夜とは違って客層が労働者なので騒がしいが荒々しくはない。


 これは時間がかかるかなとユウが思っていると、カウンターの奥から料理が届けられた。タビサである。


「ユウ、トニーを助けたんだってね」


「何とか。無事とはいきませんでしたが」


「五体満足だったんだから結構なことさ」


「肉がいつもより多くないですか?」


「あたしの奢りさ。たくさん食べておくれ」


 格好良く笑って厨房へと引っ込んだタビサにユウは礼を言いそびれた。しかし、すっかり空腹になっていたユウはそれを後回しにして食事を始める。まずは山盛りの肉からとりかかった。


 予想通りユウは肉を食べるのに時間がかかる。何しろいつもの倍だ。確かに空腹ではあったが、胃に入る量には限りがある。


 割と食べる方のユウもこの日は最後の方で苦戦した。これなら黒パンとスープはいらなかったのではという考えが何度か頭に浮かぶ。


 それでも何とか食べ終えた。こんなに腹が苦しいのは久しぶりである。しばらく動けそうにない。


 半ば放心するように落ち着いているユウにエラが近づいて来る。


「あれ全部食べたの? すごいわね」


「もう何も入らないよ。持って来ないでね」


「注文されてないんだから持って来ないわよ。それより、昨日の報告は今できるかしら」


「店は忙しくないの?」


「だいぶ落ち着いたわよ、ほら」


 促されて周囲へと目を向けたユウは店内にかなり空きが目立っていることに気付いた。エラが言うには昼時が終わったらしい。労働者らしき客はほぼ見かけなくなっていた。


 納得したユウは事のあらましを説明する。内容は宿でアマンダやベッキーに話したものと同じだ。


 すると、話を聞いていたエラが笑顔になる。


「トニーが帰ってきてたことは知ってたけど、改めてあんたから話を聞くとちゃんとやってくれたんだって思えるわね」


「良かったよ。これで一段落着いたから」


「こんな短期間で終わってくれて、あたしも嬉しいわ」


「それがね、まだ終わっていないんだよ。トニーを狙った別の連中がまだ残っているから」


「さっき言ってたやつらね。捕まえられそうなの?」


「あてがひとつあるからそれを試すつもり。たぶんいけるはず」


「あんたならやれるわよ、ユウ」


 笑顔で空いた皿を片付けながらエラがユウを励ました。そう言われると何とかなりそうに思えるのでユウも現金なものである。


 それでも今は良いとユウは思った。

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― 新着の感想 ―
この手の、主人公が赤字か無償で奉仕する話って、筋書き先行で安っぽい箱庭感を覚えがちなんですが、ここでは主人公の捨て難い背景から交渉を経て動機付けがなされてるんで、純粋にいいことした感を出せてるのが凄い…
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