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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第31章 行商人の悲喜こもごも

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昨晩の後片付け

 チンピラの根城を発見したユウはスティーブたちがトニーを人質にデニスの八百屋を襲撃する計画を知った。それを防いだユウはトニーを解放し、安酒場『泥酔亭』で人足を雇ってチンピラたちを縛り上げる。その後、冒険者ギルド城外支所に連行したところ、切れたスティーブが行商人ドルフの他にリンジーという行商人がいると叫んだ。


 まだ何かありそうなトニー拉致監禁事件だが、ユウが当面することはわめき続けるスティーブを落ち着かせることと朝までこのチンピラたちを見張り続けることだった。どう考えても大赤字だ。何となく予想していたことではあるが気は重い。


 いっそ槌矛(メイス)でおとなしくさせようかという乱暴な案がユウの脳裏をよぎる。徹夜しなければならないという事実に気が立っていることに気付いたところで首を横にふった。これから鐘2回分程度起き続けないといけないわけだが、せめて少しでも仮眠を取りたいと願う。トリスタンがいてくれたらと再び思うが今はどうにもならない。


 精神的には害悪でしかないので、ユウはスティーブの罵詈雑言を含んだ叫びを聞き流すことにする。いちいち付き合えるものではない。


 それにしても、今いる場所が冒険者ギルド城外支所の北側で良かったとユウは思う。スティーブの声は結構大きいのだが、この裏口辺りならば寝静まる人々の耳に届くことはほぼないからだ。犠牲者はユウだけで済むのである。


 よくこれだけわめけるものだと逆に感心し始めていたユウだったが、そのスティーブの体力も限界に達したらしいことを知った。汗をかき、大きく息を乱したスティーブがようやく黙ったのだ。尚もユウを睨み続けていたが、やがて崩れ落ちるように地面へ寝そべって寝息を立てる。


「やっと寝てくれたんだ」


 耳が急に静かになったことによる違和感で顔をしかめつつもユウはため息をついた。これでようやく落ち着ける。後は頑張って起き続けるだけだ。


 小さくあくびをしたユウは体をほぐしながら朝を待った。




 二の刻の鐘が鳴るのをユウは耳にした。待望の鐘の音だ。ようやく朝がやって来たのである。日の出直前のうっすらとした明るさが目に眩しい。


 鐘2回分程度の見張り番をユウは耐えた。後半は何度もあくびをしたがそれでも眠らなかったのは偉いと自分で自分を褒める。目の前で眠っているチンピラたちを何度羨ましいと思ったかわからない。


 この少し前から冒険者ギルドの周辺は騒がしくなっている。冒険者たちが夜明けの森へ向かっているからだ。冒険者ギルドの城外支所の北回りで森に向かうパーティが先程から何度もユウの目の前を通り過ぎて行った。大抵の者たちが珍しそうにユウとチンピラに目を向けていく。


 更に待っていると日の出の時間が過ぎた。空は曇っているがその色が白く明るいものになる。出勤してくる職員が姿を見せるまであと少しだ。


 眠気をこらえてユウが尚も立っていると、ようやく待望の職員がやって来た。喜び勇んで話しかける。ところが、自分の仕事ではないと素っ気なく返答して裏口から城外支所へ入って行った。


 さすがに職員のこの態度にユウはがっかりする。もうこのまま置いていって帰ろうかとも考えたがさすがに思いとどまった。その後も何度かやってくる職員に話しかける。しかし、部署が違うと対応は拒否する者ばかりだった。たまに話しかけてきた職員は裏口の両側に並んで横たわっていたり座っていたりするチンピラについて説明を求めてきたが、対処してくださいと要求するとすぐ裏口へと姿を消してゆく。


 そこでユウは代行役人だけに話しかけることにした。捕り物の専門家ならばいくら何でも拒否しないはずだと考えたからだ。


 こうして他の職員がやって来ても声をかけなかったユウだが、何人もの職員を黙って見送った末にようやく代行役人がやって来る。しかもこの春から関わりのある人物だ。


 ユウは笑顔でその代行役人に声をかける。


「おはようございます」


「なんだこの連中は? 何かしでかしたのか?」


「はい。拉致と監禁などです」


「なんだと?」


 ようやく話が通じたことを喜んだユウは昨晩の経緯とそもそもの事情を代行役人に説明した。話を聞くうちに代行役人の顔が険しくなってゆく。


「最近は貧民街で問題が多くなってきてるが、ついにそんなことまで起きてたのか」


「そうなんです。僕の知り合いはもう助けて家に帰ってもらっていますが、まだ野放しになっている者が2人ほどいます」


「今言った行商人のドルフとリンジーだったか。ドルフは偽名のようだが」


「ええ。このチンピラと同じように、その行商人2人もそちらに任せても良いですか?」


「チンピラは現行犯のようだから引き取るが、その行商人はなぁ」


「え、そのままにしておくんですか!?」


「そのトニーという行商人を拉致したのはこいつらなんだろ? それに、その行商人2人が関わった証拠がない」


「証言だけでは足りないわけですか」


「実を言うと半分は建前だな。さっきも言ったが、最近は貧民街全体で犯罪が増えててな。これに対処するので精一杯なんだ。それともうひとつ、お前の見たところ、その行商人2人は町の中の連中なんだよな?」


「ドルフは少なくともそうです」


「そうなると、捕まえた後が面倒なんだ。そいつが本当に町民だったらこっちでは裁けんからな。どうしても積極的にはなれんのだ」


 代行役人からの返事にユウは驚いた。そんな理由で捕まえてもらえないとは思いもしなかったからだ。しかし、言われて理解できる話であっても、納得はできない。


 何とか捕縛してもらおうとユウは代行役人を説得しにかかる。


「でも、その行商人たちもトニーの拉致に関わっていたんですよ? いえ、立場としてはこのチンピラたちに指示していた可能性が高いじゃないですか」


「まぁそうだな。こういう連中は大抵使われる側だからな」


「だったら、このまま放っておくとまた他のチンピラを雇ってトニーが襲われるかもしれないじゃないですか」


「確かに、その可能性もある。が、さっきも言ったが、今起きている事件だけでオレたちもいっぱいなんだ。実際に事件を起こした連中を相手にするだけでな」


「それなら、僕を雇ってください。捕まえてきますから」


「こっちには雇う理由がない。やるなら自分1人でやるんだな」


 予想以上に冷たい反応が返ってきたことにユウは失望した。先程代行役人はチンピラたちのことを使われる側だと評していたが、それは自分も同じなのだと気付く。いや、思い出した。そもそも代行役人からの扱われ方など良い方が珍しいのだ。


 肩を落とすユウに対して代行役人が話を続ける。


「もっとも、本当に1人で何とかして捕まえてきたら、こっちも真面目にやらざるを得んがな」


「どういうことですか?」


「お前がとっ捕まえてこっちに引き渡したら、それはもうオレたち側の仕事になるということだ。行商人は確か2人いるんだったか? だったら、1人でも捕まえてこっち側に連れてきたら、後はオレたちの領分になるというわけだ」


「面倒ですね」


「何を言ってる。ひどいヤツだと、連れてきても受け取り拒否をするヤツだっているんだぞ?」


「それって職務放棄じゃないですか」


「何も言い返せんのがつらいところだが、現実にはそういうこともあり得るということだ。特に忙しい今のような状況だとな」


「1人でも捕まえてきたら後はやってもらえるんですね」


「捕まえられたらな」


 肩をすくめた代行役人をユウは真剣に見つめた。相手の態度はいつも通りだが否定はしてこない。


「わかりました。それでしたら捕まえてきます。ただ、今晩八の刻までにここへ連れてくるんで待っていてください」


「八の刻!? お前、それがいつだかわかって言ってるのか? 真夜中だぞ」


「昨日、そのチンピラとの行商人の1人が七の刻以降に会っていたんです。その後チンピラたちがトニーを人質にデニスの八百屋を襲おうとしていましたから、何らかの指示を出した可能性が高い。それなら必ず命令を実行した結果を聞きに来るはずですから、そのときに捕まえるんですよ」


「いや、言っていることはわかるがな、八の刻っていうのはいくら何でも遅すぎる。ここが何時に閉まるかお前だって知ってるだろう?」


「六の刻ですよね。でも、忙しいときは七の刻を過ぎても仕事をしているって聞いたことがありますよ?」


「誰だ、そんな余計なことを言ったヤツは!」


「昔のことなんで忘れました。で、今は忙しいんですよね?」


「くっ、くっそ」


 歯を食いしばりながら睨んでくる代行役人をユウは涼しい顔をして見返した。しばらく見つめ合っていた2人だが、最終的に代行役人が折れる。


 自分の要求が通ったユウは礼を述べると嬉しそうに踵を返して去って行った。

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悪い意味でお役所仕事なのが目立ちますねぇ
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