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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第31章 行商人の悲喜こもごも

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忙しい夜(後)

 掲げた松明(たいまつ)の炎に照らされた路地を5人の男たちが歩いて行く。先頭はユウ、その後に縄を持った男とその仲間が続いた。


 安酒場街をまっすぐ南へと向かい、貧民の住宅街へと入ると路地を右に左にと曲がりながら進む。暗さのおかげでその汚さはほとんど目に付かないが、臭いは相変わらずだ。


 とある所まで歩くと地面にナイフや棍棒が散らばっている。そこを越えたすぐ先のぼろ屋でユウは立ち止まった。


 ぼろ屋が静かなのを確認したユウが振り向く。


「僕が先に入る。返事があるまでそこで待っていて」


 黙ってうなずいた男たち4人を見たユウは正面に向き直った。ゆっくりと扉を開けてゆく。全開にすると松明(たいまつ)を先に室内へ入れてその周辺を確認した。チンピラたちを運び込んだときと何も変わっていない。7人全員がまだ横たわっていた。


 最後に立ち去ったときと同じ状況だと知ったユウが男たち4人を室内に呼び寄せる。


「今からこいつらを後ろ手に縛り上げて起こしていくけれど、起きなかった奴は担いで運んでほしいんだ」


「おい、血を流してるヤツがいるぞ。生きてんのか?」


「たぶんね」


 倒れているチンピラを目にした男の1人が尋ねてきたのでユウは端的に答えた。本当に生きているかはこれから縛り上げるときにわかるだろう。


 若干嫌そうな顔を浮かべる男たち4人に松明(たいまつ)を預けたユウは縄を受け取った。一番最初に取りかかったのはスティーブだ。この男だけは絶対に逃がしてはいけないのですぐに縛り上げる。その際に目を覚ましかけたが無視して次に移った。そうして7人全員を縛り上げる。尚、一応全員息はあった。そのうち4人は虫の息だが。


 最初の作業を終えたユウは次いでチンピラたちを起こしにかかった。虫の息の者はそのままにして、頬を腫らしている3人の体を揺すり、次いで頬を平手で軽く打つ。全員が悶絶しながら目を覚ました。次いで無理矢理立たせて3人を数珠つなぎにする。


「やっと準備できた。それじゃみんな、1人ずつ担いで」


「うわ、コイツ担ぐのかぁ」


「死ぬ寸前じゃねーか」


 渋い顔をした男たち4人はそれでもユウの命令に従った。本当に仕方なくという体裁で1人ずつ肩に担いでゆく。職業柄だろうか、随分と手慣れた感じだ。


 すべての用意が整うとユウは立たせた3人を歩かせる。スティーブなどはまだ反抗的だったが槌矛(メイス)をちらつかせるとおとなしくなった。


 ぼろ屋を出た10人以上の集団は路地を進んだ。縄で繋がれたチンピラ3人を先頭に、松明(たいまつ)を掲げるユウ、その後ろに人をかつぐ人足4人である。事情を知らない者が見たら人さらいと思うかもしれない。こういうときに夜の闇夜は役に立つ。


 この時間帯の貧民の住宅街は基本的に静かだ。いても帰宅途中の酔っ払いくらいである。ごくたまにそんな者とすれ違うことがあるが、騒がしかった者たちもユウたちの一団を目撃すると途端に黙った。そして、こっそりとかつ足早に脇を通り抜けて決して振り返らない。


 同じ現象が2度続いた後、男の1人がぼやく。


「今から死体を捨てに行くっつったら、みんな信じるんだろうなぁ」


「3人は生きてるじゃねーか」


「そりゃお前、現地で」


 ちらりとユウが振り向いたことに気付いた男が口を閉じた。他の男たちも気まずそうに目を逸らす。そうして再び静かになった。


 ユウとしては別に黙らせるつもりはなかったのだが、自分が非難されているみたいで気になったのだ。それがこんな形で黙られると自分が主犯格に思えてしまう。ある意味実際にそのとおりなのだが。


 貧民の住宅街を抜けたユウたちは貧者の道へと移った。先程よりも更に往来する人々は減っている。それでもいるわけだが、そんな人々とすれ違う度にユウたちは驚かれ、恐れられ、そして避けられた。


 その様子を何度か見たユウがつぶやく。


「えぇ、そんなに怖いのかなぁ」


「こんな夜中にこんなことしてりゃ、誰だって避けるってもんだ」


「どんなに良く見ようとしたって、代行役人がしょっ引いてる感じだもんな」


 次第に慣れてきたらしい男たち4人がユウに対して遠慮しなくなってきた。ユウとしてもわかっていたことだが、できれば目を逸らしたかったのだ。しかし、現実がそれを許してくれない。


 若干肩を落としたユウだったが、道の南側が市場の辺りに差しかかったことに気付いた。普段なら気にすることでもないのだが、先程トニーを解放したばかりなのに気になったのだ。今頃はデニスの八百屋にたどり着いているはずである。家族との再会を喜んでいるところを想像した。胸にじんわりと温かいものが広がる。


 市場を過ぎると次は宿屋街が道の南側に広がっているのだが、この辺りだと往来する人々は冒険者が多くなった。先程までは驚かれ、恐れられ、避けられていたが、今度は興味深そうな視線を向けられることが増えてくる。そんな中には声をかけてくる者もいた。


 酔っ払った冒険者の1人がすれ違うときにユウへと声をかける。


「なぁ、こいつらって何をしたんだ?」


「人さらいだよ。僕の知り合いがさらわれて助けたんだけれど、ついでに冒険者ギルドに突き出すんだ」


「ひどいヤツもいるもんだな。貧民街のチンピラってところか。オレもあそこ出身だが、こうはなりたくないねぇ」


 しゃべってすっきりとした冒険者はそのまま通り抜けて行った。まったくその通りだとユウも思った。


 宿屋街を通り過ぎると西端の街道に差しかかる。いよいよ冒険者ギルド城外支所の建物が見えてきた。そろそろ八の刻が近くなって来たこの時間では当然閉まっている。


 街道を渡ったユウは城外支所の北側の原っぱに入った。そのまま建物の壁に沿って更に西へと歩いてゆく。やがて裏口のある場所にたどり着いた。少し前まで代行役人とよく合っていた場所だ。そこで立ち止まる。


「ここでいい。その担いでいるチンピラは扉の横に寝かしておいて」


「そりゃいいが、直に寝かせるのか?」


「うん。敷物もないし、仕方ないよ」


 少し考えてからユウは男たちに返答した。城外支所が開いていたら職員の指示に従えるのだが、今は誰もいないのでそのまま横にするしかない。先月の魔物の間引き期間に負傷した冒険者たちも同じ境遇だったので、こんなものだろうという判断でもある。


 男たち4人が担いでいたチンピラたちを地面に寝かしている間に、ユウは自分が連行していた3人に向き直った。そして、扉の反対側の横に座らせる。そのうちの1人は地面に横たわり、他の2人は壁にもたれた。


 壁に背を預けたスティーブがユウへと顔を向ける。


「テメェは絶対ブッ殺す」


「ドルフって言ったっけ? あんな奴の言うことなんて聞かなければ良かったじゃない」


「うるせぇ」


「いくらもらったのか知らないけれど、絶対割に合わないと思うんだ」


「うるせぇ!」


「大体、あのドルフって名前、偽名だよ? あいつ、市場で人に名乗った名前が全部違ったんだ。町の中を拠点にしているだろうから、こっちの人間なんて最初から信じる気がなかったんだろうね」


「は? あいつが町の中のヤツ?」


「そうだよ。さっきあのドルフが酒場で僕に話しかけてきたんだけれど、言葉の端々に町の中の人の特徴があったんだ。話をしていて違和感はなかった?」


 呆然としたスティーブが黙って震えた。どうやら町の外の住人だと信じていたらしい。


 それを見ていたユウは少しだけスティーブに同情した。チンピラなどしょせん使い捨てでしかないのだ。


 震えていたスティーブはやがて怒りで顔を赤くして、腫れた頬のことなど気にもせずに叫ぶ。


「あのヤロウ、何もかもウソだってのかよ! チクショウ! どいつもこいつもバカにしやがって! だったらあのリンジーってヤロウもか!」


「リンジー? ドルフの仲間の行商人?」


「テメェも知ってんのかよ! あんな弱っちいヤツラが、よくもオレをコケにしやがって!」


「その2人、どこにいるのか知っているかな?」


「知るわけねぇだろ! テメェ!」


 興奮して頭に血が上ったスティーブを見てユウはこれまでだと判断した。トニーを助けるという目的は達成していので、気になる情報を聞けただけでも良しとする。


「あのぅ、ちょっといいですか? オレたち、そろそろ帰りたいんですけど。残りの報酬をですね」


「ああ、そうだったね。ごめん。今支払うよ」


 尋問していたユウを横で見ていた男たち4人は気まずそうに声をかけてきた。酒場にいた頃の威勢はすっかりない。残りの報酬を手にすると喜ぶというよりも安心した表情を浮かべる。


 もらうものをもらってそそくさと去ってゆく男たち4人をユウは見送った。これで最も面倒なことはとりあえず片付く。しかし、未だに喚き散らすスティーブは当分落ち着きそうにない。


 その様子を眺めながらユウはため息をついた。

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