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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第31章 行商人の悲喜こもごも

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忙しい夜(前)

 地面に転がる松明(たいまつ)の炎が路地を点々と照らしていた。あちこちに倒れたチンピラたちが横たわっている。呻いている者から動かない者まで様々だ。それ以外の周囲は真っ暗で視界が非常に悪いが、逆にその方が良かったかもしれない。


 今は夜である。なので路地に人がいないのは正しいことだ。両側に並ぶぼろ屋の扉がしっかりしまっているのも当然だろう。何か物音がすると顔を出す者はどこにでもいるものだが、今回はそんな輩もいない。


 そんな中、ユウとトニーだけが立っていた。地面で燃える光源で照らされる様子はこんな状況だと少し不気味にも思える。


 槌矛(メイス)を腰に戻したユウはトニーに顔を向けた。衣服はすっかり汚れ、全身傷だらけだ。顔も腫れ上がっている。そのせいか、昔見た顔と今見る顔が一致しない。しかし、チンピラたちがトニーと呼んでいたのだから当人なのだろう。これで同名の他人だったらとんだ骨折り損の苦労になるが、人助けをしたので代行役人に捕まることはない点は確実だ。


 最も危ない戦いは終わったが、これから色々とやるべきことがある。その一番最初の作業はトニーを落ち着かせることだ。助ける対象に誤解されたままでは他のことができない。


 どうやって話しかけようかユウが迷っていると、当の本人が声をかけてくる。


「お前、もしかしてユウなのか?」


「覚えていたんだ」


「真っ黒な髪の毛のヤツなんて、他に知らないし。でも、これは」


「アビーに頼まれて助けに来たんだ」


「あいつに」


「お互い言いたいことはたくさんあるけれど、とりあえず後回しにするよ。今は他にやらないといけないことがあるから」


「何をするんだ?」


「まずは、そうだね。後片付けかな」


 地面に目を向けたユウは倒れたままのチンピラたちを1人ずつ見た。全員立ち上がることもできない様子だ。これを放っておくわけにもいかない。


 少し考えてからユウはトニーに話しかける。


「トニーはそのままじっとしていて。誰か人がやって来たら知らせてほしい」


「わかったよ。それで、ユウはどうするんだ?」


「こいつらを連中の根城へ放り込む」


 言い終えたユウは倒れているチンピラを1人ずつ担いでぼろ屋へと運んでいった。その室内は本当に汚く異臭もしたが、今は気にせず次々に運んでいく。


 全員を運び終えたところでユウは室内を改めて見回した。雑然としていてわかりにくいが、ぱっと見たところ縄の類いはなさそうだ。床に寝かしたチンピラたちに目を向けると起きる様子はない。


 最後に使わない松明(たいまつ)を消すとユウは点けたままの1本をトニーに手渡す。


「これを持って。トニーは今からデニスさんの所に帰って。僕は泥酔亭に行くから。途中まで一緒に行こう」


「わかった。あいつらは放っておいていいのか?」


「駄目だよ。でも、今はどうしようもないからそのままにしておく。トニーは気にしなくてもいいから、家に帰ることだけ考えて」


 うなずくトニーを見たユウは前を向くと歩き始めた。ここからはしばらく時間との闘いになる。チンピラ、特にスティーブが目覚める前に戻らなければならない。


 七の刻をとうに過ぎ、新月のため真っ暗な貧民の住宅街の路地に人影はなかった。昼間によく見かける(たむろ)する大人や駆け回る子供は今や家の中である。


 貧民の住宅街を北西に進むと、2人は西から北へと緩やかに弧を描く貧者の道に出た。昼間に比べるとすっかり少ないが、まばらに人々が光源を持って往来している。その風景を見たトニーが肩の力を抜いて大きく息を吐き出した。


 道の脇で立ち止まったユウがトニーに振り向く。


「トニーはここからデニスさんの所へ1人で帰って。たぶん傷が癒えるまでじっとしている必要があると思うけれど、代行役人が来たら事情聴取に応じてね」


「通報するのか。あいつら、仕事すると思うか?」


「するよ。させ方っていうのがあるんだ。だからそこは気にしなくてもいい」


「わかった。それとありがとう。生きて帰れないと思ってたよ」


「家族に感謝しておくんだね。さぁ、行って」


 やや強く促したユウはトニーが背を見せて歩いてゆくのを少しの間見守った。足取りはやや怪しいができることはここまでだ。


 1人になったユウは安酒場街へと向かった。安酒場『泥酔亭』はもう閉まっているかもしれないが今少し協力してもらう必要がある。


 貧者の道から路地へと入り、ユウは先を急いだ。人通りは尾行していたときよりも更に少ないのでまっすぐ歩ける。


 傷んだところの多い木造の店舗を目にしたユウは意外な光景に少し目を見開いた。出入口がまだ開いているのだ。不思議に思いつつも中へと入る。


 店内ではエラとサリーが閉店の作業、掃除を始めていた。更に周囲を見るとテーブル席のひとつを4人の客が未だに占めている。どうも未だに粘っているらしい。


 酒場の扉が開いていた理由を知ったユウが掃除をしているエラに近づくと声をかけられる。


「戻って来たんだ。尾行は終わったの?」


「終わった。チンピラを倒してトニーも助けたよ」


「ちょっと何よそれ! もう助けたの?」


「トニーは今デニスさんの所に帰っているところなんだけれど、実はまだやることが残っているんだ。それでちょっと協力してほしい。7人を縛れるだけの縄がほしいんだ」


「何に使うのよ?」


「倒したチンピラを縛り上げるためだよ。代行役人に突き出すんだ」


「なるほど、そういうことなのね。わかったわ!」


 驚きつつも嬉しそうなエラがカンターの奥へと姿を消した。代わってサリーがやって来る。


「聞いたわよ。やったじゃない」


「まさかいきなりトニーのところへ繋がるとは思わなかったよ。手がかりでも見つかれば嬉しいと考えていたくらいだったから」


「なら、これで終わったのね」


「まだやることはあるけれど、区切りは付いたかな。最低限の目的は果たせたわけだし」


「これであたしも安心だわ。後はあの連中が帰ってくれたら最高なんだけど」


「もう店じまいだって伝えていないの?」


「言ったわよ。でも、あの手の連中は全然言うことなんて聞かないんだから」


 困った様子のサリーが4人の酔客を睨め付けた。金払いは悪くないそうなので扱いに困っているらしい。


 テーブル席の4人へとユウも顔を向けた。人足風の男たちで体格は悪くない。サリーにどんな者たちなのかと尋ねると荷物担ぎだと返ってきた。


 知りたいことを知れたユウは男たちへと近づく。そして、テーブルの真横で立ち止まった。最初は自分たちの話で盛り上がっていた4人から顔を向けられる。


「景気が良さそうだね」


「はっ、悪かねぇな。仕事上がりの酒は最高だぜ」


「それは羨ましいな。僕もそうしたいんだけれど、ちょっと荷物運びに困っていてね、手伝ってほしいんだ」


「おいおい、話を聞いてたのかよ。オレたちゃ仕事上がりなんだ。今日はもう閉店しちまったのさ」


「たまに延長する日だってあるだろう。現にこの店もそうじゃないか」


 話を聞いていた男たち4人は顔を見合わせた。困惑した顔、微妙そうな顔、何とも言えない顔、少し不機嫌な顔と様々に変化する。


「貧民街のぼろ屋を根城とするチンピラ7人をさっき倒したんだ。知り合いを助けるためにね。それで、そのチンピラたちを縛り上げて冒険者ギルドの城外支所まで連れて行きたいんだけれども、それを手伝ってくれないかな。報酬は1人銅貨4枚」


 男たち4人の顔つきが真面目なものに変わった。貧民の1日の稼ぎには届かないものの、それに近い金額だ。それが貧民の住宅街の一角から城外支所へ犯罪者をはこぶだけで手に入る。悪くない仕事だ。


 1人が曖昧な笑みを浮かべながらユウに向かって口を開く。


「悪かねぇな。ただ、ちょいと危ない仕事じゃねぇか? オレたちゃ善良な人足でよ、そういう怖いところにゃ近づきたくねぇんだ」


「仕事自体は魅力的に見える?」


「まぁそうだな。この辺りからしょっ引くって話だったら、イイ返事ができたんだけどよ」


「仕方ないなぁ。だったら前金で銅貨2枚、仕事が終わったら4枚支払うよ」


「よし、乗った!」


 一言叫んだ男が木製のジョッキを一気に傾けた。続いて他の3人も残っていたエールを飲み干す。


 その間にユウは銅貨8枚をテーブルに置いた。嬉しそうにそれを手にする男たちを眺める。契約は成立した。


 男たち4人が立ち上がった頃、縄を持ったエラがユウに近づいて来る。


「ユウ、持ってきたわよ。この騒ぎは何?」


「稼ぎの良い仕事にありつけてみんな喜んでいるんだよ。それじゃ行ってくる。詳しい報告は明日にするよ」


「いってらっしゃい」


 縄を受け取ったユウは男たち4人に声をかけると歩き始めた。機嫌良さそうに自分たちを眺めているサリーに気付いて力なく笑う。


 意識を切り替えたユウは男たちを引き連れて酒場を出た。

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