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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第31章 行商人の悲喜こもごも

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尾行した先で

 行商人風の男が店内から出て行こうとする中、ユウは近くにいたエラを手招きで呼び寄せた。出て行こうとする男を気にしつつも近づいて来るエラに小声で伝える。


「今日の報告は明日する」


「いいけど、追いかけるの?」


 小さくうなずいたユウは木製のジョッキを傾けて中身を空にした。食事は既に終わっている。いつもより少し早めに食べたおかげで残さずに済んだ。


 席から立ち上がったユウは足早に室内を歩く。扉の手前で歩速を緩め、ゆっくりと外に出た。日没直後らしく既に暗い。目を凝らして路地の左右へと目を向ける。南側に目的に背中が見えた。


 往来する通行人の数は七の刻前よりも少なくなっている。昼間なら振り向けばすぐに見つかってしまう密度だ。しかし、その人混みの粗さを夜の暗闇が覆ってくれていた。


 適度な距離でユウは行商人風の男を追う。そういえば名前を聞いていなかったことを今になって思い出した。偽名で誤魔化されるのは確実だが、一方的に名前を知られているというのは面白くない。


 どこに行くのかよくわからないままユウは行商人風の男の後をつける。人気(ひとけ)のない場所に向かわれると尾行がやりにくくなるが、最終的にはそういう所へ向かうのだろうと内心で覚悟を決めた。これでトニーの居場所が確定できればと期待を寄せる。


 かなり歩くと予想していたユウだったが、意外にも尾行は長く続かなかった。行商人風の男は1軒の安酒場に入ったのだ。そのとき扉の向こう側が目に入ったのだが、空き席が多かった。続いて入ると店を出る行商人風の男にばれてしまう可能性が高い。


 できれば会話を聞きたかったユウはそれを諦めた。行商人風の男が入った安酒場の出入口を見張れる少し離れた場所に立つ。出てきたところをまた尾行するしかない。行商人風の男にとって今日はもう店じまいでこれから酒盛りとならないように祈る。往来する酔っ払いたちが自分を気にもとめないのが救いだった。


 ある程度時間が過ぎ、何人かの客が出てきた後、待望の尾行対象者が酒場から姿を現す。それに合わせてユウは体を反転させて体を折り曲げ、店の壁に手を突いてえずく真似をした。悪酔いした酔客の末路を演じたのだ。その体勢から行商人風の男を観察する。


 最初に気付いたのは複数人いたということだ。行商人風の男以外にチンピラが4人一緒にいる。その中の1人がリーダーらしく、他の3人が敬語風丁寧語を使っていた。


 しばらく騒がしくしゃべっていた5人はやがて別れの挨拶と共に二手に分かれる。行商人風の男は西へと伸びる路地へ向かい、チンピラたちは南へと伸びる路地を歩いてゆこうとした。


 ユウは今ここにトリスタンがいてくれたらと顔を歪める。1人で同時に2組は追えない。では、どちらを重視するか。一瞬悩んだ末、チンピラたちを追うことにした。4人で騒がしく歩いているので尾行しやすいのと、打ち合わせにこの安酒場を使っているのならば行商人風の男はまた見つけ出せるという考えだ。


 松明(たいまつ)を掲げ、大声でしゃべりながら歩くチンピラたちの後をユウは追う。尾行しやすいので非常に助かるが、それ以外にも思わぬ副産物があった。チンピラのリーダーと行商人風の男の名前が判明したのだ。リーダーの方はスティーブ、行商人風の男は行商人のドルフらしい。行商人の方は偽名だろうが、少なくともあの男がトニーの露店を襲ったチンピラと繋がりがあることがわかった。つまり、あの行商人ドルフがチンピラを使ってトニーを襲わせた可能性が出てきたのだ。なぜという疑問が残るが、とりあえず今は後回しである。


 良い気分らしいスティーブたちはやがて貧民の住宅街へと入った。そうして根城であるぼろ屋へと入ってゆく。


「さて、ここからどうしよう」


 静かになった周囲を見回してユウは困った。今は新月の時期なので視界が利かない。何も見えないので動くこともできないのだ。ここまで尾行することになるとは思わなかったので帰り用の松明(たいまつ)も持ってきていない。


 こんな場所で一晩を明かすことになるのかとユウは頭を抱えた。得られた情報の価値からすると収支は赤くないが非常に情けない。


 そんなことをユウが思っているとチンピラたちの根城が再び騒がしくなった。じっと様子を見ていると驚いたことに再び外に出てきたのだ。しかも今度は8人である。


「あれが、トニー?」


 松明(たいまつ)に照らされたぼろぼろの男がチンピラに小突かれながら姿を現した。スティーブがトニーと呼んでいるのだからそうなのだろうが、どうにも足元がおぼつかない。相当痛めつけられたようだ。


 何とも嫌な気分になったユウだったが、今はそれどころではない。視界が利くようになったのは良いが、同時にユウも見つかりやすくなったのだ。急いで悪臭のする枝道に入る。


「よぉーし、みんな揃ったな! 行くぜ!」


「おー!」


「コイツんち、八百屋なんだってな」


「ギャハハ、だっせぇ!」


 チンピラの子分6人のうち半分は酔っ払っていた。チンピラたちは棍棒やナイフなどを持っており、それを振り回す者もいる。


 8人の行く先がわかったユウは顔をしかめた。何がどうなっているのかわからないが、今夜スティーブたちはデニスの八百屋を襲うつもりらしい。しかも、トニーも連れて行くということは人質にする腹積もりだとすぐに気付いた。


 この時点でチンピラたちを襲撃することをユウは決意する。腰に吊した槌矛(メイス)を右手に握った。奇襲する時期を慎重に見極める。


 騒ぎつつも移動を始めたスティーブたち8人がユウの隠れる枝道に近づいて来た。すぐに路地を通って目の前を通り過ぎてゆく。やがて最後尾のチンピラが通り過ぎた直後、ユウは枝道から飛び出した。


 まったく無防備なチンピラの後頭部をユウは槌矛(メイス)で殴る。一応昏倒する程度で加減はしたが、何しろ後頭部を鉄の塊で殴るのでかなり怪しい。ただ、相手との人数差がある上に人質もいるので制圧優先で動く。


 2人目、3人目とまったく同じように倒したユウは意外に思った。まだ気付かれていないのだ。1人目で振り向かれると思っていただけに内心で驚くが、都合が良いのでそのまま続ける。


 しかし、さすがに4人目で異変に気付いたようだ。トニーを後ろに引っぱった時点で残る3人が振り向く。


「誰だテメェ?」


 リーダーであるスティーブは問いかけたが、ユウの槌矛(メイス)が迫るのを見てとっさに後ろへと転がった。そうして起き上がる前に手下の2人に叫ぶ。


「そのバカ殺せ!」


 チンピラたちはリーダーの命令を聞くと奇声を上げてナイフを手に左右から突っ込んで来た。しかし、動きは完全に素人そのものだ。


 右に1歩横移動しながら槌矛(メイス)を左手に持ち替えたユウはそれを横一線に薙ぎ払った。すると、槌矛(メイス)が向かって右手から突っ込んでくるチンピラの右手に当たる。悲鳴を上げてナイフを手放したそのチンピラの体はそのまま泳いでしまい、向かって左側から進んで来た仲間の進路を妨害した。


 そこを見逃さず、ユウは武器を手放したチンピラの左頬を槌矛(メイス)で殴って昏倒させる。動きを止めた残るチンピラは完全に固まっていたので、そのまま手をはたいて武器を手放させ、頬を殴って倒した。


 大した時間もかけずにユウは奇襲を始めてから6人のチンピラを倒す。


「テメェ、なにモンだ!?」


「そんなこと知らなくてもいいよ」


 1人だけとなったスティーブの問いかけにはまともに答えず、ユウはそのまま前に進み出た。ダガーを握る相手の顔は怒りと怯えに染まっていたが、それを気にしてやる必要はない。


 チンピラたちのリーダーであるスティーブは仲間たちと同じように素人だった。大きな声を上げて威嚇しながらダガーを振り回す。


 途中で足を止めたユウはその様子を眺めていたが、特に見るべきものがないと知ると再び動いた。大きく踏み込み、右腕の振りに合わせて槌矛(メイス)を振る。そうしてダガーをはじいた。手のひらではないのでスティーブは武器を手放さなかったものの、上半身が少し右腕に引っぱられて右側に少し泳ぐ。


 全身が無防備になった状態のスティーブに対して、左手で持っていた槌矛(メイス)の先でその右頬を殴った。今度は頭ごと反対側へと倒れる。


「グゾッ、デメェ!」


 叫ぼうとしたスティーブに対して、ユウは起き上がらせることなく槌矛(メイス)で殴りつけて昏倒させた。さすがにリーダーは後で証言を得ないといけないので殺さないように加減しておく。


 戦いが終わると、ユウは周囲に目を向けた。あちこちに松明(たいまつ)が転がり、チンピラたちが倒れている。まだ戦える者はもういないように見えた。


 トニーへと目を向けるとすっかり怯えていることにユウは気付く。いきなり現われて7人を殴り倒したのだからある意味当然だ。


 これからユウはどうやって説明しようか考えた。

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