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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第31章 行商人の悲喜こもごも

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いつもの酒場にて(後)

 トニーの調査を始めて2日目、ユウは初日同様三の刻から四の刻にかけて調べ回る。調べた場所は同じ場所で、昨日に続いて同じ人物に声をかけたのだ。


 一体何を狙ってそんなことをしたのかだが、当然理由はある。今日は主にトニーのことを調べ回っているユウ以外の誰かがいるのか、そしてユウ自身のことを調べている誰かがいるのかを確認するためだ。


 もちろんこれは身の安全を図るためという意味がある。誰かに狙われているとはっきりすればその対策を講じられるからだ。不意打ちを受けないというだけでも効果はある。


 それともうひとつ、誰がトニーの家族やユウを調べ回っているのかを知ることで次の調査の足がかりにするのだ。相手が提供してくれる情報を利用しない手はない。


 他にも、スティーブの根城について気になる点が増えたので調べておく。こちらも昨日同様多少の鉄貨を使って情報を手に入れた。


 これらを目的にユウは鐘1回分程度調べて回った結果、改めて色々と新しいことを知る。


 まず、ユウについて調べている形跡はあった。しかし、しっかりと調べ回っているというよりも、あちこちで少しずつという感じだ。ユウについてどこまで知られたのかははっきりとしないが、尾行されている可能性があった。ただ、今のところそれらしき影は見当たらない。


 次に、トニーとその家族について調べている形跡もあった。同一人物のようで、こちらが調査の主体らしい。ユウのことよりもしっかりと調べ回っているようだ。念のために八百屋へ行ってデニスやアビーに最近知らない人物が接触してきたかと尋ねてみたが、そのようなことはないようである。


 ちなみに、この調べ回っている人物だが、容姿の特徴はすべて一致するが名前はすべて違った。行商人風の男という点だけは間違いないらしい。


 最後に、スティーブの根城の再調査だが、こちらは新しいことが少しわかった。トニーが失踪した日に連れ込まれた男は今のところ出てきた様子はないらしい。また、それ以前にも実は1人連れ込まれたことがあるそうだが、こちらもその後どうなったのかわからないという。ただ、数日後、夜中にスティーブたちが何か大きな物を外に出したという情報が未確認ながらあった。


 調査2日目も目的を達したことになるので褒められたものだが、いかんせんその歩みは遅い。じりじりとするその感覚は徐々に焦りを生むが、ここでユウが爆発するわけにはいかない。何度も深呼吸をして自分を落ち着かせた。




 この日もユウは昼食と夕食は安酒場『泥酔亭』で食べた。いくら食べても無料なので思い切り食べられる。ちなみに、朝食は保存食をもらって帰るのだ。


 七の刻頃にやって来てから食事を始めたユウはのんびりと食べる。今日もエラに報告した後は宿に帰って寝るだけだ。1日は終わったようなものである。


 そんな至福のひとときをユウが過ごしていると、誰かが近づいて来たことに気付く。足音で男だとわかったのでちらりとそちらへと目を向けた。行商人風の男である。朝に聞き込みをしたときに何度も聞いた特徴と一致していた。


 表情を変えないままユウは目の前の料理へと視線を戻す。偶然この酒場にやって来た可能性がある。なので、今反応するのは悪い。通り過ぎたらどこに座るのか確認しようと心の中で決める。ただ、閉店が近いので店内に客の数は少ない。視線が合う可能性があった。どうにか自然体で見る方法はないか考える。


 色々と考えていたユウだったが、すべて無駄になった。その行商人風の男が隣のカウンター席に座ったからだ。空き席の多い今の店内で、赤の他人の真隣に座る理由などない。ということは、わざわざ選んでユウの隣に座ったわけだ。こうなるとこの男がこの酒場にやって来たことも偶然とは思えなくなる。


 通りがかったサリーが行商人風の男に注文を尋ねた。エールと聞くとすぐに離れてゆく。


 しばらくユウは無言を貫いた。聞きたいことは確かにあるが、自分から話しかけるのは良くないと考えたからだ。それは興味を持ったということを相手に示すからである。意図して同じ店、しかも隣の席を選んだのならば、必ず相手はユウに用があるはずだ。それに、相手のエールはまだ届いていない。最初に酒を飲むくらいの時間は与えるべきだろう。


 再びやって来たサリーが木製のジョッキを行商人風の男の前に置いた。無言で金をもらってそのまま去ってゆく。


 行商人風の男は木製のジョッキを傾けた。一口飲むと一瞬だけ眉をひそめ、小さく息を吐き出す。


「はぁ、1日の終わりはやっぱりこれに限るねぇ」


 隣で独り言を吐く行商人風の男を気にした様子もなく、ユウは残り少ない料理を口にし続けた。自分に向けられた言葉だと気付いていない様子を装う。手近にある木製のジョッキの中身は残り少ない。


 もう1回エールを飲んだ行商人風の男が今度はユウに話しかけてくる。


「あんた、ここの常連かい?」


「そうだよ。そっちは見ない顔だね」


「そりゃぁ最近この町に来たばっかりだからな」


「どこからかな?」


「トレジャーの町だよ。この町なら大抵はそうだろう?」


 話に乗ったユウは食べながら行商人風の男に返答した。特にこれといって内容のない雑談だ。盛り上がる要素はなく、いつ途切れてもおかしくない。普通ならつまらない相手だと早々に会話を打ち切るだろう。しかし、今この場においては、いつでも本題に入れるという意味があった。特に興味を引かれていないという様子を装いながらそのときを待つ。


「それにしても、近頃のこの町は物騒だねぇ」


「そう? ずっといるとよくわからないな」


「前は今ほどひどくなかったよ。町の外はチンピラが暴れすぎなんじゃないか?」


「町の中のことはよくわからないけれど、ここら辺よりもずっとましなんだ?」


「いやぁ、それはどうなんだろうねぇ。滅多に入らないからわからんよ」


 この時点でユウはこの行商人風の男が町の中の人間だと推測した。着ている服が貧民よりも多少きれいというのが最初に違和感を抱いたことだったが、これは新しい古着を買ったばかりのときにありえることだ。


 しかし、安酒場にしては旨い酒を出す『泥酔亭』のエールを飲んで眉をひそめる貧民は普通いない。もしそういう者がいたら普段からもっと質の良い酒を飲んでいることになる。金勘定に厳しい行商人でそんなことをする者は町の中で普段飲んでいる者くらいだ。


 また、町の外に広がる貧民街を住民は通常「ここ」と指す。町の外と表現するのは町の中の町民だけだ。


 そして最後に、これは絶対ではないが、外で見かける行商人で町に「入る」と表現する者は大抵実際に出入りしているか、たまに外に出てくる者だけである。それ以外は普通町に「行く」というのだ。


 もしこのユウの推測が正しければ、そのような行商人がユウのような冒険者に近づくことはまずない。徒歩の集団で共に移動するなど、余程何か特殊な事情がない限りは関わる理由が薄いのだ。ということは、必ず何か切り出してくるはずである。


「それより、町の外のことだ。最近は物騒なことが多くてね、ついこの間、知り合いの露天商もチンピラにやられちまったみたいなんだ」


「それは大変だったね。店主は怪我でもしたの?」


「いや、幸いそんなことはなかったらしいんだけどね、それで怖くなったのか、最近姿を見なくなっちまったんだ」


「チンピラに襲われたんだから、おかしくないと思うけれど」


「でもね、商品の代金の残りをまだ受け取ってないんで困ってるんだ」


「それはご愁傷様」


「で、オレも色々と探してるんだが、そこでちょっと気になったことがわかったんだ。実は、その知り合いを捜してる別の冒険者がいるらしい」


「その冒険者も知り合いとか?」


「さぁどうなんだろうねぇ。でも、どうせ捜すなら一緒に捜したらどうかと思うんだよ。人手が2倍になったらそれだけ見つけやすくなるだろ?」


「なら、その冒険者に話を持っていけばいいんじゃないのかな?」


「あんた、その冒険者を知ってるか?」


「名前を聞いてもいないのにわかるわけないでしょ」


「ユウって名前らしいんだ」


 ここで一瞬面食らったかのような表情をユウは作った。この間にどう反応しようか考える。


「へぇ、僕と同じ名前の冒険者がいるんだ。珍しい人もいるんだ」


「あんたじゃないのか?」


「どうしてそんな回りくどい言い方で尋ねたの? はっきりと言えない理由でもあるの?」


 表情は穏やかでも目だけはやや鋭くしてユウは行商人風の男を見つめた。一瞬放心した男は次いでわずかに顔をしかめ、そして木製のジョッキに向き直る。


 しばらく無言だった行商人風の男は立ち上がった。ユウには何も言わずに背を向ける。そうして出口へと向かった。

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