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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第31章 行商人の悲喜こもごも

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足跡の調査(後)

 トニーの父である八百屋の店主デニスからユウは新しい証言を得た。それは誰かが麻の小袋を八百屋に投げ込んだということを裏付ける話だったが、同時にその投げ込んだ誰かは複数人の男たちに追われていたことが判明する。


 ここでユウはアビーの話を思い出した。トニーはチンピラに露店を荒らされた件である。ただ、これを結びつけるには麻の小袋をトニーが何らかの形で手に入れていたことを証明しなければならない。


 更にいくらか話をした後、デニスと別れたユウは次いで同じ市場にあるチャドのスープ屋へと向かった。店に客がいないことを知るとそのまま近づく。


「おはよう、チャド。ちょっとトニーの事で聞きたいことがあるんだけれど」


「トニー? どこの?」


「八百屋のデニスさんの息子だよ。今は行商人をしながらこの市場で露店をやっていたらしいんだ」


「思い出した。いたね。僕もアルフの所にいたとき、よく八百屋に行ったよ」


「そのトニーが2日前からいなくなったらしいんだ。それで、アビーから頼まれて今捜しているところなんだよ」


「ええ!?」


 目を丸くしたチャドにユウはことのあらましを語った。そして、最近市場で発生した出来事でトニーに関係するものがないか問いかける。


 考え込むチャドに対してユウはスープを1杯求めた。それを食べながら答えを待つ。


「う~ん、最近この市場って嫌なことがたくさん起きているから、飛び交う噂も色々と話が混ざってることが多いんだ。その中でトニーに関係することはないかなぁ。たぶん、誰かの話と混ざってると思う」


「そうか、残念だな」


「ユウはトニーが露店をしていた場所って知ってるの?」


「さっきデニスさんに教えてもらったけれど」


「だったらその周辺で話を聞いたらいいんじゃない? たぶん一番確実だよ」


「そうだね。この後行ってみるよ」


 チャドに促されたユウはうなずいた。そこは聞き込みの場所としては絶対に外せないと思っていたので、スープを食べ終わるとすぐに向かう。行商人であるトニーが露店を開いていた場所は露天商が並ぶ一角だった。今は別の店主が露店を開いている。


 その人物も含めた周辺一帯の店主たちにユウは聞き込みを行った。妹のアビーから頼まれて捜していると伝えると同情して色々と話してくれる。


 集まった情報をユウは整理した。まず、トニーは3日前まで露店を営んでいたのは確実で、その日はいつも通り店を畳んで帰っている。次いで、トニーはチンピラに言いがかりを付けられて店を荒らされたことがあり、それ以来気にかけていた。その言いがかりとは、革袋を返せというものだったが、トニーは知らないと返答していたという。最後に、それらの更に数日前、トニーは血相を変えた人物から何か袋のような物を受け取ったらしい。ただ、それがどんなものかははっきりと知らないとのことだった。また、チンピラはスティーブとその仲間たちだという。


 なかなか重要な証言を得られたユウは手応えを感じた。まとめると、トニーは最初血相を変えた人物から袋のような物を受け取り、後日スティーブ率いるチンピラが革袋を返せと言いがかりを付けて露店を荒らされ、悩んでいるところで失踪したことになる。ここで気になるのはトニーが受け取った袋のような物とチンピラたちが返せと言っていた革袋が同じ物なのかだ。トニーが嘘をついていたのか、それともチンピラたちの勘違いなのか、それともまだ何かあるのか、今のところわからない。


 また、ここで先程聞いたデニスの証言を繋げたくなるが、それはまだ時期尚早だろう。追われている人物がトニーであること、麻の小袋がトニーの受け取った袋のような物と一致する証拠も証言もない。


 こうなるとスティーブ率いるチンピラが有力な手がかりとなる。ユウは次いでそちらを調べてみることにした。




 アドヴェントの町の貧民街にチンピラは多数いるが、そのほとんどが貧民の住宅街に住んでいる。近年は獣の森側へと拡大してきているので以前とはその様相が変わってきているが、新たに移り住んできた東側のごろつきの勢力範囲は基本的に住宅街の東側のみだ。そのため、市場や安酒場街で大きな顔をしているのは住宅街の西側に根城を持つ従来のチンピラである。


 このことから、ユウはスティーブ率いるチンピラは貧民の住宅街の西側を根城にしていると予想した。そのため、市場の次は住宅街の西側へと足を向ける。


 かつて住んでいたことのある場所でユウは最初に知り合いを当たった。貧民街の不潔な一角にある粗末な木造の掘っ立て小屋へと向かう。


「ケント、いるかな?」


「誰だ? ユウじゃないか。どうしたんだ?」


 生活互助集団をまとめる知り合いのケントが向かえてくれた。ユウの突然の訪問に驚いている。


 とりあえず懐かしい室内に入れてもらうとユウは早速自分の事情を話した。共通の知り合いであるトニーのこととあってケントは真剣に考えるそぶりを見せる。


「あいつ、姿を消していたのか。行商の旅に出たわけじゃないんだな?」


「アビーやデニスさんの話からすると違うらしい。ケントはトニーの行き先に心当たりはあるかな?」


「いや、さっぱりだな。そもそも最近は会っていなかったから、てっきり他の町に行っていると思っていたくらいだ」


「そっかぁ。それじゃ、スティーブっていうチンピラとその集団のことは知っている? 市場の人によると、トニーの露店を荒らしていたそうなんだ」


「あいつらか。乱暴な連中でみんな嫌ってるよ」


「根城がどこかってわかるかな」


「それなら知ってる。恐らくユウも場所は知ってるんじゃないかな」


 意外なことを聞いたユウは少し呆然としたが、ケントの話を聞いて納得した。かつて知り合いの家族が住んでいた家だったのだ。それが夜逃げして空き家になった後、スティーブたちが入り込んできたらしい。


 思い出した場所が正しいことをケントに確認してもらった後、ユウはそのスティーブたちの根城へと向かった。ケントの助言でその辺りは昔よりも治安が更に悪くなっていると教えてもらう。


 知っている場所であっても油断できないと知ったユウは慎重に目的の場所へと向かった。すると、確かにある場所から雰囲気が悪くなったと肌で感じるようになる。


 これは馬鹿正直に自分の事情を伝えるのは良くないと悟ったユウは聞き取り調査の方法を少し変更した。金銭による取り引きで得ようとしたのだ。鉄貨を用意し、周辺住民に聞き込みをする。スティーブたちに調べていることを知られる危険はあるがやむを得ない。


 周辺の住民にスティーブたちのことを聞いた結果、3日前の夜に1人の男を根城に連れて行ったことが判明する。どんな人物かは暗くてわからなかったが、誰かを確実に連れていたことは誰もが口を揃えていた。


 こうなると、いよいよ集めた一連の情報が繋がってくる。スティーブたちに革袋を返せと言いがかりを付けられて店を荒らされた後、トニーは3日前の夜に何らかの理由で追いかけられ、デニスの八百屋の裏から麻の小袋を投げ込んだ可能性が高い。そして、その後捕まってスティーブたちの根城へ連れ込まれてしまったとするとつじつまが合う。


 ただ、それでもまだ想像で補っている部分はあった。例の袋が一致していれば確信が持てるのだが、今のところ断定できない。八百屋の裏で追われていた人物と追っていた人物についても同じだ。心情的には確信が持てるのだが、あと一歩踏み込めないでいる。


 なんとももどかしい思いをしていると、ユウは四の刻の鐘が鳴るのを耳にした。1日鐘1回分程度のみ調査するという契約を思い出す。


 きりが良いということでユウは一旦スティーブの根城から離れた。その間も色々と考えるがなかなか胸の内は晴れない。


「う~ん、何か引っかかるんだよなぁ」


 周囲に気を付けながらもユウは首をひねった。集めた情報が示すものは大体筋が通っている。例え不確かな部分があるにしても、恐らくそれで間違いないだろうとも思っていた。


 しかし、なぜこんなことになっているのかがわからない。一番気になるのは、そもそもの原因を作ったかもしれない血相を変えた人物の存在だ。今のユウの組み立てた推論では一番最初に出てくるだけでそれっきりである。どうしてこの人物はトニーに袋のような物を渡しのだろうか。それが麻の小袋と同一なら貧民にとっての大金を渡す理由がわからないし、違うのならば一体どこに行ったというのか。


 ユウがアビーから求められているのはトニーの捜査と恐らく救出までだろう。それだけを考えるのならば、この謎の部分はもしかしたら触れる必要はないのかもしれない。


 色々と考えてはみるものの、どうにもこれといった結論に達しないユウであった。

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