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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第31章 行商人の悲喜こもごも

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足跡の調査(前)

 2日前に失踪した行商人トニーの捜索を依頼してきたアビーの話を聞いたユウは引き受けることにした。友人からの持ち込まれた話なので報酬は駆け出しの冒険者並にしかならかったことから、今回相棒のトリスタンは引き受けない形となる。


 依頼に対する関わり方が決まったところで、ユウはアビーから情報を引き出すことにした。麻の小袋とその中に入っていた金銭は重要そうな手がかりだが、今のところトニーと直接関係ありそうにない。そのため、手がかりとなるものを少しでも求めたかった。


 わずかに身じろぎしたユウがサリーに確認する。


「ここってまだ使える?」


「開店時間は三の刻の鐘が鳴ってからだから融通は利くわ。どうせいきなりお客がやって来るわけじゃないし。そもそもまだ鐘も鳴ってないもの」


「わかった。ありがとう」


「ただ、あたしはもう行くわ。子供の面倒を見ないといけないし。エラ、後よろしく」


「任せて」


 とりあえず話がまとまって安心したらしいサリーが気楽な様子で立ち上がった。そして、いつの間にか開店準備をする物音が聞こえるようになった厨房へと去ってゆく。


 次いでトリスタンが立ち上がった。ユウが顔を向けると口を開く。


「依頼を受けない俺もいない方がいいな。関係のない奴は関わらせないのが原則だし」


「まぁそうだね。今日も町の中に行くの?」


「どうしようか迷っているんだな、これが。歩きながら考えるわ」


 言い終えたトリスタンが3人に軽く手を振るとサリーと同じように厨房へと足を向けた。開店前なので裏口から外へ出るしかないためだ。


 これでテーブル席に残ったのはユウ、エラ、アビーの3人となった。いささか出鼻をくじかれた形になったユウだったが、改めてアビーへと向き直る。


「アビー、依頼の内容についてはわかった。これからは、捜すための手がかりにがほしいから色々と質問をしていくよ」


「いいわよ。知ってることは全部話すわ」


「それじゃ確認なんだけれども、トニーがいなくなって2日が過ぎているわけだけれど、その間アビーは自分で捜したの?」


「うん。知り合いに色々と聞いて回ったけど、みんなに知らないって言われたの」


「デニスさんや他の家族も?」


「自分の知り合い、友達や仕事仲間に色々と聞いて回ったって言ってたわ。でも、やっぱり誰もトニー兄さんのことを見ていないらしいの」


「ということは、何かあったのは夜か。それで、2日前から姿を消したってはっきり言い切っているけれど、どうして断言できるのかな?」


「トニー兄さんはあの市場で露店を開くときは、必ず朝と夕方に八百屋へ顔を見せに来るのよ。なのに、2日前からそれがなかったから」


「麻の小袋が投げ込まれた夜っていうのは、顔を見せなかったその日の夜? それともその前日の夜?」


「前日の夜だったわ。麻の小袋が見つかった朝にトニー兄さんが顔を見せなかったのを覚えているもの」


「トニーが姿を消す直前に何かいつもと違ったことを言っていなかった? あるいは何かいつもと違う状況になっていたとか」


「えっと、あ! そういえば、少し前にチンピラがやってきて店を荒らされたって言ってたわ。ひどいことするわよね!」


「どうしてそんなことをされたの?」


「わからない。理由までは聞いていなかったもの」


「チンピラって具体的な名前はわかる?」


「いいえ、聞いていなかったからわからないわ」


 悲しそうに首を横に振るアビーを見ながらユウはもどかしい思いをしていた。重要なことはぽつぽつと出てくるが、肝心なことがわからない。その後も更に質問を重ねてみたが特に有力な情報は出てこなかった。


 会話が途切れて少しした後、三の刻の鐘が町の中から鳴り響く。


「とりあえずはこんなものかな。また何かあったら話を聞きに行くよ」


「いつでも聞きに来てちょうだい。お父さんの八百屋にいるから」


「わかった。ああそれと最後にひとつ、その麻の小袋についてトニーは何か言っていた?」


「いいえ、何も。トニー兄さんがこういう袋を持っているところも見たことないわ」


「そうなんだ。ありがとう」


 結局決定的な情報は何も出てこないまま、アビーへの聞き取り調査は終わった。後は1度実際に調査してみないとわからない。


 椅子から立ち上がったユウがエラに声をかける。


「それじゃ、これから調べてくるよ」


「お願いね。ああちょっと待って。お店の表の扉を開けるから」


 同じように立ち上がったエラが小走りで客用の出入口へと向かった。(かんぬき)を外すと扉を開く。


 礼を言ったユウはそこから出て行った。路地の人通りは少ない。安酒場街の朝はこんなものだ。


 そんな路地に立ったユウはこれからどうするべきか考える。この依頼で1日に割ける時間は鐘1回分程度、そして動けるのは自分のみなのでのんびりとはしていられない。


 まずは現状確認からするべきと考えたユウは足を北に向けた。安宿街へと入るとトニーが使っていたという安宿を訪問する。そこは周りの木材を多用した建物と似たような造りの古びた宿だった。


 この安宿のことを思い出したユウはそのまま中に入る。そうして、髪の毛が頭頂まで後退し、神経質そうな顔の宿主を受付カウンターで見つけた。訝しげな表情を向けてくるその人物にユウが声をかける。


「やっぱりベンさんですね。お久しぶりです。ユウですよ」


「ユウ? ああ、アルフんところにいたガキか。でっかくなったなぁ。冒険者になったって聞いてたが」


「そうですよ。今もやっています。これでもなかなかの腕なんですよ」


「へぇ、そうなのかい。で、何の用なんだ?」


「ここで宿泊していた行商人のトニーについて教えてほしいんです。妹のアビーから捜してほしいと頼まれて、今調べ回っているところなんですよ」


「八百屋のデニスの次男坊か。そういえば、あいつこの2日ほど顔を見てないな。調べ回ってるってことは、いなくなったのか?」


「そうらしいですよ」


「カネ払いは悪くなかったし、おとなしかったからいい客だったんだけどなぁ。この町を出て行商の旅に出たわけじゃないんだな?」


「アビーからはそうとは聞いていません。それで、本当にいなくなったのか、いなくなっていたら手がかりは何かないのか探しているんです」


「大変だねぇ。そういえば、デニスの奴が昨日オレのところに来て同じことを聞いてきたな。結局何も知らないとしか返せなかったが」


「そうですか。ちなみに、3日前は最後にいつトニーを見かけましたか?」


「朝この宿を出るときだな。いつも通りって感じだった。けど、夜はやって来なかったんだよ。いつもなら晩飯を食ってから泊まりに来るのによ」


「なるほど。他には何かありますか?」


「そうだなぁ。あ、何日か前に仕事道具がひどく傷んでたり汚れたりしてたことがあったな。きれいにするために水をくれって言われたことがあるぞ」


 頭をひねりながら質問に答えてくれるベンにユウは更にいくつかの質問をしてみた。しかし、これ以上有力な話は出てこない。


 話を打ち切ることにしたユウはベンに礼を述べる。


「ありがとうございます」


「力になれなくて悪かったな。まぁ、トニーがふらっと帰って来たら教えてやるよ」


「ぜひお願いします」


 別れの挨拶を伝えるとユウは安宿を出た。そうして街道を歩く。


「う~ん、アビーの言っていたいなくなった時期が正しいことを補強できただけか」


 貧者の道へと移って南に向かうユウは独りごちた。他にもチンピラに襲われたことも事実でありそうなことが浮かび上がる。しかし、これだけでは何とも言えない。


 次に向かったのは市場だ。店舗の並ぶ東側である。その中の木造のぼろ屋へ近づいた。デニスの八百屋だ。


 ちょうど店先に出て仕事をしていた脂ぎった顔の男にユウは声をかける。


「デニスさん、お久しぶりです」


「ユウじゃないか! 久しぶりだなぁ。アビーから聞いてるぞ、トニーを捜してくれてるんだってな」


「ええ、さっきベンさんの所に行ってきたところなんですよ。それで、今度はデニスさんに話を聞きに来たんです」


「おお、いいぞ。何でも聞いてくれ!」


 張り切って返事をしたデニスにユウはトニーがいなくなった前後から話を聞いた。大体はアビーから聞いた内容と変わらない。麻の小袋が投げ込まれ、気付いたのが朝というのも同じだった。ちなみに、夜に投げ込まれたと知っているのは、まだ起きていた頃に何かが地面に落ちた音が聞こえたからだという。


 そして、ここで更に重要な証言が出てきた。その麻の小袋が投げ込まれたとき、誰かが裏路地を急いで通り抜けていく音が聞こえたこと、更にその直後、大声で罵声を上げる男たちも通り過ぎたことを伝えられる。


 まだ直接何かに繋がる情報ではないが、重要な話を聞けたユウは手に力が入った。

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