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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第31章 行商人の悲喜こもごも

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最近の町の事情

 数日間の休日を満喫したユウとトリスタンは久しぶりに冒険者ギルド城外支所へと足を向けた。魔物の間引き期間のいよいよ終わりに近いので、室内は活気があるというよりも殺気立っている。最後の追い込みの時期なのだ。


 そんな中を2人は縫うように通って受付カウンターの前までやって来た。そうして今日もいつも通り頬杖をついている受付係へとユウが声をかける。


「おはようございます、レセップさん」


「どうした? いよいよ食いっぱぐれたのか?」


「いえ、お金に困っているわけではないんですが」


「冒険者でそんなこと言えるヤツぁ本当に一握りの連中だけだぜ。すげぇよなぁ」


「夜明けの森に入っている冒険者にはいないんですか?」


「森の中に入ってる連中はよほどの熟練じゃなきゃ、まず年中カネがねーって鳴いてるな。その熟練だって安定して稼げるだけでそこまで余裕があるわけじゃねぇし」


「安定して稼げるのに余裕がないんですか?」


「お前さんみたいにひたすら溜め込むヤツは普通冒険者にゃいないんだよ。それとも酒や女につぎ込んでるのか?」


「毎日昼と夜に酒場でたくさん肉を食べていますけれど」


 ユウからトリスタンへとレセップは視線を向けた。すると、小さく首を振られる。


「で、今日は何の用なんだ?」


「そろそろ次の仕事を探そうかと思っているんですけれど、何かありますか?」


「仕事熱心なのもカネに困らない理由のひとつだな。その仕事だが、今はないぞ」


「あら、そうですか」


「前の後始末がようやく終わってきたところだしな。まったく、勘弁してほしいぜ。魔物の間引き期間ってこともあって人手不足がひどすぎる」


「それは大変ですね」


「大変だとも。お前らが職員だったら丸投げしたいくらいだ」


 堂々と面と向かって言われたユウとトリスタンは苦笑した。余程苦労しているらしい。それとも、仕事があること自体が苦痛だという可能性もある。ともかく、やる気のない受付係の要望には答えられなさそうだった。


 しかし、仕事がないというのであれば城外支所にいる意味もない。2人とも踵を返そうとした。そんな2人にレセップが声をかける。


「今、町の中は荒れてるからな。できるだけ近づくんじゃないぞ」


「どういうことだ?」


 反応したのはトリスタンの方だった。ユウは基本的に貧民街周辺にしか出歩かないだが、トリスタンは町の中にも出入りする。行き先は歓楽街限定だが、それでもレセップの忠告は気になるものだった。


 返答してきたトリスタンにレセップが目を向ける。


「先の密輸組織の一斉検挙で、町の中の商人ギルドは大混乱に陥ってんだ。何しろ、落ちぶれていたとはいえ、商人の一部が領主に刃向かうマネをしたんだからな。こいつの影響がでかいんだ」


「商人やその関係者の逮捕、それに商会の取り潰しなんかがあるわけか」


「その通りだ。ちょっと前まで粛正の嵐が吹き荒れたってわけさ。で、今はそれも落ち着いてきたんだが、そうなると今度はどうなると思う?」


「商人や商会が消えるわけか、ギルドから。ああ! ギルドの席が空くわけか」


「随分と察しがいいな。まぁいい。で、今、失脚した商人の空席に商売人が群がってんだ」


「それはまた、結構な陰謀が渦巻いていそうだなぁ。まとまって席が空くなんて滅多にないことだから、自分も成り上がれるって商売人たちが張り切っていそうだ」


「表に裏に現在進行中で商売人流の殴り合いが町の中で盛大にやり合ってるらしいぞ。更には、町の中に出入りしている行商人も上昇志向の強い商売人と関係のあるヤツは影響を受けて右往左往しているって話だ」


「振り回されているわけか。それは大変そうだな」


「そうでもないみたいだぞ。何しろ荷馬車の譲渡なんかで商売人に転身できる可能性があるからな。町の中は商人ギルドを中心に上から下まで大騒ぎだそうだ」


「確かにそうなると、歓楽街も少しは影響がありそうだな」


 話を聞いたトリスタンがわずかに嫌そうな顔をした。それを見たユウが不思議そうに尋ねる。


「歓楽街にどんな影響があるの?」


「商売人や行商人が話し合いの場として使うっていうのもあるんだが、他にも取り巻きや関係者が揉め事を引き起こす可能性があるわけだ。場外乱闘みたいなもんだけれどな」


「もしかして、荷馬車の護衛をしている傭兵なんかが?」


「それもあるし、出入り業者として入っている先の店の関係なんかもあるだろう。後は繋がりのあるゴロツキなんかもそうだ」


「うわぁ、色々とあるんだ」


「どこも自分の食い扶持に直接関係のある話だから、荒れることもあるかもしれん」


「それじゃ、当分町の中に行くのはやめておく?」


 危険な場所にはそもそも近づかないという原則に従った意見をユウはトリスタンに問いかけた。しかし、目を逸らされる。どうやら多少の危険は承知の上で飲み込むらしい。


 受付カウンターで頬杖をしているレセップはそんな2人を見て半笑いの表情を顔に浮かべていた。そして、そのまま話しかける。


「他にも詐欺が横行してるから気を付けろよ。特にお取り潰しになった商人の隠し財産なんかが最近の流行らしい」


「僕たちには縁のない話ですね」


「わからんぞ。下っ端として誘いが来る可能性があるからな」


「だそうだよ、トリスタン」


「大丈夫だって。俺たち自力で稼げるんだから、そんな話に乗る理由なんてないだろう?」


「それがわかっているんだったら良いんだけれど」


 余裕の表情で返答をするトリスタンを見るユウはそれでもどこかに不安があった。巻き込まれなければ良いのだがと内心でため息をつく。


 話が終わると2人は城外支所の建物から出た。今はまだ朝方なので外は明るい。


 貧者の道を歩くユウに対してトリスタンが声をかける。


「ユウ、これからどこに行くんだ?」


「ちょっとチャドの所に行くつもりだよ。町の中が荒れているんだったら、貧民街にも影響があるはずだからね。市場にいるチャドならそういう話に敏感だと思うんだ」


「いい案だな。よく通う場所なんだし、安全かどうか知っておきたいというのはあるぞ」


 向かう先に納得したトリスタンはその後黙ってユウに続いた。危険を避けられるのならばそれに越したことはないからだ。


 ところが、道中嫌なものを見かけてしまう。チンピラに露店を荒らされている店主がいたのだ。幼い頃から数えると確かに何度か見た光景だが、今の時期に目にするのは色々と想像して面白くない。


 関わっても良くないのでユウはすぐにその場を離れた。早く市場がどんな状況なのか知らないといけない。


 チャドのスープ屋は市場の東西の境目にあった。店頭に大きな鍋を出して脇の机に置いてある木の皿に中身を入れて客に出し、客は食べ終わると木の皿と木の匙を反対側の籠に入れる。店の奥には車輪付きの荷台があって食器を洗う水瓶が置いてあり、籠に使用済み食器が溜まったら洗うのだ。


 食事時から外れているため、スープ屋の周囲は閑散としていた。そこへユウはトリスタンと共に近づく。


「チャド、久しぶり。1杯くれないかな」


「ありがとう。最近見かけなかったね」


 挨拶から始まった3人の話は最初に近況から始まった。すぐに町を離れていた2人にチャドは曖昧な笑みを浮かべる。


 ある程度雑談が進むとユウは本題に移った。冒険者ギルドで聞いた話を前置きしてからチャドへと尋ねる。


「町の中の影響が外のここにもあるのかな?」


「ないかあるかで言えばあるよ。町の中に出入りしている商売人と取り引きのある町の外の行商人は少なくないしね。町の中に入りたがってる行商人は積極的に関わろうとしているらしいよ」


「やっぱり影響があるんだ」


「元々商売上の駆け引きだけだったのが、町の中のことも混ざってきて厄介なことになってるんだ。例えば、利益の奪い合いだけじゃなくて、仲の悪い行商人たちが別々の商売人を味方に付けて派閥をつくって争うんだよ」


「途中で露店を荒らされている人を見かけたけれど」


「たぶんそうだろうね」


 木の皿と匙を持ったままユウはため息をついた。いきなり実例を見かけるとは思わなかったのだ。


 スープをすすったトリスタンがつぶやく。


「市場も気楽には歩けないのか」


「今のところは周りの人には手を出していないから、2人は今まで通りでも大丈夫なんじゃないかな」


「買い物をしている最中にいきなりチンピラが突っ込んでこない限りはな」


「そうだね」


「あっちもこっちも厄介なことになっているなぁ」


 話を聞いたトリスタンが肩を落とした。関わった依頼がここまで大きな影響を町全体に与えるなど予想外だ。


 面白くない話を耳にした2人だったが、それでも何かある前に知ることができたのは幸いである。


 スープを飲み干した2人はチャドに礼を言うとその場を去った。

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この前はチャドのスープを断ってたトリスタンが今回はスープ飲んでて嬉しい
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