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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第30章 貴族と商人と異教徒

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その後の顛末と影響

 アドヴェントの町における密輸組織の一斉検挙があって数日が過ぎた。町の内外で派手に動いたこともあって現在はこの話でどこも持ちきりだ。好意的にしろ否定的にしろ、誰もが話題にしたがる。


 ただし、その内容は最終的に誰が得をして誰が損をするのかという話になりがちだった。結局のところ売買に関する話なのでどうしても興味がそちらへと移ってしまうのだ。それは町の中であろうと外であろうと変わらない。


 一方、冒険者の間の話題は今現在だと魔物の間引きが主流だ。5月は特に換金率が上がるのでどれだけ稼いだかが自慢になるというのも大きい。そのため、冒険者に限っていえば秘密組織の壊滅は既に過去の話だ。


 検挙の翌日に依頼を完了したユウとトリスタンは休暇を楽しんでいた。割と関わりが深い出来事であったものの、2人にとってもほとんど過去の話となりつつある。しかし、レセップからの誘いがあるためにまだ過去になりきっていなかった。


 約束の日になると、2人は冒険者ギルド城外支所へと向かう。建物に入って混雑する室内を縫うように歩いて受付カウンターに立った。


 今回は珍しく、頬杖をしたレセップの方から声をかけられる。


「久しぶりだな。話を聞きに来たのか?」


「そうです。話してもらえますか?」


「いいぜ。打合せ室に行こう」


 立ち上がったレセップが室内の南側へと歩き始めた。ユウとトリスタンは人混みを避けながら同じ方向を目指す。廊下で落ち合うと3人は空いている打合せ室へと入った。


 奥の席に座るとレセップが口を開く。


「後始末はまだ完全に終わってねぇが、おおよその目処はついた。少なくとも城外支所に関してはな。今後、貧民街への対応も代行役人が中心となって調整が入るだろうよ」


「そんなに影響があるんですか?」


「そりゃあるさ。何しろ町の内外で同時に悪さをしていたんだ。しかも、外だと冒険者ギルドがあんまり関われなかった場所でな。これをどうにかしねぇとまた同じことが起きちまうだろ」


「確かにそうですね」


「これを機に、貧民の住宅街の東側へ本格的に手を伸ばすことになる。これは決定だ。時間はかかっても西側と同じくらいにはする」


 レセップの口調にユウは冒険者ギルドの強い意志を感じた。いや、更にその上、領主のだ。余程腹に据えかねていたのだろうと想像する。


 この件に関してはユウには特に言うことはない。レセップに話を続けてもらう。


「わかりました。それで?」


「密輸組織がモノラ教徒で固められていたことは尋問の結果はっきりとしたんだが、貧民街にいくらかいるモノラ教徒を放っておいてもいいのかという意見が出てきた」


「まさか追い出すんですか?」


「そういう意見もあったが、調べた範囲ではどうもモノラ教徒の住民は割と肩身の狭い思いをしてるらしい。密輸組織がその宗教でガチガチに固まってたからな」


「パオメラ教徒の住民から同一視されているんですね」


「その通りだ。で、その住民には悪いが、その悪評を利用することも決まっている」


「え?」


「さっき、東側へ本格的に手を伸ばすことになるって言ったろ? あれを馬鹿正直にするとこっちが恨まれるんで、他の住民の不満のはけ口にするわけだ。代行役人が締め付けを厳しくしたのはモノラ教徒の連中がバカなことをしでかしたからだって噂を流すんだ」


「うわぁ」


 内幕を聞いたユウとトリスタンは顔をしかめた。確かに有効なのかもしれないが、何も悪くないモノラ教徒が迫害されかねないことを想像すると良い気分ではない。密輸組織は犯罪組織なのでともかく、一般のモノラ教徒に恨みなどないからだ。


 ただ、支配者からしたら都合が良いのは確かだとユウも思った。できればこんな案を採用してほしくはなかったが。つまらなさそうな顔をしているレセップの態度が唯一の救いである。


「これでモノラ教の影響は小さくなり、代行役人の仕事もやりやすくなるってわけだ」


「モノラ教の影響ってそんなに関係があるんですか? 密輸組織がそれで固められていたのは知っていますけれど」


「実はこれ、外じゃなく中での話なんだ。いつだったか、町の中の没落した貴族や零落した商人が隊商の情報を流してる可能性があるって言っただろ。あれが事実だと判明したんだが、そいつらこぞってモノラ教に改宗してたんだ」


「どうしてですか?」


「そいつらの言い分だと、途中から改宗しないと官憲に突き出すぞと脅迫されたらしいんだと。ただ、同時に改宗すると渡すカネに色を付けてやるとも言われたそうだが」


「露骨な飴と鞭ですね」


「確かにな。で、そんなことを町の中でされたもんだから領主様が危機感を持っちまったというわけだ。更に、神殿の連中もこれを支持して確定したというわけさ」


「ああ、それは」


 町の中はギルドを始めとしたあらゆる権利や利権が複雑に交差する場所であることを知っているユウはため息をついた。どういうわけか密輸組織は信者の獲得に躍起になっていたようだ。


 話を聞いていたトリスタンが口を開く。


「そんなことをして信者を獲得する意味なんてあるのか?」


「オレが知るわけねぇ。現にやっちまったんだからしょーがねぇだろ。で、町の外でもモノラ教には厳しい対応をするってことで決まっちまったんだ」


「わからないなぁ」


「無理に理解する必要はねぇだろ。で、改宗した没落貴族はなけなしの財産を取り上げられて町を追放、関与した商人の方は財産没収の上に処刑することになった」


「おお、厳しいな」


「まぁ今回は領主様の権益と神殿の権威に挑戦したことになるからな。どうしようもねぇ。こうして今回関わった連中は悲惨な末路をたどることになったわけだが、この中にデイル商会ってのがある」


 その商会の名前を聞いたユウとトリスタンは顔を見合わせた。すぐにワージントン男爵の後妻の実家であることを思い出す。


「あの商会も潰れちゃったんですか」


「そうだ。店が傾いていたから色々とやっていて、つい手を出しちまったらしい。そうそう、密輸組織に関する尋問をしてたら、店主がアーチボルト様の殺害に関しても吐いたそうだ」


「ええ!? あれ、やっぱりあの商会が関係していたんですか」


「みたいだな。しかも、貧民街だけでなく、その前に貴族街で襲わせたのも仕掛けたのはその店主らしい」


「後妻が次男をかわいがっているってアーチボルト様がおっしゃっていましたが、そこまでやるものですか?」


「それがな、店を立て直すために官庁に食い込む必要があったそうなんだが、そのためには貴族の後ろ盾が必要だったらしい。ところが、自分みたいな落ちぶれた商会を相手にしてくれる貴族なんて誰もいねぇ。そこで、妹である後妻の息子を男爵家当主にしちまえと考えたそうだ」


「えぇそんな。だったらその当主様かアーチボルト様に頼めば良かったんじゃないですか?」


「当主には前に頼んで断られたんだと。アーチボルト様の方は後妻との折り合いが良くなくて頼めなかったらしい」


 かつてアーチボルトから聞いた話がどうだったかユウは思い出そうとした。確か、後妻の方が一方的に嫌っていると語っていたように記憶している。これが事実なら、完全に後妻の失態だ。


 言葉を失うユウに代わってトリスタンが更に尋ねる。


「それで、商会は取り潰しになったんだよな。後妻は?」


「当主が後妻と離縁し、次男共々追放したそうだ」


「えらく厳しいな!」


「それがな、後妻がその店主と組んで長男を排斥しようと企んでいたことがわかったからだよ。店主が全部自白したんだ」


「おぅ、それは」


「後妻の方は否定しているそうだが、アーチボルト様の婚約が決まりそうな今、放っておくわけにはいかなかったらしい」


「ああそうか、領主様が特に厳しい沙汰を出した事件に実家が連座していたんだもんな。その後妻の主張がどうかだなんて関係なかったわけか」


「恐らくそうだろう」


 何とも嫌な話ではあるが、今回の件に限って言えば後妻の自業自得の可能性が高いため、ユウもトリスタンも同情できなかった。次男に関しては結局何も語られていないが、これはもうどうにもならない。


 微妙な表情のレセップが小さく息を吐き出す。


「とまぁこんなところだ。お前らに関係するところはな」


「ありがとうございます。一部聞きたくなかった話もありますが、アーチボルト様の話は聞けて良かったです」


「俺もだな。モノラ教徒の話は正直聞きたくなかったぜ」


「必要な話だったんだ。諦めろ。さて、それじゃ行くか」


 話すだけ話したレセップは椅子から立ち上がると打合せ室から出た。同じように立ち上がったユウとトリスタンは背伸びをしてから後に続く。


 自分たちが関わったことに関する影響について色々と考えながら2人は城外支所の建物から出た。

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