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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第30章 貴族と商人と異教徒

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一斉検挙後の後始末

 貧民の住宅街の東側にある倉庫のような建物にユウたちが突入して一夜が明けた。突入前はどれだけの抵抗があるのかと緊張していた冒険者たちだったが、終わってみれば荒事に慣れている密輸組織の構成員は意外にも少なくて拍子抜けする。


 久々の大捕物だったこともあり、代行役人たちは張り切っていた。何しろ建物内にいた者は抵抗した者以外全員捕縛できたからだ。しかもその中に指導的地位にある幹部らしき者も含まれているのだから鼻息が荒い。建物の制圧が終わった直後に城外支所へと連絡し、早速室内を捜索し始めた。真夜中にもかかわらずすぐに増援がやって来たことからもその意気込みがわかろうというものだろう。


 第一突入班だった職員と冒険者は制圧終了後、2つの役割を与えられた。ひとつは建物周囲の警備、もうひとつは逮捕者の監視だ。


 建物周囲の警備には意味が2つあり、ひとつは密輸組織の外部からやって来るかもしれない救出部隊の阻止、もうひとつは野次馬への威圧である。前者は冒険者ギルドが把握していない密輸組織の他集団からの反撃を警戒してのことだ。突破され、逮捕者を解放されると大失態である。後者は住民の手癖の悪さを未然に防ぐためだ。何か価値があると思えば迷いなく盗む者が多いので、証拠品を奪われないようにするためである。


 ユウとトリスタンは周囲の警戒を命じられたとき、最初はジェイクを合わせて3人だけだった。冒険者の増援がやって来るまでは第一突入班だけで警備をしないといけないからである。


 2人一組で自分たちが突入した裏口を警備し、1人ずつ交代で仮眠を取る方法で3人は警備をこなした。朝方には更に人が増えるということなのでそれを期待していたが、いつまで経っても誰も来ない。一方、野次馬は朝から次第に増えていった。夜の間は危険なので外に出ない住民だが、日が出ると次々に住居から出てくる。


「大人も子供も興味津々だね」


「怪しい連中が突然冒険者ギルドに制圧されたんだ。気にもなるだろうさ」


「これ、どれだけ増えるんだろう」


「わからん。早く増援が来てくれないと抑えきれそうにないな」


 住民、特に無闇に近づいて来る子供を押し返しつつ、ユウとトリスタンは警備をこなした。裏でこれだけなのだから表はもっと多いのだろうなと推測する。


 いつまで経ってもやって来ない増援にいらつきながらも3人が警備を続けてかなりの時間が過ぎた。鐘の音も何度か耳にし、ついさっき四の刻になったばかりだ。


 まさか今日1日警備なのかとユウが暗澹とした気持ちでいると、待望の増援がやって来た。6人の冒険者たちだ。


 ジェイクが6人の代表者と話をしてからユウとトリスタンに告げる。


「交代だ。こっちに来てくれ」


 警備から解放された喜びよりも疲労感を滲ませた2人が建物内の小部屋に戻ってきた。すると、ジェイクが続けて話しかける。


「オレたちの警備任務はこれで終わりだ。昼飯にしよう。食いながら次のことを話す」


「突入の任務はすぐに終わったのに、その後が長かったなぁ」


「これは予想外だったぞ。はぁ、水がうめぇ」


「この昼飯が終わったら、次は押収品を城外支所に運ぶ作業をすることになっている。めぼしいものは根こそぎ持って行くようだ」


「なんだか盗賊みたいですね」


「ひどい言い方だが、うまく言い返せないな。懐に入れていないことを祈っておこう」


 干し肉を囓ったユウの言葉にジェイクが苦笑いした。手癖の悪い者は窃盗犯だけではないのだ。貧民たちから嫌われる理由のひとつである。


 口の中の黒パンを飲み込んだトリスタンが水袋を口にした。一息ついてからジェイクに尋ねる。


「そういえば、逮捕者はどうした? 俺たち冒険者が城外支所まで連行するんだよな」


「他の冒険者が朝の間に連れて行ったらしいよ。交代要員がやって来て帰る冒険者にその役割が与えられたんだ。実は突入班で残っているのはもうオレたちだけなんだよ」


「えぇ、知らなかったぜ。ということは、早朝にさっさと帰った奴もいるのか?」


「三の刻が最初だとは聞いてるけどね」


「それにしても羨ましいな」


 鐘1回分も余計に警備をしていたことを知ったトリスタンがため息をついた。最初に帰った者たちなどはとうに仕事が終わっているだろうから更に面白くない。


 気になることが思い浮かんだユウはジェイクに質問する。


「押収品を運ぶ作業って何往復もするんですか? さすがにやりたくないですけれど」


「城外支所に戻るついでに運んでくれということらしいから、恐らく最初の1回だけのはずだよ。さすがにオレも往復は嫌だね」


「良かった。それなら我慢できるかな」


「ユウ、わからないぞ。もしかしたら持てるぎりぎりの荷物を持たされるかもしれないからな」


 疲れた笑みを浮かべるトリスタンの言葉にユウは嫌そうな顔を向けた。その場合は軽くするよう抗議することを心に決める。


 昼食と話が終わると3人は倉庫のような建物の表側へと回った。建物の内部を通っての移動は初めてだったのでユウは珍しげに周囲へと目を向ける。


 表の扉に続く部屋に入ったジェイクはそこにいた代行役人に話しかけた。すると、部屋の隅に置いてある麻袋5つを持っていくように指示される。


「ユウ、トリスタン、2人は2袋持ってくれ。オレは1袋持つ。職員特権だ」


「それじゃ、できるだけ軽いのを選ばせてくださいね」


「いいなそれ! だったら俺もそうするぜ」


「こいつら」


 知恵を巡らせたユウと便乗したトリスタンにジェイクはやられたという表情を向けた。幸い、どれもそこそこ重いので2人はがっかりする。


 そうして倉庫のような建物建物を出た3人は貧民の住宅街の東側を後にした。多数の視線を向けられるが今は気にならない。


 貧者の道へと出た3人はそのまままっすぐ西へと向かった。突き当たりに冒険者ギルド城外支所の建物がある。その北側の原っぱへと移ると解体場まで歩き、先日説明会があった倉庫へと入った。そこには既に運び込まれていた多数の押収品が乱雑に置いてある。


 3人も同じように空いている場所に麻袋を置いた。そして、代表してジェイクが管理している代行役人に確認を頼んだ。中身を確認し終えた代行役人の許可を得ると全員が倉庫を出る。


「やっと終わったね。でもオレはまだこの後仕事があるんだ。嫌になるよ」


「職員は大変ですよね」


「その点、冒険者は気楽でいいよな。羨ましい。それじゃぁね」


 解体場から出たジェイクは裏口から城外支所へと入って行った。残された2人は更に西端の街道側へと進む。


「ユウ、これからどうする?」


「とりあえず、レセップさんに報告するよ。それで今日はお終い、のはず」


「なんだか歯切れが悪いな」


「だって、今まで一区切りの報告をする度に新しい依頼があったじゃない」


「今回は区切りではなくて終わりだろう。まさか新しい依頼っていうことか?」


「何にせよ、行くしかないよ」


 首を傾げる相棒に向けてユウは肩をすくめた。そうして城外支所の建物に入る。魔物の間引き期間だけあって相変わらず盛況だ。


 いつものように受付カウンターへと向かうと、アーロンがレセップと話をしている姿を目にする。同じ職員同士なので当たり前の様子なのだが、何気にユウは受付カウンターで会話をしているのを初めて見た。


 そこへ割って入る形でユウが声をかける。


「レセップさん、アーロン、こんにちは」


「ユウか! 昨日はうまく突入できたか?」


「できましたよ。表の方は派手だったらしいですね」


「派手なだけだったな。中の連中は大したことなかったぜ」


「他の冒険者も同じことを言っていましたよ」


「だろうな。それじゃ、また後でな」


 軽く会話をした後、アーロンはその場を離れて奥へと姿を消した。変わってレセップがユウに声をかける。


「作戦はうまくいって何よりだったな。おかげでオレは死にそうだ」


「でも、失敗したらもっと大変なんじゃないですか?」


「わかってるよ。いちいち突っ込むな。で、何しに来たんだ?」


「昨晩の報告です」


「ジェイクから聞くからいらねぇよ」


「でも、そうしないと報酬をもらえないじゃないですか」


「そうだった。ほら、受け取れ」


 小袋を渡されたユウは受け取ると中身を確認した。そうして半分をトリスタンへと渡す。最も嬉しいときだ。


 喜ぶ2人を見ながらレセップが更に言葉を続ける。


「これでこの仕事は終わりだ。後始末はまだあるが、お前らの出る幕はもうねぇ。お疲れさん。まぁ色々あったが、4日後にまた来い。ちょっとした話なんかを聞かせてやる。アーチボルト様関連とかをな」


 ユウとトリスタンは顔を見合わせた。今までなら仕事が終わるとそれまでだったが、今回は違うらしい。


 不思議に思いつつも2人はレセップに対してうなずいた。

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