建物への突入
一斉検挙当日となった。実行は八の刻なので事実上翌日でもあるのだから前日ともいえるが、主導する代行役人の表現として関係者は受け入れている。
ともかく、突入まで1日を切ったその日、ユウとトリスタンは前日までと同じようにのんびりと過ごしていた。突入班の班長であるジェイクと最終的な打ち合わせはあったが、それ以外の時間は待機だったのだ。
それでもそのときが近づくにつれて意識は突入へと向けられていく。六の刻の頃には安酒場『泥酔亭』で夕食を食べていたが言葉数はいつもよりも少なかった。
やがて七の刻の鐘が鳴ると2人は酒場を出る。周りの酔客に紛れて安酒場街の南側へと足を向けた。やがて貧民の住宅街との境目へとたどり着く。
やや住宅街よりの路地の端に2人の男が立っていた。1人はジェイクで、もう1人は中年男だ。不機嫌そうに顔をしかめている。
「2人とも来たね。これで全員が揃ったわけだ」
「こんばんは。そちらの方が、町から来た魔術使い様、ですか?」
「そうだよ。この辺りの臭いがたまらないらしくてね、あまり口を開けたくないそうなんだ。そういう理由で無口なのは勘弁してほしい」
「僕たちも慣れてはいますけれど臭いとは思っていますからね、仕方ないと思います」
悪臭や異臭がすることに対する嫌悪感にユウが理解を示すと、魔術使いの男はうなずいた。それからジェイクへと顔を向ける。
「そろそろ行こうか。ここで男4人がずっと立っているのもおかしな話だしね」
「ぎりぎりまで突入位置には行かない方がいいんじゃないのか?」
「夜になると現地の住民も家の中からほぼ出てこないから、じろじろと見られることはないよ。だから安心していい」
「ほぼということは、たまに出てくることがある?」
「酔っ払いか夫婦喧嘩で家から追い出された旦那くらいだから平気だよ」
トリスタンの質問に答えたジェイクが肩をすくめた。それから先頭を歩き始める。すぐに魔術使いの男が続き、2人も従った。
貧民の住宅街の東側にある倉庫のような建物へ突入する班は複数ある。これは建物の出入口の数に合わせて編成されていた。それぞれの突入班は班長である職員に従って突入位置に隠れるわけだが、その場所へ向かう時間と向かい方は班ごとに異なっている。徹底して隠れる班、酔っ払いを演じて騒ぎながら向かう班、余裕を持って早めに向かう班、時間ぎりぎりにたどり着く班などだ。これは、いつもの住宅街の夜を演出することで周辺の住民に悟られないようにするためであり、引いては密輸組織にいつも通りの夜だと思わせるためである。
倉庫のような建物近辺にたどり着いたジェイクの班はもう1人、案内役である地元のギャング団と合流した。パオメラ教系の集団の一員である。
4人が案内された場所は建物の裏側だった。満月からの月光は直接届かないが、うっすらと裏口が見える。そこには既に第二突入班である代行役人が待機していた。
案内役が去った後、小集団が物陰に隠れてひたすらそのときを待つ。互いにしゃべることはほぼない。その代わり、交代で仮眠を取った。
起きている間、ユウは他の突入班のことを考える。表に2班、横に1班、裏に2班だ。表の出入口は扉というより門なので冒険者の数は他の班よりも多い。アーロンはその表の1班を率いており、派手に突入する予定だと聞いている。
「トリスタン、起きろ、そろそろだ」
砂時計を見たジェイクが仮眠していたトリスタンを揺すった。それから突入予定の裏口へと目を向ける。
起き上がったトリスタンに顔を向けられたユウは物陰からいつでも出られる位置へと着いた。右手に槌矛を手にする。
町の中から鐘の音が聞こえてきた。ジェイクが真っ先に飛び出す。次いでユウとトリスタンが小走りして倉庫のような建物の裏口のひとつにたどり着いて周囲に異常がないか確認した。そのとき、もうひとつの裏口に別の突入班が取り付くのが目に入る。
裏口の扉が開かないことを確認したジェイクが振り向いて手で合図を送った。少しの間を置いて魔術使いの男がやって来る。そうして何事かつぶやくと手を突き出した。次の瞬間、扉の取っ手の付近が目に見えない何かによって破壊される。
再びジェイクが扉に手をかけた。扉を全開にするとユウとトリスタンへ顔を向ける。
「行け!」
合図を受けた2人は中へと入った。事前に聞いていた大雑把な話の通り、担当する裏口から入ると小部屋になっている。暗くてほとんど何も見えない。ユウは振り向いて叫ぼうとしたとき、突然室内が明るくなった。天井付近を見ると光の玉が浮いている。魔法だ。
視界を確保できたユウは改めて周囲を見た。机や椅子、棚には道具などが置かれている物置だ。誰も見当たらない。奥の壁には扉がある。
更に奥へ向かおうと2人が扉に取り付いたとき、表側から大きな物音がしたと思うと騒がしい音が聞こえてきた。反対側でも始まったのだ。
改めて反対側の扉に手をかけるとユウはそれを開けた。廊下が続いている。そして、何者かが走ってきた。相手は驚いた表情をユウたちに向けて立ち止まる。
「誰だ!?」
「冒険者ギルドだ! おとなしくしろ!」
叫びながらユウは相手に近づいた。抵抗しようとする者は槌矛で小突いて床に倒してトリスタンとジェイクに任せる。そして、近くにいるものを次々と制圧していった。
周辺で動く人影がいなくなったことを確認するとユウは振り向く。
「ジェイク、次はどうするの?」
「代行役人を呼んでくるんだ」
新たな指示を受けたユウは一旦裏口から外に出た。そして、物陰に隠れていた第二突入班を呼び寄せる。応じた代行役人たちはすぐにやって来て建物の中へと入っていった。
倉庫のような建物の中は一層騒がしくなる。あちこちから怒号や悲鳴が聞こえてきた。たまにユウたちがいる場所に人が逃げてくるが、待機している誰かに取り押さえられる。
「奥はすごいことになっているみたいだな」
「第一突入班で良かったかな。最初は一番危険なところだと思っていたんだけれど、やってみるとそうでもなかったね」
「裏口だったからだろうな。表なんて派手にやっていたみたいだし」
2人が話をしながら裏口近辺を保持していると、奥から武装した男が1人やって来た。最初は敵かと緊張したユウたちだったが、そうではないとすぐにわかる。
「よぉ、こっちはもう終わってんのか?」
「終わっていますよ。たまに来る逃亡者を捕まえていますが」
「だったらこの辺は終わりだな。後は向こう側だけか」
「表側はもう制圧できたんですよね?」
「おう、最初にな。あんまり強くなかったぜ」
「楽なのは良いことですよね」
「まぁな。それじゃ、オレは戻るわ」
状況の確認をした冒険者は踵を返して廊下の奥へと消えた。話によると、もうこの先から密輸組織関係者は現われないようである。
気が付くとあれだけ騒がしかった建物内から少し前ほど声が聞こえなくなっていた。まだ騒然とはしているものの、状況は終わりを迎えつつあるらしい。
周りを見たトリスタンがジェイクに声をかける。
「この取り押さえた連中はどうするんだ?」
「あとで代行役人がまとめて連行することになってる。とはいっても、人手が足りないだろうから結局オレたちが連れて行くことになるんだろうけどね」
「うわ、面倒だな」
「明日の朝になったら城外支所から応援が来るかもしれないから、それに期待だね」
「早く来てほしいなぁ」
周辺の状況が落ち着いていることからトリスタンとジェイクがのんびりと話をしていた。隣の裏口から突入した班の方も既に落ち着いているらしく、ほとんど音が聞こえてこない。
次の指示を待っていると、先程とは別の冒険者が姿を現して声をかけてくる。
「全部終わったってよ」
「良かった。全員捕まえられたの?」
「らしいぜ。代行役人の連中の機嫌が珍しくいいからな。それと、生きて捕らえたヤツらは表の方に連れて行けだってさ。まとめて解体場へ送るらしいぞ」
「あそこかぁ、ぞっとしないね」
「まったくだ。それじゃ、命令は伝えたからな」
伝令の役目を終えた冒険者が引き返していった。
命令を受けたジェイクがユウとトリスタンに声をかける。
「聞いての通りだ。ここはオレが見ておくから、2人は捕まえた連中を移動させてくれ」
「わかりました。トリスタン、行こうか」
「最後の大仕事だな」
肩をすくめたトリスタンが縛り上げて座らせていた逮捕者を立たせた。ユウも1人立たせる。そうして廊下を歩いて建物の表側へと向かった。
こうして、冒険者ギルド城外支所による密輸組織の一斉検挙は終わる。代行役人によると作戦は成功で当初の目的は達成したということだった。
その話を聞いたユウとトリスタンは安心した。




