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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第30章 貴族と商人と異教徒

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最後の総仕上げ

 5月という時期はアドヴェントの町の冒険者ギルド城外支所にとって最も忙しい時期である。魔物の間引き期間の真っ最中で連日冒険者が大量の討伐証明部位を麻袋に詰めて夜明けの森から戻ってくるのだ。解体場はいつもよりも強烈な異臭を撒き散らし、城外支所には多くの冒険者が詰めかける。


 これだけ活発に冒険者が活動するこの時期はそれだけ危険でもあった。夜明けの森の奥からいくらでも魔物が現われるのだ。この時期に利益優先で森の奥地に行くのは自殺行為と言う熟練冒険者も少なくない。


 そのため、連日魔物にやられて負傷する者たちが森から連れ出されてくる。医療施設などろくにないこの町で大量の負傷者が現われると、大抵が特定の場所で直接地面へと寝かされた。外套を敷いてくれる仲間がいれば上等な方だ。城外支所の南側で毎年見られる風物詩でもある。


 休暇を取り始めて数日後、ユウとトリスタンはそんな戦場のような城外支所にやって来た。あらかじめレセップに指示されていたのだ。


 建物の中に入ると昼下がりであってもなかなかの混み具合である。これが朝夕だと更に大変なことになるのはユウも知っていた。わずかに懐かしさを感じながらも受付カウンターへと向かう。


「レセップさん、こんにちは」


「来たな。クソみたいな所に行くぞ」


 立ち上がったレセップが受付カウンターを越えて建物の北側の出口から外に出た。ユウとトリスタンも後に続く。


 建物の北側は原っぱが広がり、北向こう側には城壁がそびえていた。レセップはそれを無視して建物沿いに西へと進み、解体場へと入る。ただでさえ強かった悪臭が更に強烈になって襲いかかってくる。


「トリスタン、これ、あの下水道と比べてどっちがきついかな?」


「どっちもだよ。冒険者なんてやっていると、悪臭から逃げられないのかなぁ」


 どちらも顔をしかめながらレセップの後を歩いた。今日の目的は一応聞いているが、この場所とはどうしても一致しない。


 迷わず進んでいたレセップはとある広めの倉庫へと入った。続いて2人も入ると薄暗い屋内に昼間から松明(たいまつ)がいくつか掲げられている。壁には黒ずんだ何かが一面に広がっていた。


 そんな不気味な倉庫内だが、何人もの人々が既に入っている。職員や冒険者などだ。その中にアーロンとジェイクの姿もあった。


 久しぶりの顔を見たユウが声をかける。


「アーロン、ジェイク、来ていたんだ」


「ユウじゃねぇか! 久しぶりだな。お互い代行役人に目を付けられるとロクな目に遭わねぇよな」


「ここなら人が集まっても怪しまれないって意味では確かに最高の選択なんだろうけど、場所そのものは最低だよね」


 顔をしかめたジェイクが肩をすくめた。それにユウもうなずく。ある程度慣れてきたとはいえ、鼻が曲がりそうな悪臭なのは変わりない。


 挨拶を交わしたユウはその場を離れ、トリスタンとレセップの元へと向かう。すると、その間に正面奥に立っていた代行役人の1人が1歩前に出てきた。一旦周囲を見回すと声を上げる。


「今から密輸組織一斉検挙についての説明を始める。諸君は静かに聞いてくれ」


 春先から約2ヵ月間、レセップの指示でユウとトリスタンが取り組んできていたことの総仕上げが今から始まろうとしていた。


 先日、囮の隊商が捕らえた襲撃者の捕虜を尋問したところ、以前から目をつけていた貧民の住宅街の東側にある倉庫のような建物が密輸組織の拠点であることが確定した。また、町の中に存在する協力者に関する情報もある程度揃い、町の内外で同時に密輸組織とその協力者を検挙することになったのだ。


 町の中については官憲などに任せるとして、冒険者ギルド城外支所は貧民街を担当することになった。現在、既に監視班が該当の建物の出入りを見張っており、異変があり次第すぐに連絡が入ることになっているという。ただし、この建物がある周辺地域は代行役人の手が充分に入っていないため、監視班の多くはギャング団に頼っているのが現状だった。後にジェイクから聞いたところ、バージルの伝手を使って人手を増やしたらしい。


「尚、情報によると対象も危機を感じているらしい。魔物の間引き期間で我々が忙しくしている今の間に主要人物が脱出する可能性が高い。具体的には3日後の八の刻頃だ。これは、最近ようやく手に入れた密輸組織関係者の親族からの情報なので確度が高いと考えている。我々が意図的に流した噂では5月の後半が最も忙しいということにしていたので、それに合わせて脱出する目算なのだろう」


 自分の手を離れてから監視網が拡大されていることにユウは感心した。どのみち充分に支配していない地域での活動なのでやることには限界がある。そのなかでよくやっている方ではないかと考えた。


 代行役人は次いで作戦について説明していく。


「以上のような状況から、我々は2日後の八の刻の鐘が鳴ると同時に建物へ突入することにした。脱出前日には対象の建物に主要人物が潜伏している可能性が高いからだ。この機に我々は建物内に存在する者たちを一斉検挙する」


 突入する班は大きく分けて2つに別れるということだった。


 1つ目は第一突入班で、鐘が鳴ると同時に建物に入る班だ。目的は出入口及びその近辺の制圧で、短時間で最奥へと突入するために抵抗する者は殺しても良いことになっている。この班は各出入口に対応して編成され、冒険者ギルドの職員に率いられた冒険者が担当することになっていた。また、迅速に扉を突破するために魔術使いが同行することになっている。


 2つ目は第二突入班で、出入口及びその近辺が制圧でき次第、更に奥へと突入する班だ。こちらは主要人物やその関係者を捕らえるために相手の殺害は原則禁止されている。こちらは代行役人が担当することになっていた。


 こうして詳細な作戦内容が集まった職員や冒険者に伝えられてゆく。最初は斜めに構えていた者たちも次第に話に引き込まれていった。


 最後の報酬の話が終わると質問の時間となり、多数の者たちが不明点の説明を求める。それに対して、今まで黙っていた複数人の代行役人も含めて主催側がひとつずつ答えていった。


 質疑応答を聞きながらユウは隣に立つレセップに小声で話しかける。


「これを聞いているっていうことは、レセップさんも作戦に参加するんですか?」


「現地には行かねぇよ。オレは町の内外の橋渡し役だからな」


「ということは、ここで留守番するわけですね」


「オレの仕事はむしろお前らの仕事が終わってからが本番だ。クッソめんどくせぇ後始末や整理や報告が山のように押し寄せてきやがるんだよ、ちくしょうめ」


 面白くなさそうに前を見ながらレセップは返答した。若干うんざりしている。相当嫌らしい。


 そんなレセップに今度はトリスタンが質問を投げる。


「職員と冒険者の突入班はどうやって決めるんだ?」


「この後みんなで適当に決めることになってる」


「冒険者のパーティ単位で突入ってわけじゃないんだな」


「普通の仕事じゃねぇからさ。事は町の中の利害に直接関わってるんだ。下手に冒険者だけに好き勝手して逃がしましたってのは許されねぇんだよ」


「ということは、職員の命令は絶対ってことか」


「そうなるな。それが嫌なヤツはこんな仕事を引き受けてねぇから気にすんな」


 回答を聞いたトリスタンがそれもそうだとつぶやきながらうなずいた。信用されていないということは面白くないが、町の中から直接責任を追及されても冒険者としては困るだけだ。今回は上層部からの盾として体を張ってもらおうという考えて受け入れる。


 質疑応答の声が次第に小さくなり、やがて倉庫内が静かになった。次はレセップの言った通り突入班の編制を決めることになる。とはいっても、冒険者がどの職員の命令ならばまだ受け入れられるかという観点で職員を選ぶ形になっていた。しかし、1班当たりの人数制限があるので冒険者は必ずしも選んだ職員の班に入れるとは限らない。


 ユウとトリスタンはアーロンとジェイクのどちらを選ぼうか悩んだが、冒険者の多くがアーロンを選んでいたので選択肢はひとつだけになった。今も夜明けの森に入る職員として知られているからこその人気だ。


 そんな中、2人はジェイクの元へと近づいて声をかける。


「僕とトリスタンはジェイクの下に入りたいんだけれど」


「大歓迎だよ。2人の実力を見るいい機会でもあるね」


「そっか、戻って来てから初めて一緒に働くんだよね」


「そういうことだ。よろしく」


 2人はジェイクと握手を交わして突入班のひとつを結成することになった。建物のどこから突入するかはこれから決まる。


 気心の知れた職員と一緒になれたことを喜びながら、ユウは選ぶのに苦労しているアーロンを眺めた。

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