忙しい期間中のひととき
隊商護衛の依頼を終えたユウとトリスタンは休暇に入った。レセップによれば次の仕事があるらしいが、それはまだ先のことだという。なので、その間に羽を休めようというわけだ。
まとまった休みになると今のユウは自伝の執筆に取りかかる。文才がないのはこの際仕方がないが、なかなか進まないのがもどかしく思える日々を過ごしていた。早朝に軽く鍛錬した後、明るい間はできるだけ書くようにしている。
そんなユウも食事の時は宿の部屋を出る。昼食と夕食は酒場で済ませるからだ。この日も一区切り付くと四の刻の鐘を聞いた後に宿を出る。昼食は酒場『昼間の飲兵衛亭』だ。熟練冒険者たちが通う店である。知り合いの多くが通っていた。
四の刻過ぎの酒場はどこも盛況だ。それは『昼間の飲兵衛亭』も同じである。ほとんどの席が埋まっていた。しかし、とあるテーブル席に知り合いが座っているのをユウは見つける。
「３人とも、今日は休みなんだ」
「おー、ユウじゃねーか！ 最近見なかったな！ こっち来いよ」
最初に反応した火蜥蜴のローマンがユウに声をかけた。それで気付いた黒鹿のテリーとマイルズが振り向く。
誘われたユウは３人が占めるテーブル席へと近づいた。途中で給仕女を呼び止めて注文をしてから席に座る。
「で、ユウよ。お前最近何してたんだ？ クリフがあいつは魔物の間引きには参加しねぇって言ってたけど」
「隊商護衛をしていたんだ。４月の後半にこの町を出発してトレジャーの町へ向かうはずだったんだよ」
「はずだった？ ってことは結局行かなかったのか」
「途中で盗賊に襲われてね。それでやむなく引き返したんだよ」
「はー、そりゃ大変だったなぁ」
同情の眼差しを向けてきたローマンが木製のジョッキを傾けた。空にすると給仕女を呼びつける。ちょうどユウの料理と酒を持ってきた女がそれに応じた。
ユウがエールを口にしたところでテリーが話しかけてくる。
「冒険者が隊商護衛なんて珍しいね。どうやってそんな依頼を見つけたんだい？」
「見つけたっていうより、レセップさんにこれをしろって言われたんだ。僕が夜明けの森で仕事ができないからって回してくれたんだよ」
「色々と聞きたいことがあるな。さっきローマンも言ってたけれど、どうして夜明けの森で仕事ができないのかな？」
不思議そうに問いかけてくるテリーに対して、ユウは前にクリフたちに話したことを同じように説明した。今のところ原因不明なので解決方法もないことを最後に告げる。すると、テリーが困惑の表情を浮かべた。
横で聞いていたマイルズが今度は口を開く。
「何でそんなことになったのかもわかんねぇのか。そりゃどうしようもないな」
「そうなんだよね。でも働かないといけないし、それでレセップさんに相談したら色々と仕事を融通してくれたんだ」
「ほう、そういうことか。しかし、あのレセップが仕事をしてるっていうのは、なんかこう違和感があるな」
「そうかな？ 働くと優秀らしいよ？」
「信じられん」
首を横に振ったマイルズがため息をついた。一般的な評価はユウの言葉くらいでは簡単に崩れないらしい。
給仕女から新しい木製のジョッキを受け取ったローマンがユウに話しかける。
「でも、隊商護衛って傭兵の仕事だろ？ ぶんどったら恨みを買わねーか？」
「数が足りないときだったらそうでもないよ。それに、顔合わせのときに模擬試合をするから、それで勝ったら誰も文句は言ってこないし」
「お、何だよその話！ 聞かせろよ！」
ようやく興味のある話題が出てきたらしく、ローマンは俄然食い付いた。いささか引きながらもユウは当時のことを語る。対戦相手、手渡された武器、戦い方、そして決着。
話を聞いた３人は盛り上がった。やはり腕力勝負の世界で生きているのでこういう話には目がないのだ。
肉を摘まんでいたテリーがそれを飲み込んでから感想を口にする。
「すごいね。武器に仕込みがあるのを見破ってそれを逆手に取るなんて」
「実はこれ、こういう仕込みがあるから気を付けろって教えてもらっていたからできたんだよ。そうでなかったらやられていたかもしれない」
「ユウはいろんなことを知ってるなぁ。オレには真似できそうにないよ」
感心した様子のテリーが木製のジョッキを傾けた。その次にマイルズが話しかけてくる。
「しかし、結構えげつないことをしてくるんだな。傭兵団ってみんなそうなのか？」
「例外だと思う。他の場所でいくつも傭兵団と関わったけれど、あんなことをされたことは今までなかったから」
「それじゃ普通はどうするんだ？」
「殴り合ってからお酒を飲むか、お酒を飲んでから殴り合うか、大抵はどっちかかな」
「酒を飲んでから殴り合うのか。結構きつそうだな」
「うん、お腹に一発もらったらかなりきついよ」
それで吐いたことのある相棒のことを脳裏で思い浮かべながらユウは話した。あれは見ていてもつらそうだったのでよく覚えている。
話をしている間もユウは自分の食事を少しずつ進めた。特に空腹なので肉を多く口に入れる。黒パンはちぎってスープにひたして柔らかくしてからだ。
自分の話が続いたので、ユウは次に３人へと話題を振ってみる。
「そういえば、今は魔物の間引き期間なんだよね。やっぱり魔物はたくさん出てくるの？」
「おう、結構出てくるぞ。何年か前みたいに取り合いにならなくて結構なことだぜ」
「そんなにたくさん出てくるんだ」
「まぁな。でも不思議なんだよなぁ。なんで減ったり増えたりするんだか。あの森の奥に一体何があるのやら」
首を傾げるローマンを見ながらユウは駆け出しのときのことを思い出した。かつて１度だけ霧のようなものに包まれて奇妙な建物のある場所へ誘われたことがある。あそこで小さい精霊と出会ったわけだが、結局あの場所にはそれ以後行けていない。
ローマンに次いでテリーが口を開く。
「今のところ稼ぎは順調に増えてるかな。今年も怪我をせずにこのままやりきったら金貨に手が届くだろうね」
「アーロンたちと一緒だったときはそんな感じだったなぁ。何百枚の銅貨が金貨に化けたから驚いたっけ」
「そう！ あれがたまらないよね！ 年に１回の大仕事だよ」
嬉しそうに語るテリーを見てユウは先日の報告会のことを思い出した。夜明けの森は決して稼ぎの悪い場所ではない。冒険者にとっては良い場所だ。しかし、それ以上に稼げるようになると足を向ける所でもないだけである。旅をする前と比べて明らかに冒険者の知り合いと感覚がずれてきていることに少し寂しさを感じた。
そんなユウだったが、ふと気になることを思い出してマイルズに尋ねてみる。
「そういえば前にクリフから聞いたけれど、今の合同パーティって緑の盾が入っているんだったよね。森蛇の代わりに」
「そうなんだ。あそこは堅実な働きをしてくれるから頼りになるよ。ユウは知り合いだったんだ」
「アーロンが現役だった頃に顔合わせをしてもらったことがあるんだ。後はこの町に帰ってきてからはクリフやエディとたまに一緒にいるからそのときに同席することもあるよ」
「そうか、ユウもパーティリーダーだからだな」
今思い出したという表情のマイルズが苦笑いした。普段は友人として付き合っているのでリーダーとしての雰囲気がないことはユウも自覚している。なので同じように苦笑いするしかない。
そんなユウを見てローマンがため息をつく。
「そうなんだよな、ユウはパーティリーダーなんだよ。お前、気付いたらすごくなってるよなぁ」
「旅に出る直前にアーロンから引き継いだからね。でも、メンバーは未だに１人だけれど」
「人数なんて関係ねぇよ。お前が頭張ってることには変わりねぇんだからな」
「まぁ、確かにそうだね」
「あのクリフさんと同じなんだよなぁ。おい、もっとシャンとしろよ！」
「えぇ」
突然の要求にユウは困惑した。さっきからひたすら飲んでいるので酔っているのだろう。まだ昼間なのだが。
そこへテリーが入ってくる。
「オレもいつかリーダーになれるかな」
「テリーはアルフのところで年長者として振る舞っていたんだからできるでしょ」
「いや、それだけでできるとは言えないよ。言えたら貧民街のガキ大将なんてみんななれるじゃないか」
「うーん、確かに」
「でも、ユウにできるのならオレにもできるかな」
「えぇ何それ」
「だっはっは！ たしかにそうだな！ オレにもできそうだ！」
「なんだか自信が湧いてきたよ。ありがとう、ユウ」
テリーを始めとして、ローマンとマイルズも次々に口を挟んできた。ユウにとっては嬉しくない方向で。
一部残念な話になってしまったのはユウにとって悲しいことだった。しかし、それでも仲間と楽しく過ごす。
３人は時を忘れて飲みながら話に花を咲かせた。
