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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第30章 貴族と商人と異教徒

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久しぶりに見る光景

 野営中に襲われ、更には襲撃者の拠点を調査した囮の隊商は5日かけてアドヴェントの町へと帰還した。一見するとごく平穏な隊商に見えるが、その内側は疲れた兵士、傷付いた傭兵、そして捕らえられた襲撃者が同乗する暗い隊列だ。


 何とも陰鬱な集団であるが、その旅も終わった。貧者の道と交差する辺りまで境界の街道を進んだ囮の隊商は前後に二分される。前半分は騎士に率いられた兵士と捕虜が乗っており、そのまま西門から町の中へと入っていった。後半分は街道の北側に広がる原っぱに荷馬車が乗り上げてゆく。


 商隊長であるイーノックが乗る荷馬車は後半分に属していた。原っぱに乗り入れて少しすると荷馬車を停車させる。後続も次々と停車していった。


 揺れが収まったことに気付いたユウとトリスタンは自分の荷物を持って荷台から出る。そうして荷馬車の前に回ってイーノックへと近づいた。商隊長もすぐに気付く。


「やぁ、やっと終わりましたね」


「そうですね。襲撃されたときは本当に大変でした」


「私なんかは生きた心地がしなかったよ。まぁそれもすべて終わりましたけどね」


「僕たちはこれで帰りますね」


「ありがとう。助かったよ」


 挨拶を交わすと2人は体を反転させて南へと向かった。そのまま貧者の道へと入り、冒険者ギルド城外支所を目指す。


 空は相変わらずの曇天だが雲の色はまだ白い。そのため、夕方にすらなっていないことがわかる。もっとも、5月からは日没の時間が七の刻よりも後になるので、最近では六の刻を知るための参考にはならない。


 往来する人を呼び止めてまだ六の刻の鐘が鳴っていないことを教えてもらうと、2人は改めて西へと向かった。このまま行けば目的地である。城外支所に近づくにつれて冒険者の姿をよく見かけるようになるが、その顔は疲労を窺わせながらもやたらと明るい。最初はその理由がわからなかったが、建物までやって来ると理解する。


「そうだ、今は魔物の間引き期間なんだ」


「やたらと魔物が出てくるんだったか?」


「ちょっと違うかな。これから夏にかけていくらでも出てくるんだ。放っておくと溢れるから今のうちにたくさん間引いておくんだよ」


「ああそうだった。今思い出したよ」


 あまり興味を示さないトリスタンがユウの返答に軽くうなずいた。近頃は他のことで大金を稼いでいるので夜明けの森へと行かなくても困らないのだ。ユウなどは実に贅沢なことだと感じるが、困ったときにいつでも稼げる場所があるというのは心強かった。


 2人が建物の中に入ると多くの冒険者が往来している。これでも結構な人数だが、この後更に増えるのだから誰もが稼ぎ時に頑張っていることがよくわかった。


 そんなことを考えながらユウは人混みを縫うように歩いて受付カウンターまで近づく。誰も並んでいない場所に頬杖をついている人物がいた。目の前に立ってから声をかける。


「レセップさん、こんにちは。帰ってきました」


「おー、大体予定通りだな。うまくいったのか?」


「襲撃者を撃退して一部を捕らえたという意味では成功しました」


「意味深な言い方だな。まぁいい、あっちで詳しく聞こうか」


 立ち上がったレセップが打合せ室へと足を向けた。ユウとトリスタンはロビーの往来する冒険者たちの間をすり抜けて同じ方向へと歩みを進める。すぐに3人は空いている打合せ室へと入った。


 いつも通り奥の席に座ったレセップが2人に声をかける。


「よし、それじゃ何があったのか聞こうか」


「結果だけを言えば、5日目の夜に襲撃を受けたので返り討ちにして、敵の指揮官を含めた何人かを生きて捕らえました。その後の尋問で獣の森に拠点があるとのことだったので向かいましたが、既に焼き払われて何も残っていませんでした」


「一応成果はあったわけだな。拠点が焼き払われた後っていうのはまた手際がいいじゃねぇか」


「これは推測ですけれど、夜に襲撃を受けて戦ったときに何人も逃げたんだと思います。僕が倒した相手も生け捕りを優先するということで基本的に殺さないようにしていましたし、感覚として半分くらいはその後で逃げられたと思います」


「なるほどな。そこはまぁしゃーねーか。隊商の指揮官は何て言ってた?」


「特には何も。ですから、仕方のないことだと判断されたんだと思います」


「そうか。だったらこれ以上言うこたねぇな。で、尋問はどのくらい進んだんだ?」


「わかりません。僕は捕虜とは別の荷馬車に乗っていましたし、管理は兵士がしていましたから関わっていなかったんです」


「ということは、あっちから情報が回ってくるのを待つしかねぇか。で、お前さんらはここに戻って来たと」


 その後いくつかの問答を経てからレセップは黙った。しばらく微妙に表情を変えながら考え込んだ後、トリスタンに顔を向けて口を開く。


「襲撃してきた連中はどんな感じだった?」


「そこら辺の盗賊とは全然違った。あれは明らかに何か訓練をしている動きだったぞ」


「1回の戦いで傭兵が半分以上死ぬなんて普通は負け戦なんだが、そんなに強かったのか」


「強かった。俺とユウはその奥にいる弓兵に戦いを挑んだんだが、あの暗闇じゃなかったらあんな簡単に勝てなかったと思う」


「まるで訓練された兵士みたいだな。それにしちゃ引き際がヘタクソに思えるが、それはユウが指揮官を仕留めたからだろう。いい働きするじゃねぇか」


「あのときは暗くて実際にぶつかるまで誰と戦うことになるかわからなかったんですよ。だから、指揮官とぶつかったのは偶然です。最初は避けようとしていたのに」


「ははは! うまくいかねぇもんだな。まぁ、勝てたんだしいいだろうよ」


 手柄を上げたユウの言葉にレセップが声を上げて笑った。トリスタンも苦笑いしている。当人は憮然としていた。


 そんなユウに対してレセップが話しかける。


「あっちにお前らを推薦したのは正解だったようだな」


「たぶんそうですね。でも、これで密輸は減るのかな?」


「それがわかるのはこれからだろうな。が、大きな一歩には違いねぇ。これで当面領主様の隊商は襲われずに済むんだしな」


「ああ、そうでしたね。後はこの町の密輸組織か」


「それなんだよな。一応準備は進めてるらしいが」


「また何かあるんですか?」


「おおあるぞ。お前らにも稼がせてやる」


「命を対価にですよね」


「冒険者なんだから当然だろ?」


 あまり気の進まない様子のユウがレセップと話をしていると、トリスタンが声を上げた。他の2人に注目されながらレセップに尋ねる。


「今回の報酬をくださいよ。まだもらっていないですからね」


「覚えていやがったか。忘れてるんじゃねぇかと思ってたのによ」


「そんなわけないだろう。俺たちはこのために働いたんだからな」


「しっかりしてることはいいことさ。ほれ、お前らの報酬だ」


「うんうん、確かにあるな」


「しっかし、討伐報酬でも結構儲けたんだろ? 今回は領主様も奮発したって聞いてたんだが。お前は12人も倒したんだったらかなり潤っただろ」


「領主様の奮発で得したのはユウの方がでかいぞ。指揮官は金貨1枚だったからな。俺が稼げたのはぶんどった戦利品の方さ。そこら辺の盗賊とは質が全然違う武具だったからな」


「なるほどな、それがあったか。そんで更に俺から報酬をせしめたんだ。笑いが止まらねぇだろ」


「苦労に見合った稼ぎができて嬉しいぜ」


「結構なことだな。他の連中は夜明けの森で必死に稼いでるってのによ」


「あっちよりもこっちの方がいいのか?」


「具体的なことは実際に稼いだヤツに聞いた方が確実だぜ?」


 2人から目を向けられたユウは少しばかり緊張した。かつての記憶を引っぱり出そうと頭を傾ける。


「ええっと、いくらだったかな。もう何年も前のことだからはっきりとは覚えていないんだけれど、確か1ヵ月で金貨2枚は行かなかったはず。いや、あのときは1ヵ月半だったから、1ヵ月換算だと金貨1枚くらいだったのかな?」


「そんなに少ないのか?」


「魔物狩りの稼ぎが少ないんじゃなくて、僕たちの稼ぎが多いんだよ。安定して稼げるという意味じゃあの森よりも良い場所はそうないよ。僕が知っているところだと終わりなき魔窟(エンドレスダンジョン)だね」


「おお、隣町にあったあれか。でも、魔塩でも稼げたよな?」


「あれは冒険者というより人足の仕事じゃないか。冒険の要素なんてどこにあったの?」


「確かに」


「お前ら、いろんなことに手を出してたんだなぁ」


 言い合うように次々と大陸中の稼ぎ場所を口にする2人を眺めながらレセップがつぶやいた。実際、行く先々で依頼や仕事をこなしているのでやったことのある仕事は実に多い。


 その後、しばらく雑談混じりの報告会が続き、解散となる。


 解放されたユウとトリスタンは酒場へと繰り出した。

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― 新着の感想 ―
この依頼の成功で、アドヴェントの町の一部からは冒険者ギルドの精鋭と認識してもらえたかもしれませんね。 今のままだと騎士クラスと戦うとキツそうですが、今後装備更新等で強化されるのか気になります。
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