森の中の拠点
襲撃から一夜明けた朝、囮の隊商は現状の確認を始めた。その作業はそれほどかからずに終わり、各情報が商隊長や指揮官に集められてゆく。
昨晩戦ったユウとトリスタンの戦果も当然報告された。獣の森近くで戦ったのは当時2人だけだったということもあり、誰の戦果であるかということで揉めることなく定まる。その報告によると、ユウは襲撃者の指揮官1名と弓兵6名を生け捕りにし、トリスタンは弓兵12名を殺した。
これは非常に大きな戦果と見做される。指揮官はもちろんだが、弓兵がこれほど多数参戦していたとは予想外だったのだ。尋問はこれからであるが、明らかに通常の犯罪組織が抱える戦力ではない。これに対する報償金もまた結構な額になった。領主が奮発したからである。
一方、篝火近辺での戦いは大変な激戦だった。指揮官と弓兵がこれだけの質となると突撃してきた襲撃者も普通の盗賊とはまったく違ったからだ。何しろ武具からして質が違う。今まで襲われた隊商の護衛が敵わなかったのもうなずけた。
そして、そんな襲撃者と真正面から戦った傭兵団の状況はひどい有様だ。何しろ半数以上が死傷したのである。助かっても今後戦えない者を除くと、戦力は4割程度にまで落ち込んでいた。荷馬車が無傷だったことを考えると、どう考えても護衛に必要な人数が足りない。また、隊長であるジェラルドは健在だが、この戦いでヘクターとジェームズは戦死していた。傭兵団の中では古参で強者だっただけにかなり手痛い損失である。
周囲の様子を見たり他の者たちの話を聞いて大体のところを把握したユウとトリスタンは日が昇ってからものんびりと荷馬車の隣で休んでいた。既に日が昇っているので昨日までなら既に街道上だが、今は今後のことについてイーノックたちが話し合っているからだ。
遠めで3人のリーダーが話し合う様子を見ていたトリスタンがユウに顔を向ける。
「昨晩は結構きつかったな。あれは普通の盗賊じゃないぞ」
「そうだね。でも、終わったからもういいや。この後は帰るだけだろうし」
「確かに。ところで、ユウは今回の討伐報酬はいくらになった?」
「銀貨で28枚。指揮官を生け捕りにしたのが大きかったらしいよ」
「へぇ、そうなんだ。俺は30枚だったぞ。あれ、俺の方が多いのか」
「戦利品が12人分だからね。しかも上等な武具ばっかり」
「ユウの6人は少なくないか?」
「10人以上倒したのは間違いないけれど、半分以上は逃げたんだと思う。生け捕りにするのが目的だったから気絶させるつもりで叩いていたんだよ。ほとんど見えなくて調整を失敗していたみたいだね」
「それは残念だな」
「でも、基本の報酬と合わせると金貨5枚くらいになったはず。2週間での稼ぎとすると充分だよ」
「俺たち稼げるようになったよなぁ。最初は銅貨単位でちまちまやっていたっていうのに」
かつての自分たちのことを思い出したらしいトリスタンが遠くを見つめた。ユウも駆け出しの頃を思い出す。アーロンたちと夜明けの森に入っていたときは銅貨を1枚ずつ数えていたものだ。その前の貧民時代には鉄貨だった。それが今や金貨や銀貨である。
感慨に耽っていた2人だったが、突然兵士の1人に呼ばれた。イーノックたちが呼んでいるという。とりあえず、商隊長、指揮官の騎士、傭兵団長が集まる場所へと近づいた。
すると、イーノックがユウに問いかける。
「ユウは獣の森のことを知っていますか?」
「アドヴェントの町の近くなら知っていますけれど、最後に入ったのはもう10年近く前ですよ」
「それでも経験者には違いないですね。では、これから襲撃者の拠点を調査しに行くので先導してください」
「先導って、僕は襲撃者の拠点なんて知らないですよ」
「イーノック殿、言い方が悪いですぞ。襲撃者の拠点の位置は捕虜から聞き出したので、この2人には獣の森の案内を頼みたいのです。我々はこの森に入ったことがありませんからな」
指揮官の騎士の話を聞いたユウは納得できた。森の中での獣除けに使いたいわけだ。この森の獣は好戦的なのでそんなにうまくはいかないが、接近の察知などはユウの方が早いだろう。
騎士の要求を受け入れたユウは小隊長の騎士と8人の兵士を紹介された。そうしてすぐに出発することになる。
「貴様ら2人は獣の森に詳しいそうだな。案内は任せたぞ」
「はい。では早速ですが、虫除けの水薬を顔や手などの露出している部分に塗ってください。ひどい臭いの水薬ですが、これを塗ると羽虫にたかられません。今の季節ですとそろそろ活発になる頃ですから、ないと厳しいですよ」
「む、それは持ってきていないな」
いきなり問題に出くわしたユウは困惑した。聞けば、襲撃を撃退したら相手の拠点を調査する予定ではあったらしいが、獣の森にはそのまま入れると考えて何も準備していなかったという。
どうしたものかとユウはトリスタンと相談した結果、倒した敵の備品に虫除けの水薬がないか探すことにした。森を拠点にしているのならば持っているはずだと考えたからである。その考えは正しかった。水薬の入った瓶がいくつも出てくる。これを全員に配った。
そうしてユウは顔や手に塗る実演をしてみせたのだが、騎士や兵士はかなり顔をしかめる者がほとんどだ。最初の頃は誰でも同じなのでユウもトリスタンも笑わない。
全員が本当に仕方なくという仕草で虫除けの水薬を塗り終わると、早速森の中へと入った。兵士の1人が聞き取り調査の内容を覚えているそうなので、その兵士の指示に従って右へ左へと森の中を進む。
小隊長の騎士から事前に聞いた概要では拠点までの経路はそう複雑ではないらしい。普段使う者たちが迷わない程度でないと襲撃者側も迷ってしまうからだという。
一方、獣はというと大型の獣は幸い出てこなかった。中型や小型の獣はたまに出てきたが、これは兵士たちでも仕留められたので帰還後の食事の材料になる予定だ。普通は許可なく狩るのは禁止されているが、今回は特別に領主から許されているという。トリスタンなどは相当気合いを入れているとつぶやいていた。
そんな一行は約鐘1回分程度歩いたところで何かが焦げる臭いに鼻腔を刺激される。
「焦げ臭いな。もしかして何かを焼いたのか? 貴様ら、急ぐぞ!」
顔つきの変わった小隊長の騎士の号令で全員が早歩きになった。そうして森の奥へと更に進むと少し開けた場所にたどり着く。その中央には、掘りや防壁などが設けられたちょっとした砦があった。しかし、その拠点からは薄い煙が舞い上がっている。
「ああ、遅かったか。とりあえず、中に入るぞ」
指示を下された兵士が開きっぱなしの門から中へと入っていった。ユウとトリスタンも続いて拠点内を見たとき、これは何も残っていなさそうだと肩を落とす。建物も物品もすべて焼き払われていたからだ。
兵士たちが何かないか探す中、2人も拠点内をぐるりと回った。まともな物は何ひとつない。退去するときのためにあらかじめ準備されていたのではないかと思えるくらいだ。
あそこはどうか、ここには何かないかと鐘1回分程度探してみたが無駄骨に終わる。
「何もなかったか。やむを得ん。本隊に合流しよう」
小隊長の騎士が命令を下すとユウとトリスタンを先頭に街道を目指して北進し始めた。隊商の野営地にたどり着いたのは夕方のことである。
ここでお役御免になった2人は思いきり背伸びをした。ゆっくりと自分たちが乗る荷馬車へと歩く。
「やっと終わったなぁ」
「ん~、これで後は帰るだけだよね。何もなければ」
「嫌なことを言うなよ。さすがにもう何もないだろう」
「捕虜は兵士が面倒を見るそうだから、僕たちは何もしなくても良いのが楽だよね」
「後は食って寝るだけか。早く町に帰りたいぜ」
「ああでも、夜の見張り番があったっけな」
「しまった。すっかり忘れていたぞ」
本当に忘れていたらしいトリスタンが呆然とした表情を浮かべた。そうして肩を落とす。
そんな相棒を慰めながらユウは荷馬車を目指した。
翌日、囮の隊商はその進路を西へと変更して移動を始めた。所期の目的を達成したのでアドヴェントの町へ帰還することになったのだ。その話を聞いて傭兵や兵士は安堵の表情を浮かべる。
役目を果たしたユウとトリスタンも商隊長であるイーノックと同じ荷馬車に乗って揺られていた。この荷台には怪我人も捕虜もいないので雰囲気は暗くない。
これで仕事は一段落するはずだった。報告後にまた何かを依頼されることがあるかもしれないが、それまでは終わるつもりで良いだろう。
トリスタンが横で眠っていた。昨晩はあまり寝ていないことをユウは思い出す。大きなあくびをひとつすると横になって目を閉じた。




