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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第30章 貴族と商人と異教徒

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襲撃者を捕縛せよ(後)

 境界の街道を出発してから5日目の夜、囮の隊商は何者かに襲撃された。ここまでは計画通りで、後は襲ってきたのが目的の集団であるかどうかだった。


 指揮官の立場からするとこのような観点になるわけだが、下っ端として戦う身としては生き残る方が重要になる。特に冒険者や傭兵はそうだ。


 ユウは最初から傭兵たちのように離れた場所にある篝火(かがりび)の元へは向かわなかった。これは何か考えがあったわけではなく、隊商護衛のときは盗賊などが突っ込んでくるのを待ち構えるという一種の癖だ。大抵は最終的に突撃してくるからである。


 そのため、ユウは最初の仕掛け方はともかく、今回の襲撃者も突っ込んでくると思っていた。ところが、篝火(かがりび)近辺で戦うばかりで相手はそれ以上襲って来ない上に火矢は相変わらず荷馬車と篝火(かがりび)の間に撃ち込まれている。おかげで後続が戦地へと向かいにくい。トリスタンを止めたのはこのためだ。


 結果的に兵士たちと共に傭兵の戦いぶりを眺めることになるのだが、まずいことに気付く。


「傭兵が押されている? 思ったよりも強い?」


「相手はただの盗賊じゃなさそうだ。戦い方がそこら辺の寄せ集めじゃない」


「この火矢ってもしかして、こっちの傭兵を孤立させるためにやっているのか?」


「普通はこんなにたくさん用意しないよね。あ、途切れた」


 今まで射られていた火矢が飛んでこなくなったことにユウは気付いた。矢がなくなったのか射る必要がなくなったのかは不明だが、これで前に進むことができる。


 これを機に兵士が前進した。騎士の2人も戦地へと向かってゆく。


「トリスタン、僕たちは奥の方に行こう。あの様子じゃ、乱戦の中で戦うのは危ない」


「背中から切りつけられそうだもんな。それに、弓を持った連中が手つかずだ」


 今も1人の傭兵が背後から槍で刺されたのを目にした2人がうなずいた。方針が決まると一斉に駆け出す。


 槌矛(メイス)を右手に持ったユウはまっすぐ走った。横を歩く兵士を追い抜き戦地に入ると、傭兵が戦っている相手を横から殴っていく。よろめいたり避けたりする敵が顔を向けてくるが、構わず更に奥へと向かった。


 たった今2回ほど傭兵が相手をしている襲撃者に手出しをしたユウはただの盗賊ではないことにすぐ気付く。半ば奇襲という形で襲ったにもかかわらず、いずれも致命傷を与えられなかったのだ。これが一般的な盗賊ならば倒れていただろう。明らかに戦い慣れていた。


 戦地を抜けたユウとトリスタンは更に先へと進む。周囲は一気に暗くなった。しかし、前方にかすかな明かりがいくつか見えるので、日没前に確認した地形を思い出しながら近づく。


「誰か走ってくるぞ!」


 鋭い声が前の方から聞こえてきた。隠れる気はなかったので2人は気にせず走る。そうして、獣の森の(きわ)にうごめく者たちをかろうじて発見した。持っていた弓らしきものを捨てて剣を引き抜くのがうっすらと見える。


 近接戦闘に切り替えた者たちとユウはぶつかった。槌矛(メイス)で殴りつけて剣で身を守らせるとそのまま体当たりをしてよろめかせる。次いですかさず右手を殴って剣を手放させ、更に顔面へ一発撃ち込んで地面に倒した。


 光源がほとんどないということは見えにくいと言うことだが、それはお互い様である。ユウは全体を把握できなかったが、敵もユウとの位置を掴みかねた。これを利用してユウは次々と相手に襲いかかっていく。敵を生かして捕らえる必要があるものの、逆に戦闘力を奪えばそれで良しと考えを切り替えたのだ。


 相手の雰囲気が混乱や怒気に染まってゆくのがユウには何となくわかった。それは焦りに繋がるのでユウにとっては悪くない。トリスタンは突入した時点でどこにいるか判然としなくなったが、戦闘音である程度の場所はわかる。火矢は射てこなくなった相手だが、まだ矢が残っていると厄介だ。射かけさせないためにもここで暴れる必要があった。


 そうやって2人がひたすらその場を引っかき回していると怒声が耳に入る。


「ええい、貴様らぁ! こんな雑魚に何を手こずっている!」


 口ぶりからして指揮官らしき者だと判断したユウは喜んだ。頭に血が上っているようではまともな指揮はできない。それは、この場の混乱が更に続くことを意味していた。


 できればこのまま更に混乱してほしかったのでユウは相手の指揮官との戦いは避けたかったが、何しろ周囲は暗くてよく見えない。相手が使っているらしい小さい明かり、よく見ると蝋燭(ろうそく)頼りで動いているために次の相手が誰なのかは相対してみないとわからないのだ。できるだけ指揮官の声がする方から離れようとする。


 しかし、そう都合良くはいかなかった。何度か戦っていると、今までとは明らかに違う強さの相手とぶつかってしまったのだ。


 ようやく不埒な敵と相まみえたことに興奮したらしい相手の指揮官らしい男が吼える。


「貴様かぁ! 死ねぇ!」


 容赦なく振るわれる剣がユウを襲った。鋭さも正確さも今までの比ではない。明らかに戦闘訓練を受けた者だ。それも兵士としてではない。この感触はかつて戦った盗賊騎士に近かった。


 面倒なことになったとユウは顔を歪める。これが密輸組織の抱える襲撃者だったとして、雇われたとしても傭兵だろうと考えていた。何しろ犯罪組織である。簡単には騎士を雇えるとは思えなかったのだ。盗賊騎士という存在がいるのだからいてもおかしくないと言われればそれまでである。ただ、常識的に考えて普通は除外する可能性だ。


 騎士は騎士崩れであっても強い。幼い頃から戦うためだけにひたすら修行してきたのだから当然だろう。修行すれば職人も商売人もそれだけ優秀な人物になるのと同じだ。今のユウは困ったことにそんな相手と戦っていた。


 まともに戦ってなどいられないとユウはすぐに判断する。そもそもこれは一騎打ちではないのだ。真正面から戦う必要もない。


 周囲は依然夜の帳が下りたままだ。自分も相手も周囲の敵もほとんど何も見えない。これを利用するのが一番だ。


 相手の剣を避けながらユウは周囲の別の敵を探った。おおよその場所を掴むとそちらへと移ってゆく。当然近寄られた方は離れようとするが、中には別の者とぶつかる場合があった。それが狙い目だ。


 右後方で誰かが誰かとぶつかる音を耳にしたユウは身を反転させてそちらへと走った。すぐにその中の1人とぶつかって自分も混ざる。そして、追いかけてきた指揮官らしき男の方へとぶつかった男を思いきり押しやった。次の瞬間、悲鳴が上がる。


「なに!? これは、味方か!?」


 動揺して動きを止めた指揮官らしき男に向かってユウは前に出た。頼りない蝋燭(ろうそく)の明かりでかすかに見えた相手の右手に槌矛(メイス)を叩き込む。今度は同士討ちをした相手が悲鳴を上げた。


 こうなると勝負ありである。続いて相手の顔を殴って気絶させた。


 一難を切り抜けたユウは大きく息を吐き出す。ここで休みたいがそういうわけにもいかない。暗闇の中、ユウは再び別の場所へと移動した。




 戦闘はその後も続いた。思った以上に長引いたのは相手がいつまでも引かなかったからだ。これは後で判明したことだが、指揮官を失った襲撃者側が命令者不在になったからである。そのため、襲撃者は力尽きて死ぬか心が折れて逃げるかのどちらかが多かった。


 やがて戦闘音が聞こえなくなると、ユウは近くにいるはずのトリスタンを呼ぶ。


「トリスタン、生きている?」


「おー、生きているぞぉ!」


「とりあえず、篝火(かがりび)の所まで戻ろう」


 返事があったことでユウは安心した。呻いている様子もなさそうなので無事らしいことがわかる。


 先に味方のいる場所まで戻って来たユウは周囲を見た。あちこちに人が倒れている。呻いている者も少なくなかった。


 少し間をおいてトリスタンが姿を現す。


「いやぁ、真っ暗で何が何だかわからなかったぞ」


「僕もだよ。途中でやたらと強い敵とも出会ったし、死ぬかと思った」


「そいつはどうしたんだ?」


「何とか倒したよ。他の敵を利用して」


「なんかひどいことをしたように聞こえるな」


「こんな夜襲を仕掛けてくる奴らの方がもっとひどいよ」


「とりあえず、イーノックさんのところへ戻ろうぜ。どうせ朝まで戦果確認なんてできないだろうし」


「でも、敵を生け捕りにしないといけないから、今すぐ捕まえに行かないとまずいんじゃないかな」


「まずい、俺は大体殺していたような気がするぞ」


「僕は今回とどめは刺していないから、たぶんほとんど生きていると思うよ」


「良かったぁ」


 自分のやらかしに気付いたトリスタンがユウの返答に胸をなで下ろした。全員を生け捕る必要はないので問題はないはずとユウは考える。まずは商隊長に報告だ。


 すっかり冷めた戦場に背を向けたユウは自分たちが乗る荷馬車へと戻った。

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― 新着の感想 ―
まあ自分が襲われて命の危険がある時に自分も刃物を持っていたら、冒険者なら反射的にヤってしまいますよねえ。 他にも生きてるから問題なし!
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