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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第30章 貴族と商人と異教徒

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襲撃者を捕縛せよ(前)

 隊商が出発する当日となった。時は4月下旬、冬の名残は既になく、朝晩も涼しいと思える日々である。


 二の刻の鐘が鳴ってすぐ、ユウとトリスタンは宿を出た。貧者の道を歩いて境界の街道の北側に広がる原っぱを目指す。周囲はまだ暗いが往来する人が掲げる松明(たいまつ)の明かりを頼りに進んだ。


 目的の場所に2日前と同じく荷馬車が何台も停車している。周囲には傭兵が立ち、人足が動き回っていた。


 2人は顔合わせの時に傭兵であるヘクターとジェームズに勝ったが、あれ以来傭兵たちの態度は複雑なものに変わっている。見下したいが強いから見下せないという感情以外にも、自分たちが仕掛けた罠を食い破ったという恐れと後ろめたさだ。そこに苦々しさも加わって困惑している様子がよくわかる。


 この状態をユウは悪くないと思っていた。仕事のやりやすさを考えると仲良くする方が当然良いが、それが無理なら足を引っぱられたり邪魔されなければ充分だからだ。2人がこの隊商に派遣されたのは襲撃者を撃退、捕縛するためであり傭兵と仲良くするためではない。


 むしろ気になるのは人足の方だ。顔合わせの時に初めて見たときから違和感があった2人だが、商隊長イーノックから教えてもらって納得する。今回の隊商に所属する人足は全員兵士が扮しているというのだ。教えてもらってから改めて周囲を動き回る人足を見るとよりはっきりとその違いがわかるようになる。この兵士たちの武具は荷馬車の荷台の木箱の中にあるらしい。


 ちなみに、この隊商には騎士が3人乗り込んでいる。2人が兵士を指揮する者で人足頭に扮しており、残る1人がイーノックの片腕として側に侍っていた。よく見ると明らかに騎士らしいのだが、これはもう遠めから見て襲撃者が誤認するのを期待するしかない。


 この中でユウたち2人はイーノック直属という扱いになっている。騎士は好き勝手に動く冒険者を扱いかね、傭兵団のリーダーであるジェラルドは団員の微妙な気持ちを察して避けたのだ。尚、商売人のイーノックが冒険者を指揮できるはずもなく、戦闘になると事実上好きに動いても良いという許可を2人は得ていた。ただし、何人かの襲撃者を必ず生け捕りにするようにという条件付きでだ。


 つまり、この隊商は武装した兵士と傭兵を満載した完全武装の隊列なのである。領主の襲撃者を討伐するという意気込みがわかろうというものだ。


 篝火(かがりび)の器具をそろそろ片付けようかという頃になってユウとトリスタンは囮の隊商にたどり着いた。自らが乗り込む荷馬車の横に立つイーノックに声をかける。


「おはようございます、イーノックさん」


「おはよう、間に合って良かったです。出発の準備はできていますか?」


「いつでも出発できます。僕たちはこの荷馬車に乗れば良いんですか?」


「そうです。この荷馬車だけは私の管理下にありますからね。本物の人足に私個人が雇っている傭兵2人が同乗しますよ」


「2日前にも聞きましたが、他は全部傭兵と兵士ばかりなんですね」


「ええ、そのため、今回の隊商の実質的な指揮は騎士殿が執られるそうです。私の商隊長という地位は形式的なものですよ」


 苦笑いするイーノックにユウとトリスタンは曖昧な笑みを返した。作戦の性質上仕方のないことだが、何とも返答しにくい事情である。


 周囲がうっすらと明るくなってきた。人足に扮した兵士が篝火(かがりび)を片付け始める。ユウたち2人は今回護衛という立場なので戦闘と見張り番以外は何もしなくても良い。なので、忙しそうに働く者たちをぼんやりと眺めるだけだった。


 やがて準備が整うと出発の号令がかかる。人足に扮した兵士が作業をし、人足頭に変装した騎士がまとめ上げ、最後に商隊長のイーノックが命令を下すという形だ。外から見て隊商に見えるようにという配慮である。


 日の出直後に囮の隊商は出発した。次々と荷馬車が動き、列を成す。原っぱから街道へと移り、東を目指して進んだ。その様子は正に隊商である。後方に徒歩の集団もついてきたので完璧だ。


 荷馬車に乗り込んだユウとトリスタンは荷台で揺られていた。今回は商品である木箱があまりないので中は広い。これは良いとどちらも喜んだ。


 それにしてもとユウは思う。今年に入ってアドヴェントの町とトレジャーの町を往来することがやけに多い。最初は去年引き受けた仕事が終わって故郷に帰るため、次は先日の行商人の追跡、そして今回である。何気に初めてのことなので、なんだか不思議な気分だ。


 旅の出だしは順調だった。それもそのはずで、アドヴェントの町とトレジャーの町の間は本来比較的治安が良いからだ。集中的に狙われている領主関係の隊商だけが特別なのである。


 昼間はのんびりと荷馬車に揺られるだけのユウとトリスタンは寝転がっていた。荷馬車本来の護衛は傭兵が担当しているので昼の見張りをする必要がないからである。これで夜の見張り番がなければ、ユウなどはかつて南方辺境で旅をした遊牧地方を思い出したに違いない。襲撃がなければお客様扱いに近かった。


 そうやって2日、3日と2人は過ごしてゆく。このまま平穏な旅が最後まで続くと思えた。しかし、もちろんそんなはずはない。作戦の都合上、何か起きてもらわなくてはいけなかった。そうして5日目、いよいよ囮の隊商の関係者全員が緊張する。今から2日間は特定の隊商がよく襲撃を受ける地域だからだ。


 昼間は何事もなく進んだ。空が朱くなるといつも通り野営の準備を始める。固めて停車してある荷馬車から少し離れた場所に篝火(かがりび)がいくつも設置された。ただでさえ曇天ばかりの地方で新月の日だ。明かりがなければ何も見えない。


 夕食が終わった直後、ユウとトリスタンはイーノックに声をかけられる。


「それでは2人とも、いつも通り見張りをお願いします」


「任せてください」


「ただ、今日からしばらくは特に気を付けてくださいよ。恐らく襲われるでしょうから」


「イーノックさんもしっかり隠れておいてくださいね」


「もちろんですよ。戦いは専門外なんでね」


 にっこりと笑ったイーノックは話し終えると荷台に乗り込んだ。中は木箱の配置を工夫して矢を防げるようにしてある。直接乗り込まれない限りは大丈夫だろう。


 ユウとトリスタンは夜の見張り番を始めた。イーノック個人が雇った傭兵2人と交代で周辺を見張る。篝火(かがりび)は離れた位置にあるので自分たちの立つ位置は暗いが、それは襲撃側からすると護衛の位置が見えづらいということであり、護衛側からすると襲撃者の仕掛けを見つけやすいということだ。そのため、就寝中はできるだけ野営地から光源を離しておくのが理想的なのである。


 荷馬車の近くに1人で立つユウは襲撃者がいつどうやって仕掛けてくるのか考えた。本気で襲ってくるならば最終的に人が突っ込んでくるが、問題はその前に何をしてくるかだ。新月で月明かりが期待できず、なおかつ光源も野営地から遠いとなると、目的地を目視するための手段は限られてくる。一方、時間に関しては相手次第なので読めなかった。


 しかし、ユウの緊張とは裏腹に周囲は静かなものだ。変化がなさ過ぎて眠気に襲われる。良くない傾向だ。


 1回目の見張りが終わった。ユウは傭兵と交代して荷台に上がる。眠気に従ってそのまま意識を落とした。




 2回目の見張りの時間がやって来る。寝不足感はあるものの、とりあえず眠気は払拭できた。後はこのまま朝を迎えるだけだ。


 傭兵と交代したユウは見張り番として立つ。今日は来るのか来ないのか、わからないのがもどかしい。


 そんなときだった。篝火(かがりび)のはるか奥に小さい明かりが次々に揺らめくのをユウは目にする。それはわずかに上へと移動したかと思うと、一斉に近づいて来た。


 火矢を放たれたことに気付いたユウが叫ぶ。


「火矢だ! 敵襲!」


 ほぼ同時に他の見張りたちもユウと同じく叫び声を上げた。このとき、近づいて来る多数の人物がいることに気付く。


 荷馬車から次々と傭兵が飛び降りて篝火(かがりび)のある方へと向かっていった。それから遅れて完全装備の兵士が次々と荷台から降りてくる。昨日から人足に扮した兵士たちは毎晩武具を身につけて眠っていたのだ。


 同じく見張り番に立っていたトリスタンが剣を手にユウへと近づいて来る。


「ユウ、始まったぞ。行こう」


「ちょっと待って。せめて火矢が飛んでこなくなってから」


 相変わらずじっとしていたユウはトリスタンには目もくれず正面を見据えてきた。篝火(かがりび)の辺りで乱戦になっているので普通ならもう火矢は飛んでこないはずだが、今回は荷馬車の手前にまだ火矢が次々と刺さってきている。この中を行くのは危ない。現に傭兵の何人かは火矢を受けて動きを鈍らせている。


 なんだかやりにくい相手だとユウは思った。

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