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冒険者の万華鏡  作者: 佐々木尽左
第30章 貴族と商人と異教徒

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隊商での顔見せ

 休暇中、ユウとトリスタンは羽を伸ばしていたが、たまに次の仕事関連でやることがあった。この日はあらかじめレセップに指定されていたので冒険者ギルド城外支所へと朝から赴く。建物に入った2人はまっすぐ行列のない受付カウンターへと向かった。


 いつも通りやる気のない顔を晒しているレセップにユウが声をかける。


「おはようございます、レセップさん」


「来たな。行くぞ」


 短い言葉で応じたレセップは席から立ち上がった。そうして北回りで受付カウンターを通り過ぎ、ロビーへと出る。2人はそれに続いた。


 城外支所の建物から出た3人は貧者の道を東へと歩く。人通りの多い往来を縫うように進み、やがて北へと進路を変えた。やがて境界の街道へと突き当たると、レセップそのまま原っぱを北側に向かう。


 3人の正面には何台もの荷馬車がまとまって停まっていた。その周りには隊商関係者が往来している。鎧を着ているのは傭兵なのはすぐにわかった。一方、人足の姿をしている者たちには何かしらの違和感がある。動きが何となく人足らしくないのだ。


 内心で首を傾げたユウとトリスタンだったが、その疑問はとりあえず脇に置いておいた。先を歩くレセップが相手の1人に声をかけたからである。


「イーノックさん、おはよう!」


「あなたは相変わらずですな。そちらの2人が?」


「そう、我が冒険者ギルドが誇る精鋭ですぜ」


 いきなり持ち上げられたユウとトリスタンは呆然とした。普段絶対にそんなことを言いそうにない人物から出た言葉だけに信じられないものを見るような目つきでレセップを見る。一体何が起きているのかわからなかった。


 そんな2人を無視して話は進む。


「前にそのような話は聞いていますが、それ以前に身元の方はどうなんですか?」


「それも心配ないですよ。お前ら、自分を証明できるものを持ってきたよな。今出せ」


 打ち合わせ通り用意していたユウとトリスタンは言われた通りに1枚の羊皮紙を取り出した。それをレセップと話をする人物に差し出す。そういえば、まだ名前も知らない。


「これは、フランシス商会の会長直筆の紹介状ではないですか! 一体どうやって手に入れたのです。一介の冒険者で手に入れられるものではないはず」


「今年の初めまでフランシス商会に雇われていたんですが、そのときに頂いたんです。仕事の報酬として」


「差し支えなければ、どのような仕事なのか教えていただいても?」


「フランシス会長のご子息の護衛をしていました。詳細は話せませんが」


 あまり細かく説明すると商会内の問題も話すことになりかねないのでユウは曖昧に説明した。そして、最後に秘密保持を理由に詳細の説明を拒む。


 これで相手がどんな反応を示すのかユウにもトリスタンにもわからなかった。しかし、にやにやと笑っているレセップを見ている限り、悪いことにはならないのだろうと考える。


 少しの間書類を眺めていた相手がその紹介状を2人に返した。それから初めてまともに目を向けてくる。


「私は、今回の囮隊商計画のために雇われた商売人のイーノックです。レセップ殿の紹介ということでどのような人物なのかと思っておりましたが、これなら安心ですね」


「だから言ったでしょう」


「ええ、今回は私の負けです。冒険者だからといって侮りすぎていました。いやはや、珍しいものを見せていただきましたよ」


 何をそんなに感心しているのかわからないユウであったが、とりあえず関所はひとつ越えたらしいことを知った。その点は胸をなで下ろす。


 しかし、これですべての問題が解決したわけではなかった。2人も自己紹介した後、イーノックが提案してくる。


「これで身元の確認はできました。次は、2人の力がどの程度かを示していただきたい」


「試験ですか?」


「ええそうです。今回の隊商は一般的な隊商に偽装するという意味もあって護衛は傭兵中心なのですが、やはり最も人数が多いということもあって彼らを納得させる必要があります。そのための示威だと思っていただければ良いでしょう」


「どうだお前ら、自信あるか?」


 笑顔で条件を示してくるイーノックの言葉を受けてレセップがユウに声をかけてきた。にやにやと笑っている受付係にユウは小首を傾げる。


「相手をする人によりますから何とも。でも、旅先で散々やってきましたよ。隊商護衛をするときや傭兵団に入るときなんかにも」


「傭兵団に入る? 冒険者のお前らが?」


「仕事を引き受けるときに仮入団しないといけないことがあったんですよ。勝ったり負けたりしましたが、何とかしてきました」


「ユウは決闘もしてきたよな」


「あれは冒険者同士だから今は関係ないじゃないの」


 横から茶々を入れてきたトリスタンにユウは半目を向けた。良い思い出ではないので持ち出されても嬉しくはない。


 そんな2人を見ていたレセップが笑う。


「ははは、本当にいろんなことをやってきたんだな、お前ら! イーノックさん、さっさと試験をしちまいましょう!」


「そうですね。これは楽しみだ。ジェラルド!」


 囮の隊商の商隊長が声を上げると荷馬車の影から巨漢が現われた。茶色の短髪と四角い顔で厳めしい風貌だ。そのジェラルドが2人の男を率いて近づいて来る。1人は禿げ頭で巨体、もう1人はごつい顔で筋肉質な男だ。ヘクターとジェームズである。


「傭兵団の団長のジェラルドだ。今からこの2人と模擬試合をしてもらう。木製の剣、斧、棒があるから好きな獲物を選べ。対戦者は、ユウがヘクターと、トリスタンがジェームズとだ」


「わかりました」


「いいぞ」


 対戦相手が決まったユウとトリスタンはどちらが先に模擬試合をするか話し合った。その結果、先にユウが戦うことになる。


 集まってきていた傭兵団の団員たちがその場で適当な大きさの円を作るように立った。その中でユウとヘクターが対峙する。団員の1人が両者に棒を手渡した。


 その棒を一瞥するとユウは眉をひそめる。しかし、小さい息を吐くとヘクターに向き直って構えた。審判役を務めるジェラルドが開始のかけ声を出す。


 ヘクターが合図と同時にすぐに攻めかかってきた。ユウは横に避けてその一撃を躱す。しかし、体の大きさに対して武器が軽いのだろう、ヘクターはすぐに棒を引いて突き出してきた。ユウは再び横に避ける。


 こうして円を描くように動くユウに対してヘクターは攻撃の仕方を変えてきた。棒で突く先を右に左にと散らしてきたのだ。こういうときは後ろに下がるのが一番楽だが、周囲に立つ傭兵がそれを許さない。


 追い込まれたユウは前に出た。同時に手に持つ棒でヘクターの攻撃を受け流そうとする。そのとき、受け流している途中でユウの棒が半ばで折れてしまっが、それを気にすることなく更に前へと進んだ。そうして完全に懐へと入り、左右の手でひとつずつ持った長さが半分になった棒でヘクターの禿げ頭と左手を軽く打ち付けた。


 傭兵たちが目を向いて呆然とする中、最初に立ち直ったジェラルドが声を上げる。


「そこまで!」


 驚くイーノックの隣でにやにやと笑うレセップが声をかけてくる。


「やけに脆い棒だったな」


「怪しい跡があったんで原因はそれじゃないかと思います。もっとも、僕の武器が武器なんで、半分に折れてくれた方がやりやすかったですけれどね」


「ははっ、大したもんだな。棍棒のユウが成長したもんだ」


「なんでそれを知っているんですか!?」


 ある意味傭兵以上に目を向いたユウがレセップに向かって叫んだ。それを機ににやにや笑っていた受付係は爆笑する。


 大きなため息をついたユウは笑いが止まらない受付係から目を離して相棒へと顔を向けた。そうして小さめの声で忠告する。


「僕の棒は槌矛(メイス)並の長さになったけれど、トリスタンの剣はダガーかナイフ並になるかもしれないよ」


「だろうな。厄介だなぁ」


 未だに笑うレセップの隣に立ったユウは円の中央へと向かうトリスタンを見た。忠告に動揺せず堂々としたものだ。筋肉質なジェームズと対峙する。トリスタンは剣、ジェームズは斧だ。


 2試合目が始まった。ジェームズが慎重に攻めてくる。というより、明らかにトリスタンの持つ剣を狙ってきた。トリスタンの方はあっさりとそれに乗り、剣が半ばで折れてしまう。すると、ジェームズが一気に突っ込んできた。


 余裕の表情のトリスタンはジェームズの顔に折れた剣を投げつける。それをジェームズは斧ではじくが、その間にトリスタンが懐に入り込んで相手の右腕を両手で掴む。そして、足払いをして地面に転がして組み敷いた。


 あまりにもあっさりと試合が終わったことに周囲が再び沈黙する。しばらくしてジェラルドがトリスタンの勝利を宣言した。


 これで試験が終わる。2人はイーノックの期待に応えることができた。

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― 新着の感想 ―
レセップさんが濃いめに関わり始めて面白さが上がりましたね。 基本的にユウとトリスタンにとっては五里霧中な構造は、この作品にとって必要な要素ですが、その対比としてユウとトリスタン以外の視線視界を定位置か…
トリスタン、ユウと素手の訓練してて良かったですねえ。 いつもは負かされてストレスたまってしまいそうですけど。 長くやってると身についていきますね!
二人ともだいぶ強くなったな、という気持ちと、仮にも傭兵で自分たちの武に自信があるはずなのに冒険者相手にこんな姑息な真似をするなんてずいぶんと質の悪い傭兵団だなという気持ちと両方がある。 ろくに相手の情…
感想一覧
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